テラーノベル
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ふっかをオーナーに紹介してから数日が経った。俺はいつも通り、デスクに向かってパソコンと睨めっこ。現在取り掛かっている案件がなかなか片付かず、休むことすら忘れて、それに没頭していた。
周りの人たちは、お昼休憩に出掛けていて、室内には俺一人のタイプ音だけが響いていた。
もう少しだけやったら、流石にお昼を食べようと息を一つ吐いて、マウスの上に右手を乗せると、机の上に置いてあるスマホが振動した。
誰からだろうと思い、開いてみるとそれはラウールくんからだった。
「来て欲しい!!!」
ただ、それだけが表示されていて、胸騒ぎを覚える。
「どうしたの!?何かあったの!?」と返して、返事を待っていたら、「阿部!ちょっと手伝って!」と上司から呼ばれてしまい、ラウールくんからの用件は確認できないままになってしまった。
そこからは、なかなかに大変だった。
他部署で起こったミスに、社員総出で緊急対応をすることになり、その処理がひと段落ついたのは夕方になった頃だった。まだ、やらなければならないことは残っているようだったが、ここから先はその部署だけで対応できるくらいまでは落ち着いたとのことで、18時頃に解散となった。
自分の業務は、お昼の段階で止まってしまってまだ残っていたが、今日は急いで行かなければならない所がある。少しだけ手を付けて、キリの良いとこまででやめにしてパソコンの電源を切った。
「これやってくれない?」と俺に依頼してくれた人に、何度も謝りながら、急いで会社を飛び出した。
ラウールくんにもしものことがあったらと思うと、気が気じゃなかった。
もしかしたら、オーナーに何かあったのかもしれない。
そんな一抹の不安は次から次に出て来て、落ち着いていられなかった。改札を走り抜けて、電車に飛び乗った。
この時間帯の電車はまだ混み合っていて、下校中の学生の活力に満ちた空気の中で、俺は体を縮め込ませた。今日はもともとふっかとご飯を食べにいく予定だったのだが、これはまた今度にしてもらった方がいいのかもしれない。
「ちょっと、オーナーお店に行かないといけなくなった」と連絡すると、ふっかは「じゃあ俺もそこ行くよ」と返信が来た。
ラウールくんからは、まだ何も返事は来ていなかった。
電車を降りて、階段を駆け降りる。
走って、オーナーのお店まで向かった。
なにもかまけず、俺は勢いよくお店のドアを開けた。
「ッ!!ラウールくん、大丈夫!?!?!!」
そこには、コーヒーをトレーに乗せて運ぶ、きょとんとした顔のラウールくんがいた。
「なぁ、めめ。お前さぁ、俺の友達と付き合ってたって、なんで言わねぇのよ。」
車で次の現場へ移動していると、ふっかさんが運転席から唐突に俺に話しかけて来た。
「えっ、亮平のことすか?」
「そう。俺こないだ阿部ちゃんからそれ聞いてマジでびっくりしたんだけど!?」
「あー、なんか、亮平もふっかさんの名前教えた時びっくりしてたけど、すいません。ふっかさんに言うの忘れてました。」
「おい!大事なことだろ!!言えよ!!!」
「そんなことより、阿部ちゃんが可愛くて忙しかったっす。」
「ダメだコイツ…」
ふっかさんは頭を抱えながら、片手でハンドルを握っていた。
「コイツがアホなのは今に始まったことじゃゃねぇだろ」としょっぴーまで、ふっかさんに加担してケラケラと笑っていた。
ところが、ふっかさんはしょっぴーにも、食ってかかって言った。
「お前もお前だよ!俺と阿部ちゃんがよく行く店のオーナーと付き合ってたとか聞いてねぇぞ!」
「え、は!?なんで知ってんの!?てか、お前よく行ってたのかよ!?」
「阿部ちゃんに紹介してもらったんだよ」
「何してんの阿部ちゃん!?」
「…ったく、、一体何が起きてんだよ。こんな偶然、あんのかよ」
「つか、別に言う必要ねぇだろ。誰と付き合ってるとか。」
「それはそうだけど、ここまで関わりある人が次々繋がっていくと、気になって仕方ないだろ!!!」
「涼太とくっついてる時間の方が大事。深澤に報告する時間すらもったいない。」
「…どいつもコイツも彼女バカかよ……。」
ふっかさんのため息が車内に響き渡った。
そんなふっかさんの嘆きをかき消すように、佐久間くんが突然口を開いた。
「ねぇ、俺も阿部ちゃんに会ってみたーい」
「…は?」
何を言い出すかと思えば、本当に何を言っているんだ、この男は。
まさか、俺の亮平を狙ってるのか…?
