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「…………」


次の日。

私はテレビでしか目にしたことのない超絶豪華なタワーマンションの前で立ち竦んでいた。


「……すごい威圧感……」


まるで、お前のような庶民には一生縁がない場所なんだからさっさと失せろ、とマンションから鼻で笑われている気がして、今すぐ回れ右して帰りたくなる。


(いや、ダメダメ。ここまで来たんだから。それにこれはチャンス、うん、チャンスなんだから…………多分)


「いや、多分じゃなく絶対!」


思いのほか大きな声を出してしまい、慌てて口を両手で塞ぎ周囲を見回す。

幸い誰の姿もなく、私はほっと胸を撫でおろした。


「……とりあえず、ここにいつまでいても仕方ないよね」


約束の時間も迫ってきている。

私は意を決してぎくしゃくと足を動かし、指紋ひとつついてなさそうなピカピカの自動ドアをくぐった。


「2、3、0,1……」


スマホの画面を何度も見返しながら、部屋番号を押す。

するとすぐに、スピーカーから稲垣さんの元気な声が聞こえてきた。


『おっはよー! 時間通り、えらいね!』

「っ! お、おはようございます!」


(……って、声が裏返ってるし! 恥ずかしい!)


『とりあえずさ、中入ったら左手にコンシェルジュのおねーさんがいるから、その人にこの部屋番言ってエレベーターまで案内してもらってくれる?』

「わ、わかりました」


声が裏返ったことはインターホン越しではわからなかったのだろうと心の中で安堵しつつ、私は開いたドアをくぐり、言われたとおりにコンシェルジュの方へと向かった。


「あの~……すみません……」

「はい」


完璧な笑顔で迎えてくれたコンシェルジュの女性に、緊張で顔が強張るのを感じながら、稲垣さんに言われたことを伝える。


「えっと、2301号室に行きたいんですけど、エレベーターの場所を教えていただけますか?」

「承知いたしました。こちらになります」

「えっ? あ、あの……」


コンシェルジュは完璧な笑顔のまま、私の前を歩き出した。

口頭で説明してもらうつもりだった私は、慌ててその後を追う。


「す、すみません、わざわざ」

「いえ、とんでもございません。お客様が乗るエレベーターを間違えられないようご案内するのも、わたくしどもの役目ですから」

「は、はあ……」


乗るエレベーターを間違える、とはどういう意味なのだろう?

北館と南館とにわかれているのならわかるけれど、このマンションはそういう造りにはなっていない。

不思議に思いながら後をついて行くと、やがていくつかあるエレベーターのうちのひとつの前でコンシェルジュは足を止めた。


「こちらが20階以上専用のエレベーターでございます」

「はい、ありがとうございま……って、専用!?」

「はい」


コンシェルジュはなんでもないというふうにエレベーターのボタンを押す。

するとすぐに扉が開き、コンシェルジュが中に入った。

口をあんぐり開けながら私もそれに続くと、コンシェルジュは『23』と書かれたボタンを押し、エレベーターを出た。

そして綺麗な所作で、私に向かってお辞儀をした。

そこでようやくはっと我に返り、私もコンシェルジュにお辞儀を返す。


「あっ、あのっ、ありがとうございました!」


顔を上げるのとほぼ同時に、ドアが閉まる。

閉まる寸前に一瞬だけ見えた完璧な笑顔のコンシェルジュの口元は、わずかだけれど面白そうに歪んでいた。


「ううっ……笑われちゃったな……。まあ、仕方ないけど」


ため息をつきつつ、階数ではなく矢印が表示されたインジケーターを見つめる。

やがて20,21と順番に数字が現れ──

『23』の表示が現れたた数秒後、エレベーターが止まった。


「…………」


静かに開いた扉から一歩踏み出し、ぐるりと見回す。


「2301ってことは角部屋…………ん?」


あらためて、もう一度ぐるりと見回す。


「……角部屋が、ない?いや、違う……」


フロアに出て目に入ったのは、大きなエントランスが2つ。

おそるおそる近づいてみると、それぞれのエントランスの向こうに扉があった。


「もしかして……このフロアって2戸しかないの!?」


想像を絶する最上階の造りに、コクリと喉を鳴らす。

今から会う相手は、自分が思っている以上にものすごい人なのかもしれない。

そう思った瞬間、わずかに自分の中でパーセンテージが上だった好奇心が鳴りを潜め、不安な気持ちが一気に溢れ出した。


(ああ、やっぱりこのまま回れ右して帰りたい……)


けれどそれをしてしまえば、車の一括修理代がほぼ無職の私の肩にのしかかってくることになるのだ。


「……ダメだ、逃げちゃ。ちゃんと自分で決めて来たんだから」


ふうっと大きく息を吐き、私は意を決して『2301』と書かれたエントランスの方に近づいた。


「どうか、イケメンダンディーで若い頃モテモテの優しいジェントルマンなおじいちゃんでありますように!」


希望過多だと自覚しつつもパンパンとお参りするように手を打ち鳴らし、チャイムを鳴らす。

すると──


「いらっしゃい♪」


インタ―フォンから聞こえてくるとばかり思っていた稲垣さんの声が、カチャリと開いたドアから聞こえてきた。


「あ、お、おはようございます!」

「うん、おはよう。なかなか来ないからどうしたのかと思ってたとこ」

「あー……すみません。あまりに広くて驚いていました」

「ぷっ!!」


私の言葉に、稲垣さんが面白そうに吹き出す。


「ははっ、朝から素直な台詞聞くっていいね。低血圧なオレの脳を元気にしてくれるわ~♪」

「ははは……」


これっぽちも低血圧には見えませんけど?

そう心の中で呟きながら、渇いた笑いを漏らす。


「まあ、とにかくあがって? お相手さん、お待ちかねだからさ」

「あ、ですよね! すみません、もたもたと。それじゃお邪魔します」


ペコリと小さく会釈して、私は開けてくれたドアをくぐった。

リア恋しか知らない恋愛小説家、初めて三次元の恋を知る

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