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私の頬から流れて地面に落ちたのは、血だった。
「杏ちゃんが私に殺されるのは、杏ちゃんのお父さんのせいだよ。」
ユウはにっこり笑う。
私のお父さん?どうして、父さんが関わってくるのだろうか…?
「杏ちゃんのお父さんは正義感が強すぎだよね。」
まるで昔から私の父さんを知っているような口ぶりだ。
「杏ちゃんのお父さんは会社のある重大な秘密を知ってしまったの。それを世間に知らせようとしてる。私のミッションは杏ちゃんのお父さんが持っている秘密のデータを消すことなの。」
「…そんなにペラペラ話していいの?」
「いいんだよ。どうせ杏ちゃんは死んじゃうんだし。」
何の悪気もなく放つ彼女が恐ろしい。
彼女の笑顔の裏には何が潜んでいるのだろうか。
「私ね、ちゃんとお父さんと話し合ったんだよ。でも、データをどこに隠しているのか教えてもらえなかった。だから、お父さんに行ったの。『教えてくれなくちゃあなたの娘を殺しますよ。』って。そしたら、なんて言ったと思う?」
彼女の乾いた笑い声が静かな夜空に響いた。
「『やれるものならやってみればいい。』だって。私が人を殺すなんてできないと思ってたよ。私には殺す度胸も技術もあるのにね?」
私は彼女の一部分しか見ていなかった。簡単に彼女を信じ、そして今、殺されそうになっている。今から殺す相手と笑って話す彼女は狂っている、と私でさえも感じた。
「だからね、娘さんを殺さなくちゃいけない。私は、どんな手段を使っても受けた依頼は遂行する。だから、ごめんね。死んで…?」
冷たい言葉だった。彼女から放たれた殺気のようなものに私は体の芯から冷えていくのを感じた。
彼女はついに私を殺すのだ。
これは運命だ。彼女と初めて出会った中学生の時から、きっと私は彼女に殺される運命だったのだろう。なんの根拠もないのに私は自然にそう思った。そして、私は彼女になら殺されてもいいと思った。
この世界に神様は存在するのかわからないが、存在するのだったら、これは神様が私に下した罰なのだろう。本当の彼女に気がつけなかった最低で愚かな私への罰。神様は彼女に私への復讐の機会を与えた。そして、彼女は私に復讐するために私と再開した。
彼女は私を殺す権利がある。私は彼女に殺される義務がある。だから、静かに殺されよう。だが、最後に一つだけ彼女に聞きたいことがある。
「ユウは、姉さんも殺すつもり…?」
彼女は「娘さんを殺す」と言った。それなら姉さんも当てはまるはずだ。
「そうだよ。」
冷酷無慈悲な肯定。彼女の表情は変わらなかった。
本気なんだ、と思った。
「お願い、姉さんだけは殺さないで…。」
心からの願いだった。姉さんみたいな善良な人が殺されてしまうなんて絶対におかしい。姉さんには長生きしてほしかった。
「無理だよ。私はお姉さんを殺す。仕事だから。」
彼女は優しく微笑んでいた。
なんて、恐ろしい人だろう。けれど、恐怖と同時に浮かんできたのは憎悪。私が友達だと認めた人に私の大事な人が殺される。こんな最悪なことはないだろう。ユウには感謝しかないはずなのに、怒りが湧いてくる。そんな自分に嫌気が差した。
「姉さんを悪くない!殺すなら私だけにして!!」
私は大きな声で叫んだ。初めて私は彼女の目の前で感情的になったと思う。
「お姉さんのためなら、君は怒れるんだね。」
彼女の言葉が刃のように私に刺さった。そうだ、私が悪いのに、彼女を責めてしまう。
「ごめんね、意地悪言っちゃった。」
彼女はゆっくり包丁を掴む手を下ろした。
「いいよ。殺さないであげる。その代わり、私のお願いを一つ聞いて?」
「…なに?」
彼女が私に何をお願いするのか怖かったが、私は彼女のお願いを聞かないと姉さんが殺されるのをわかっていた。
「暗殺を手伝ってほしいの。」
「は?」
たぶん、今の私はかなり間抜けな顔をしているだろう。その証拠に彼女は声を押し殺して笑っている。
「どういう、こと…?」
理解ができない。私が彼女の暗殺を手伝う?本気で私が人を殺せると思っているのだろうか。私はごく普通の一般人だというのに。
「杏ちゃんのお父さんが持っている秘密のデータをバラされてもいいように、そのデータに関わっている有名人を殺すの。あるマフィアのボスなんだけど、セキュリティが厳しくてさぁ。」
「私は、人を殺せないよ。」
「だいじょーぶ!杏ちゃんは裏方で働いてもらうからさ!だ、か、ら、ね?」
彼女は上目遣いで私を見つめる。
「ね、手伝って?」
男なら誰でも堕とせそうな可愛らしい声。
私は緊張からなのか、ごくっと唾を飲んだ。
その時、私の目の前の暗闇から一つの小さな光が見えた。その光がだんだん大きくなってくる。
自転車だ。私たちに向かって走ってくる。
こんな姿の彼女を見たら、自転車に乗っている人はどう思うだろう。いや、別に包丁を隠せばいいだけだ。そうすれば、ただ道端で話をしているだけの女の子たちに見える。それに、包丁が見えない、という可能性もある。どちらにしろ、変に狼狽えず、自然にしていればいい。そう思ったのに…。
ヒュッ。
彼女の脇を自転車が通り過ぎようとした時、彼女の腕が風を切った。冷たい空気の中に月明かりに照らされる鮮血が雨のように降り注いだ。
「…え?」
自転車は数メートル走って倒れた。男の人だった。その人は私たちと同じくらいの年代の人に見え、その人は喉元を押さえて倒れている。その人の手や服は血に染まり、地面には大きな血溜まりが広がる。 私はその光景に震え、縋るように彼女に目を移した。彼女の右手の包丁には血が滴り、彼女の黒髪はもちろん、白い肌にも真っ赤な血が光っていた。彼女の瞳は恐れを抱くほど冷たく、人間のものではないように思えた。
それでも、風に揺れ、血に染まる彼女は美しく、そう思わせる彼女を不気味に思った。
その時、不意に彼女と目が合った。彼女は崩壊しているであろう私の顔を見て、ゆっくり口角を上げた。
「私のお願い、聞いてくれるよね?」
これは、脅しだ。彼女の願いを聞き入れなければ、このように簡単に姉は殺される。
彼女は行動で示した。私なんかいつでも殺せるのだ、と…。
もう一度言おう。これは、運命だ。中学生の時、彼女と出会い、今日再開したのは神様が私に下した罰なのだ。ならば、私はこの運命に身を任せてしまおう。
澄んだ冬の寒さに血の匂いが混ざって私の鼻を抜けていく。
目の前にいるのは、鮮血を纏い微笑む、酷く綺麗な天使の死体を被った悪魔だ。