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第5話:1日だけの街
「建てる意味がない、って言われるんですよ。
“どうせ壊すなら、いらない”って」
その言葉には、諦めのような、祈りのような響きがあった。
そう言ったのは、灰色のマントに小さな金の鈴をつけた青年。
名前はカサリ・ルタ。
髪はくすんだベージュ、腰に長旅の地図袋。瞳はどこか焦点の合わない琥珀色をしている。
彼は、魔央建設の仮設ブースに立ち尽くしていた。
後ろでは、旅支度の一団──**流浪民〈灰旅団〉**たちが、野営の焚き火を囲んでいた。
カサリが見つめる先には、薄く濁った空と、果ての見えない草原。
「“1日で壊す街”を、建ててほしいんです」
向かいのテーブルには、魔央建設の実務施工担当、リセ・フットランが座っていた。
骨格のくっきりした女性で、焦げ茶色のつなぎ服に、背中までの三つ編み。額には小型魔導スコープをかけている。
彼女は眉を寄せ、確認する。
「住民人数は?」
「87人。うち43人が高齢、こどもが12人。
明日、ここを離れます。移動が決まってるんです。
でも──最後の夜に、街のような場所で眠ってほしいんです。
テントじゃなく、“まち”で」
「崩す予定込みで、ですか?」
「はい。翌朝、全員撤収して、あとに何も残さない。
それが、旅団の掟ですから」
リセは数秒沈黙し、背後の浮遊球に合図を送る。
イネくんが前へ出てきた。
水色の球体。薄く揺れる輪郭の中に、光が淡く走っている。
イネくんは何も言わず、ふわりと空に模様を浮かべ始めた。
浮かんだのは、移動する道を折りたたんだような構造図。
それぞれの部族が歩いてきた経路を“線”としてまとめ、それを“円環”にする設計だった。
リセが言う。
「これは、“移動の記憶”を空間に変換する街です。
ひと晩だけ存在し、翌朝、すべてが土に還るように魔法を組みます。
夜間限定の構造材“ルスレン結晶”を使えば、明け方には自然崩壊する」
カサリは、小さく目を見開いた。
「そんな素材が……?」
「都市には使えませんが、“灯り”や“壁”には十分です。
イネはあなたたちの旅路を“重ね合わせる”街を設計した。
あなたたちが歩いた日々が、“1日だけの街”として姿を持つ。
──いい提案だと、私は思います」
青年は、沈黙のまま、イネの図を見ていた。
それから、小さな鈴を指でつまんで、そっと揺らした。
「……ありがとう。
たった1日でも、きっと、この子たちは“どこかにいた”って思えるはずです」
工期は、6時間だった。
魔力を含んだ布で屋根が編まれ、地図が刻まれた床が敷かれ、
各部族の物語が、“形のない街”に並んで立ち上がる。
夜、流浪の子どもたちは、その街を走りまわり、
老人たちは音のない屋台で、静かに風を感じていた。
そして朝、街はすべて、砂のように風へ溶けた。
何も残らなかった──
けれど、「街にいた」という記憶だけが、確かに残った。