地方ロケが始まって、5日が過ぎた夜だった。
その日も撮影は深夜に及び、康二は心身ともに疲れ果てていた。
ホテルに戻る車内でも、Aからの詰問は止まらない。
A「今日のお前の芝居、監督も呆れてたぞ。分かってんのか?」
🧡……すみません
A「謝って済むなら警察はいらねえんだよ。明日はちゃんとやれよ」
何を言われても、もう「すみません」としか返せなかった。
思考は鈍り、感情も麻痺していく。早く、早く一人になりたい。
その一心で、ホテルの廊下をふらつく足で歩いた。
ようやく自分の部屋の前に着き、カードキーをかざす。
電子ロックが解除される音だけが、やけに静かな廊下に響いた。ドアを開け、一歩、中に足を踏み入れた、その瞬間だった。
視界の端から伸びてきた黒い影に気づいた時には、もう遅かった。
ゴッ、という鈍い衝撃。
待ち伏せしていたAに、横から思い切り頭を殴られたのだ。
何が起きたか理解する間もなく、康二の体は糸が切れた人形のように、ドサッと床に崩れ落ちた。
🧡 ぐっ……ぁ…
側頭部に走る激痛で視界がチカチカする。カーペットに突っ伏したまま、呻くことしかできない。
A「てめぇのせいで、俺まで監督に怒られただろうが」
冷え切った声が、頭上から降ってくる。見上げることすらできない康二の、無防備な体の中心を、Aは躊躇なく革靴のつま先で蹴り上げた。
🧡……っう、ごほっ…!
鳩尾にめり込む、えぐるような痛み。息ができない。胃の中のものがせり上がってくる感覚に、必死で口元を押さえる。
A「俺の経歴に傷つけやがって…」
A「ほんと、使えねえゴミだな、お前」
蹴られた衝撃で横向きに転がった康二の体を、Aはさらに数回、容赦なく蹴り続けた。腹、腰、背中。痛みで意識が飛びそうになる。
🧡ごめ…なさ…っ、…やめ…
か細い声で許しを請うが、暴力は止まらない。恐怖と痛みで、涙が溢れてきた。
もう、何も考えられない。
どれくらいの時間が経ったのか。Aは満足したのか、最後に「明日の朝、ちゃんと起きろよ」と吐き捨て、部屋を出ていった。
バタン、と無情にドアが閉まる音。
静寂が戻った部屋で、康二は床に蹲ったまま、動けなかった。全身が悲鳴を上げている。でも、それ以上に、心が悲鳴を上げていた。
痛い。苦しい。怖い。
でも、一番辛かったのは、こんな状況になっても、頭に浮かぶのがメンバーの顔だったことだ。
🧡(みんなに、迷惑かけたら、あかん…)
朦朧とする意識の中、康二はただ、そのことだけを考えていた。
助けて、という言葉は、ついに彼の口から発されることはなかった。
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