テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第3話 会わせて下さい
人参は日を追うごとに回復していった。欠損した根は治療の過程で人型化の兆候を強め、やがて美麗な半人型へと姿を変えていく。
一方、兎の体調も戻っていた。戻ったのに、消えないものがある。
謝りたい。怪我を確かめたい。もう一度、無事な姿を見たい。
そして――あの味も、まだ舌の奥に残っている気がした。
食欲なのか、罪悪感なのか、それとも別の何かなのか。自分でもうまく名付けられなかった。
*
日照庭の門前。
兎は地面に額をつけていた。
「会わせて下さい!!」
「帰れ」
門の内側から、素っ気ない声が返る。
「お願いします!!」
「駄目だ」
「謝りたいんです!!」
「治ってるから帰れ」
「一目だけでも!!」
これが、三日三晩続いた。
*
二日目の夜、耕稔は門の隙間からちらりと外を見た。兎はまだそこにいた。膝を地面につけたまま、姿勢を崩さずに。
土埃で毛並みが灰色がかっている。声もすでに掠れ始めていた。それでも額を地面につける角度だけは、一日目から変わっていない。
「……何でそこまで会いてえんだ」
「心配だから」
即答だった。だが耕稔は、その返しに何か引っかかるものを感じた。
「それだけか?」
「…………」
沈黙が落ちる。
「おい」
「…………それだけです」
「今の間はなんだ!!」
兎は答えなかった。味のことは、口が裂けても言えなかった。
*
三日目の朝、門が開いた。
かすれた声も、汚れた毛並みも、そのままだった。ただ、額を地面につける角度だけは、まだ崩れていなかった。
「……入れ」
「いいのか!?」
「三日も騒がれる方が迷惑だ」
耕稔は腕を組んだまま、兎を見下ろす。
「ただし、歯ぁ立てたら今度こそ叩き出すからな」
「立てねえよ!!」
門をくぐる兎の足取りは、三日間の疲労を忘れたように軽かった。
*
日照庭の奥、木陰に置かれた椅子に、一人の青年が座っていた。
肩から胸元にかけて、白い布が巻かれている。治療のための保護布だった。青みがかった髪は葉のような艶を残し、指先には根の名残らしい淡い色がある。
兎の足が止まった。
顔がある。目がある。声を持つ気配がある。なのに漂う香だけは、あの日と寸分違わず甘く、瑞々しい。
近づくほど、その違和感は強くなった。見知らぬ誰かの姿をしているのに、鼻の奥だけがあの日のことを覚えている。兎は足を止めたまま、しばらく動けなかった。
青年が顔を上げる。目が合った。
「…………お前」
声が掠れた。
兎の喉が、ごくり、と鳴る。
「…………おい」
耕稔の声が低く響いた。
「違う!!」
「今、喉鳴っただろ!!」
「これは違う!!」
人参は、その二人のやり取りを見て、小さく笑った。
「……僕、まだ美味しそう?」
「…………」
「答えるな」
耕稔が即座に割り込む。
「聞いてるのは僕」
人参が澄ました顔で返す。
「お前も煽るな!!」
沈黙。
風が葉擦れの音を運ぶ。兎は視線を逸らせなかった。あの日、この香りに負けた自分の姿が、脳裏をよぎる。今、目の前にいるのは同じ香りを纏った、顔と声を持つ誰かだった。
「…………美味そう」
「帰れ!!!!」
コメント
1件
ああ、もうこの回めっちゃ良かったです……! 三日三晩土下座し続ける兎の執念も、門の隙間から覗く耕稔のツンデレ感も、全部ツボでした。何より「美味そう」って声に出ちゃう兎と、それに「帰れ!!!!」とツッコむ耕稔のコンビネーションが最高すぎて。人参が「僕、まだ美味しそう?」って澄ました顔で返すのも、あざといけど好きです。香りと姿のギャップに戸惑う兎の心情描写がすごく丁寧で、読んでて切なくもあり面白くもありました。続きが気になります!
#🌀🌧️⚡️
低気圧
42
2,687