テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第2話 齧った方も患者です
治療区画、隣り合った二つの寝台。
片方には人参。根部の欠損箇所に処置布が巻かれ、香漏れを止める施術が続いている。もう片方には兎。腹部の不調と眩暈を訴え、点滴の管が伸びていた。
「人参は根部一口分欠損! 香漏れは直後から止まってねえ! 兎は齧った直後からふらついた! 吐いてはいねえ!」
耕稔は椅子から立ち上がりかけては座り、また立ち上がりかけている。声だけは驚くほど正確だった。
「状況説明は非常に的確ですね」
医療職員が処置の手を止めずに言う。
「褒めてる場合か!!」
「褒めていません。記録として助かっているだけです」
耕稔の視線が右へ動く。
「……人参は?」
医療職員が答える前に、視線はもう左へ動いていた。
「……兎は?」
「あなたも座ってください。付き添いの心臓が保ちません」
「俺は患者じゃねえ」
そう言いながらも、椅子には結局座らなかった。
*
兎が目を覚ましたのは、それから半刻ほど後だった。
まぶたが震え、視界が焦点を結ぶより先に、口が動いた。
「……人参は?」
「無事だ」
短く答えが返る。耕稔の声だった。
「…………よかった」
安堵の息が、ひどく深いところから漏れた。腹の不調はまだ残っているはずなのに、その一言を確かめるまで気が休まらなかったらしい。
兎の耳が、少しだけ元の角度に戻る。
「……怒らないのか」
「怒ってる」
耕稔は腕を組んだ。
「めちゃくちゃ怒ってる。俺がどれだけ大事に育てたと思ってんだ」
兎の耳が、今度は深く伏せた。
「……すみませんでした」
「だからって」
耕稔は少し間を置いた。
「具合悪くしてる奴を、放っとけるかよ」
それだけ言って、視線をそらす。兎は何も言わなかった。伏せた耳の先が、少し揺れていた。
*
夕刻、原因の確認のため由来生態適応管理官が呼ばれた。栖梧はカルテと兎の反応記録に目を通しながら、淡々と口を開いた。
「食べたいと思うこと自体は、由来反応の範囲です。草食由来の魂には珍しくない」
栖梧は兎に視線を移す。
「ただし、植物由来魂を実際に食べることは別問題です。ここは区別してください」
兎は俯いたまま頷いた。
「日照庭の立入管理と、食材と由来魂の香識別、摂食前の確認手順。環境側も見直します」
栖梧が淡々と続ける横で、耕稔は腕を組んだまま黙っていた。原因を人外の本能一つに押しつける気はないらしい。それでも――
「お前は当分、人参に近づくな」
低い声だった。
「絶対だぞ」
兎は答えなかった。ただ、伏せた耳の先だけが、また小さく揺れていた。
#🌀🌧️⚡️
低気圧
42
2,687
コメント
1件
うわっ、第33話! 耕稔が「怒ってる」って言いながら「具合悪くしてる奴を放っとけるかよ」ってとこ、もう完全にツンデレじゃん…! 兎が目覚めて真っ先に「人参は?」って聞くのも、大事なものほど名前が出るってやつだよね。耳の角度で感情が伝わってくる描写が細かくて、読んでてこっちまでホッとしたり切なくなったりしたわ。人参種の香りとか、由来反応って世界観の設定もまた気になるし、次も絶対読みたい🔥