俺の疑うような眼差しに、佐久間くんは大きく笑って、
「誰も取って食べたりなんてしないよ!この間俺が電話した時、めっちゃいい人そうだったし、めめが好きになった子が、どんな人か会ってみたいだけだって!」
怪しい…ほんとに…?
ちょっとでも狙おうものなら、一生許さない…。
「俺も。今までずっと内緒にしてたっていう、翔太のその大事な人に会ってみたい。」
照くんまでそんなことを言い出す。
しょっぴーは「絶対にやだ」の一点張りだったが、ここでふっかさんは、俺たちに仕返しするチャンスだと言わんばかりに、「俺、今日阿部ちゃんと飯行く予定で、その店行こうとしてたけど?」と言い放った。
その発言に俺は一気に湧き立ったが、どうやら、それは佐久間くんと照くんも同じなようだった。
「っえぇー!!マジで!?じゃあ、次の現場終わったら、もうみんなで行っちゃおうよ!!」
「いいじゃん。そのお店、ケーキあるかな?!」
「はぁ!?マジでやだ!!真っ直ぐ家帰れよ!」
「いいじゃん!!夜ご飯みんなで食べようよー!」
「その飯作るの誰だと思ってんだよ!!」
しょっぴーは全力で怒っていて、やだやだと喚き散らしている。
「ふっかさんまじすか!行こう!早く亮平に会いにいきましょう!」
俺は、思ってもないところで亮平に会えることになったのが嬉しくて、ふっかさんがもたれるシートを前後に揺さぶった。
「おい、揺れるって!!」
車内はギャーギャーと騒がしく、車は俺たちの動きに連動して左右に暴れていた。
「阿部ちゃん、こんばんは!どうしたの?そんなに慌てて」
メッセージから伝わって来た緊迫感など全くもって滲んでいない様子のラウールを見て、俺は拍子抜けしてしまって、その場にぺたんと座り込んだ。
「あわわ、、ほんとにどうしたの!?」
「よかった…なんともなさそうで…。」
今日一日中抱え込んだ不安が、一気に無くなっていって、何度も胸を撫で下ろした。
「わ!ごめん!僕返事してなかったね!!あの後から急に混み始めちゃって、携帯見られなかったの…。」
「ううん、大丈夫。ラウールくんとオーナーに何もなかったなら、それが何よりだから」
「やっぱり阿部ちゃんは優しいね、実はね?今日最終選考結果のメールが届いたから、また阿部ちゃんと一緒に見たくて連絡したの」
「そうだったの!」
「それで、気持ちが焦っちゃって、大事なこと伝えられてなかったみたい…ごめんね…?」
「いいのいいの!じゃあ、お店が終わるまで俺、ここで待ってるね。ラウールくんのお仕事が終わったら一緒に見よう?」
「ありがとう!後少し頑張ってくるね!」
「あ、そういえば、今日オーナーの姿が見えないけど、どうしたの?」
「さっき、急に慌てて買い物に行っちゃった。大事なお客さんがどうとかって言ってたけど…」
「そうなんだ、珍しいね。オーナーが慌ててるなんて。」
「意外とオーナーって抜けてて、照れ屋さんで可愛いとこあるんだよ?」
「そうなの!ちょっとびっくり!」
「よく、帰ってきたしょっぴーにくっつかれてて顔真っ赤にしてるところ見るよ、キャハハ!」
「ふふっ、なんだか可愛らしいね」
「もうすぐ帰ってくると思うよ?僕も後少しで終わりだから、行ってくるね。ごゆっくりどうぞ!」
ラウールくんは、俺と話してくれた後、また仕事に戻っていった。
俺はふっかを待ちながら、カバンに入れっぱなしで、ずっと読めていなかった本を取り出して読み始めた。しばらくすると、オーナーが少し息を切らせながら、両手に大きな買い物袋をいっぱいに下げて帰ってきた。
ラウールくんの言うように、オーナーは少し慌てていて、一目散にキッチンの方へ行った。よほど急いでいるようだ。珍しいなと思いながら、オーナーに挨拶をするのは、もう少し彼が落ち着いてからにしようと、もう一度本に目を落とした。
「あれ、阿部来てくれてたの?いらっしゃい。」
「こんばんは!」
「最近よく来てくれるね、嬉しいよ。」
「いえいえ!今日はラウールくんの選考結果を一緒に見るのと、深澤をここで待っていて」
「そうだったの、ありがとうね。いつもラウールの面倒見てくれて」
「いえいえ、ああやって頼ってくれるのは俺も嬉しいので」
時刻はもうまもなく19時30分になる頃だった。
読書に没頭していた俺に、閉店作業を始めたオーナーが先に声を掛けてくれた。
テーブルを拭きながら、オーナーは俺とお話をしてくれた。
