「お疲れ蒼」
練習後、ロッカーで岳緒に呼び止められた。
「ああ、お疲れ…」
「なんか蒼、俺を避けてない?昼間は普通だったのに、どしたの?」
解かってるだろ。んなこと。わざとらしい言い方するなよ。
岳緒の顔にはうっすら笑みが浮かんでいる。
もうすべてを覚悟したような、不敵な顔だった。
ちっ。わかったよ
「はっきり言えよ。岳緒。おまえ、どうしたいの?」
岳緒は笑顔を消すと、真剣な眼差しで俺を見すえた。
「俺、蓮さんに告る」
「……」
「いい加減俺も本気の恋がしたい。蓮さんが好きって気づいて、マジでそう思った。おまえも好きなんだろ、蓮さんのこと。
ずっと訊けずにいたけどさ、蓮さんとおまえって、どうなの?」
付き合ってる。
やっと手に入れた女。俺だけの女だ。
いくら岳緒でも、絶対にゆずれない。
そう言いたいけど、蓮との約束が、喉元で止めた…。
「俺と蓮はなんでもねぇよ、ただの幼なじみ」
「……ふぅん」
「でも、誰かと付き合ってるみたいだけどな」
情けないが、俺ができるガードと言えばこれくらいだ。
蓮はもう別のヤツに独占されてるんだ。
だから、大人しく引き下がれよ、岳緒…。
「ふぅん、だから?それでも俺、告るよ。自分の気持ちは、きっちり自分で落とし前つけたい」
バカ岳緒…。
「冗談だろ?」
「冗談じゃない」
「…いつ、だよ…?」
「今すぐにでも。決めたんだ。今度会ったらその時絶対告るって」
「やめとけよ、付き合ってるヤツがいるんだぞ。おまえが傷つくだけだ」
「だから?それでもいいよ。言っただろ。自分で落とし前つけたいって」
くそ…なんだよ、いつもふらふらしてしまりのないヤツなのに、急に強情になりやがって。
それだけ本気ってことか…?
「ま、幸運を祈っててよ、蒼」
「待て、岳緒…」
岳緒の肩をつかんだその時だった。
「お、グッドたいみーんぐ」
岳緒が弾んだ声を上げた。
そしていつも以上に大きな声で、あいつの名を呼んだ。
「蓮さーん!」
蓮?どうして?
校舎で待っているはずの蓮が、どうしたわけか、体育館の入口で待っていた。
蓮は岳緒の大声におどろきつつ、俺の姿をも確認すると、はにかんだ笑顔を浮かべた。
来ちゃった、と言いたげな顔だ。
くっそ、こんな時まで可愛いことしなくていいんだよ…!
岳緒は蓮に近づいていく。
回りにはまだ帰宅生徒や、他の部活生徒、その見学者とかが多く残っていた。
まさかここで告るのか??
信じられないけど、岳緒はそう簡単に物怖じして引き下がるタイプじゃない。
「岳緒…っ、待てって」
「わり、蒼。おまえと話してる場合じゃない」
聞く耳持たない岳緒は、蓮の前に立ちはだかると、高い背を丸めて蓮の手を握った。
蓮はきょとんとして、岳緒を見つめている。
岳緒の顔が見る間に真っ赤になった。
『やべ』とひとりごちているけれど…手はつかんだままでいる。
「どうしたの岳緒くん?…手痛いよ…」
「蓮さん、俺ずっと前から…」
「岳緒…くん?」
「やめろ!」
その手を叩き落としたのは俺だった。
「なんだよ蒼、邪魔すんなよ」
突然起きた俺たち三人の騒ぎに、回りから興味津々の視線が集まる。
けど、もう俺もいい加減黙ってられない。
ごめんな、蓮。
「わりぃ岳緒。こいつは俺のもんだから」
「は?」
「こいつと付き合ってるのは、俺だから。誰にも触れさせねぇ。告白もだめだ」
辺りは騒然となった。
どよめきやけたましい悲痛をあげる女子生徒に囲まれて、蓮は茫然となって、やがて真っ赤になってうつむいた。
「ほんと、蓮さん?蓮さんって蒼のことが好きなの?」
岳緒の問いに、回りの生徒達のどよめきに、押し潰されるように、蓮は下をむいたままでいる。
俺はそんな蓮を、息が止まりそうに緊張しながら見守っていた。
こんなことになって、本当にごめん。
でも、言ってくれよ。
『蒼が好き』って…。
けど蓮は、うつむいたまま、逃げるように走って行ってしまった。
「蓮!」
呼び掛けた俺に、蓮ははっとしたように振り向いて、俺と視線を絡ませた。
そして、歪む顔…。
涙をこぼすと蓮は、振り向くことなく走り去って行った。
追いかけようとした俺は、その前に岳緒に振り返った。
岳緒は思いのほか平然とした顔をしていた。
「やっぱな、そーいうことかよ」
「岳緒…知ってたのか…!」
ばしっ!!
俺は思いっきり岳緒の頬を殴った。
「くっだらねぇことしてんじゃねぇよ!」
「ってぇな!くだらねぇとはなんだよっ!蒼こそ、なんで早く言わねぇんだよ!ヘタレてんじゃねぇぞ!」
くっ…。その通りだから、なにも言えない。
「…悪かったよ…。けど、蓮が内緒にしてくれって言ったんだ。あいつはああ見えて、すごく初心なんだよ、ガキなんだよ…。
忍耐強く、待ってやらなきゃダメだったんだ…。だから…」
『まじかよ』と岳緒はばつが悪そうに眉間にしわを寄せた。
「俺は…ふっきりたかったんだよ…。俺頭悪くて諦め悪いから、はっきり振られて白黒つけたかったんだよ」
けど、と続けると、岳緒は俺が殴った頬をさすった。
「こっちの方が、すっきりしたよ…」
「……」
「人のものに手付けようとするなんて、野暮なことした。悪かった…」
岳緒は顎で蓮が走った方をさした。
「蓮さん追いかけなくていいのか?真っ赤になって泣きそうだったぞ」
「解かってるよ」
蓮のやつ、まためそめそ泣いてるだろうな…。
最後に俺と目が合った時の蓮、『ごめんなさい』って今にもすがりつきたそうだったもんな…。
これだからお子様は困る。
けど、そこもたまんなく可愛いから、仕方ない。
惚れた弱みだ。
ふぅと吐息すると俺は岳緒に指差して言い放った。
「これで別れたらおまえのせいだからな。明日絶対蓮に謝れよ、バカ岳緒!」
岳緒の返事は聞かず、俺は蓮を追いかけて行った。
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