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「ふー。なんとかミッションをこなしたな」
ホテルの入り口に着くなり、笹岡はそう呟く。
「ミッション?」
「…ん。こっちの話。俺が来たことでサワグチに迷惑かけたらいたたまれないからさ。邪魔しないようにしようってずっと考えてたんだ。
良い思い出、作れたな。」
笹岡はそう言って笑う。夜に沈んだ街並みを背に、歩くごとにホテルの明かりの中へと包み込まれる。
「確かにそうだな。」
「思ってたより楽しかったな。また、行けたら…って、まあ家からだと二、三時間かかるけど」
「うん。ありがとう」
「まあ、ありがとうとかそういう事でもないのかも知んないけど…」
「まーそーだな。」
怜がそう返すと笹岡は変な顔をする。
それを見て、怜は思わず笑ってしまう。
「…」
笹岡は虚を突かれた様な顔で怜を見ている。
「なんか、お前ってさ、」
「…なに」
「いや、かわいいなお前って。
…変なやつってずっと思ってたけど、なんて言うか…」
「何だよ」
怜は自分を真剣な顔で睨んでくる笹岡の事を見る。つい、口から出て来そうな言葉が、あまりに自分らしくない気がして、何となく口を噤む。
「いやなんでもない」
「はあッ?」
「……あ、来た」
目の前で開いたエレベーターのドアから、宿泊客が出てくる。
二人はその中へと乗り込み、怜は四階のボタンを押す。
「…ご飯、どうする?」
怜達は、ついさっき寄り道して来たコンビニの袋を持ったままだった。ルームサービスを取るのも面倒だったので、夕飯はコンビニ飯で済ませる事にしたのだ。
「俺のとこ来る?一緒に食べる。」
「いいの?」
「別にいいよ。ここまで来て、一人で食べるのもなんかあれだし」
「ふーん」
そう言って、笹岡は自分の部屋のある階のボタンも押さずに、怜の隣に立って居る。
四階の怜の部屋に入り、取り敢えずはすっかり腹も減っていた二人はガサガサと持って来た包みを開け、中から取り出したそれぞれの夕飯を食べ始める。怜が、近くにあるリモコンを取ってテレビを付けるが、ちょうど番組の切り替わる時間なのか、どのチャンネルでも天気予報やニュースなんかが流れて居るので、二、三度切り替えた後で怜は適当な所でリモコンを起き、再びそれを箸に持ち返る。
「サワグチは明日、何時くらいに出るの」
ベッドに腰掛け何かの麺を啜りながら笹岡が言う。
「うーん。
早めに起きて朝食食べて、って思ってたけど、結構疲れてるから、ギリギリまで寝てるかも知れない。」
「明日は行く場所とか決めてないの?
すぐその場所に行くの。」
「いや、それも別にどっちでもいいかな。明日の夜泊まる場所はもう決まってるから、ここから出る予定ではあるけど」
「ふーん。」
「笹岡は?」
「ん。俺?うーん。俺もさ、どっちでもいいんだよね。」
「どこか行きたい所でもあるの?」
「まあ、行きたいっちゃ行きたいっていうのか…俺さ、何の下調べもしないで来てるからさ。けどまあ、調べろって言われたら何でも調べるよ?」
「…」
しばし、怜は笹岡の顔を見て居る。笹岡は、自分の言って居る事が変だとは微塵も思ってない様子だった。
その、いつも通りの顔を見てるうち、なんだか妙な気持ちになってくる。
証明に照らされている互いの顔が、くっきりとした輪郭で浮かび上がっている。ついさっき、この部屋であった事自体を流石に忘れて居るわけじゃないのだと改めて考え出しそうになり、怜は赤面しそうになる。
「俺さ、シャワー入ってきてもいい?」
「え。」
「もう、寝る。お前、それ食べ終わったら勝手に部屋、戻っててもいいよ。オートロックだから、大丈夫だと思うし」
「…うん」
笹岡は自分の持って居るカップを箸で突ついている。
自分が普段通りにしてる様にも思えなかったが、何だか一つひとつの返事に、妙に過敏になってる気がする。
怜は洗面所へ入ると服を脱ぎ、風呂場の中へと入ってシャワーを思い切り浴びる。
明日から、二泊した後でまた家へ帰る。
向こうへ着いてから行く場所はだいたい決まって居る。何の変哲もない観光地、よく知って居る駅、でも、幼い頃の親との思い出がそこに未だにある筈だった。それからそこで、一人で過ごす。…多分笹岡がそこまで着いて来るとも思えなかった。
やっぱり、単なる気まぐれで、笹岡が言っていたように舞い上がっていたせいでくっ付いてきたんだろうと思う。
怜はシャワーを止め、髪の毛を洗った後で、やっぱり湯船にも入ろうと思い、浴槽にお湯を溜め始める。
「ふー。」
笹岡と、自分のことを怜は考えていたが、これから学校へ戻った後でも、自分達がどうなるのかもどうしても考えられなかった。
ついさっき、笹岡がこれまでに付き合ってきた相手の事を濁していた時も、怜は引っかかっていた。
ホモどころか、自分は異性と手を握った事すら無いのだ。
(…もう出て行ったかもな。)
大分ゆっくり浴槽に浸かってから、怜はその中で足を伸ばす。何だか何もかもどうでも良くなってきていた。
ー佐藤のことどうするの?
以前クラスメイトから不意にそう聞かれた時も、怜は殆ど何も考えていなかったと言ってもいい。
すっかり疑問と不可解の中に落とし込まれた後で、怜はもしかすると自分は、周りの人間が言うように恋愛に対して鈍い、つまらない人間なのじゃないかと思えて来ていた。