「そういえばね、さっき、翔太から連絡があったの。「みんながそっちに行く。ごめん。ご飯作る量増やしちゃうかも」って。だから、慌てて夕飯の食材買い足して来たの。」
「そうだったんですね!」
「翔太が言うみんなって、一緒にお仕事してる人たちのことだと思うんだけど、阿部、目黒さんから、なにか連絡来てたりする?」
「え、いや、特に連絡はもらってないですが…」
「そっか。今日は20時ぐらいに帰るって言ってたから、もうすぐだね。目黒さん、来てくれるといいね」
優しく微笑むオーナーの言葉に、俺は素直に「はい」と答えた。
「みんな来てくれるって翔太も言ってるし、阿部もうちでご飯食べていったら?ラウも今日は離してくれないだろうから」とオーナーが言ってくださったが、俺はそこに混ざって良いのだろうか。しかし、蓮くんに会えるかもしれないと思うと、ご厚意に是非とも甘えさせていただきたかった。
あの日から、またメッセージのやり取りだけが続いていて、恋しかったから。
今日会えるかもしれないなんて思っていなかった。
どきどきと心が期待に高鳴った。
「…ん?ということは、これからオーナーたくさんご飯作るってことですよね?」
「ん?あぁ、そうだね」
「何もしないのは申し訳ないので、お手伝いさせてください!」
「いいの?ありがとう、この時間からたくさん作るから、間に合うかなって不安だったの。阿部のご厚意に甘えてもいいかな?」
「もちろんです!お役に立てるといいんですが」
「ふふ、ありがとね」
「あぁ〜、、、もうすぐお仕事終わっちゃうよぉ…。結果見るの怖いよぉ…。」
ラウールくんがため息を吐きながら床をモップで拭いていると、外からやけに騒がしい声が段々と近付いてきた。
「…うるさい!静かにしろ!食ったらすぐ帰れよ!?」
「えぇー、そんなケチケチしなくたっていいじゃーん」
「ケーキ、ケーキ!」
「亮平!亮平!」
「照?ケーキなら買ったでしょ?めめー?ちょっと静かにしようね?」
「手土産買ったし、長居させてよー。みんなで食べようよ!」
「手土産っつうもんは買った奴は食わねぇんだよ」
「えぇッ!?そうなの!?にゃはは!初めて知ったわ!」
…すごく元気だ……。
なんだかテンポのいい会話が聞こえて来て、ドアが開いた。
「ただいま」
「にゃす!!こんばんはー!ぅはははははッ!」
「お邪魔します。」
「亮平!!」
「阿部ちゃんお待たせー、なんか増えちゃった」
横並び一列になった彼らは、それぞれ挨拶をした。個性的な人たちばかりだった。初めて会う方もいれば、知っている顔の人もいて、ずっと会いたかった人もいた。
その人は、まっすぐに俺のところに飛んできて、思いっきり抱き締めてくれる。
数週間ぶりの懐かしい体温が、俺を包み込んでくれた。
「こんばんは、蓮くん。元気だった?」
「今元気になった。亮平、会いたかった。」
「ふふふ、俺もだよ。」
「はぁ、癒される…。いい匂いする…。キスしていい?」
「さすがにここでは恥ずかしいかなぁ……」
「うぅ…」
蓮くんは項垂れながら、ずっと俺にくっついていた。
俺も、蓮くんに会えて、今日の疲れが全部吹き飛んだ心地だった。
ふと、周りの様子を見ると、みんなも思い思いに盛り上がっているようだった。
「綺麗なお店ー!ひろーい!!」
「佐久間ー、お店の中走り回らないよー」
「ねぇ、ふっか見て!美味しそうなケーキある!!」
「はいはい、後で買ってあげるから飛び跳ねないの。」
「しょっぴー、おかえりー!僕ね、面接の結果きたよー!」
「翔太おかえり、お疲れ様。」
「ん、ただいま。ほんとごめん。やだって言ったのにみんな来ちゃった。らうは結果見たの?」
「ううん、全然いいのに。それに、ご飯はみんなで食べるともっと美味しいよ?」
「まだ見てないよ!阿部ちゃんと一緒に見たかったから!」
なんだか賑やかで楽しい。
自分の世界がこんなにカラフルになるなんて、思ってもいなかった。
全部、蓮くんに出会ってから色付いた。全部、蓮くんが俺にくれたもの。
嬉しくて、幸せで、かけがえない。
この場をまとめるように、オーナーは全員に声をかけた。
「皆さん、今日は来てくださってありがとうございます。よければゆっくりしていってください。」
To Be Continued………………
コメント
4件
そうそう‼️‼️‼️ こーじ君が気になります‼️オーナー舘様との関係😅💦💦💦💦
こーじ君いつ出るのかな??この前最後にちょっとだけな感じだったけど