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風呂から上がり、洗面所でタオルで体を拭いた後でうっかり、着替えを向こうの部屋のバッグから出しておくのを忘れたことに気がついた。怜は部屋の方の様子に聞き耳を立ててみるが、テレビがまだ付いているらしい事以外はよく分からない。大分長い間風呂に入っていたので、もう流石に手持ち無沙汰で笹岡は部屋に戻っているだろうと思い、洗面所のドアを開け、顔だけ出して部屋の様子を見てみる。
……
部屋には誰も居ない。やっぱり、笹岡はもう自分の部屋へ戻ったみたいだ。
怜はすっ裸のままで洗面所の外に出ると、リモコンを取りCMが流れて居たテレビの電源を切る。それから、ボストンバッグのおいてあるベッドの方へ向かうとゴソゴソと中に入れてあった下着とTシャツを出して、再び洗面所へと戻る。
着替えた後、備え付けのドライヤーで髪の毛を乾かしている時に、ふと携帯の呼び出し音が鳴っている事に気がつく。
ベッドの上へ置きっぱなしだった携帯を取り、着信を見る。
笹岡からだ。
怜は明日の事で何か言い忘れた事でもあるのだろうかと思い、通話のボタンを押す。
「もしもし」
「あ。もう、上がった?」
「ん?うん。」
「じゃちょっと…開けてくれる?」
「え?」
怜は思わずドアの方を見る。「何?忘れ物でもした」
「ん?
…まあ、そんなところ。」
怜がドアの方へと歩み寄り、オートロックのドアを開ける。
笹岡が、ついさっきと変わらない様子でドアの前に立っている。目が合うと、耳に当てて居たスマートフォンを降ろして、怜に向かって微笑む。
見ると、手元に何か抱えているみたいだ。そうかと思うと、笹岡は何も言わずに再び怜の腕の下をくぐり抜ける。
「…」
怜はずかずかと入って来た笹岡の様子を後ろから見守りつつ、不可解な表情をしながらドアを閉める。
笹岡はベッドの上に座ると、置きっぱなしだったリモコンを手に取り再びテレビの電源を付ける。
「…お前まだ、寝ないの?」
怜はスマホの時計を見る。
「もう10時だけど」
「うん。俺もシャワー入ってもいいかな」
そう言われて、怜はふと笹岡が抱えて居たものを見る。それは、やっぱり思った通りに、笹岡の着替えとタオルだったようだ。ベッドに腰掛けた傍らにそれを置き、笹岡は怜の方を見上げている。
しばし無言で、見つめ合う二人。
「あのなー。だって、寂しいだろ。つまらないだろ。
折角俺は、顧問には親戚の家が千葉にあるという架空の設定を説明した後、駅で怪しむ部員十数名に別れを告げて、俺はな…電車に乗って、ここまで来たんだぞ。
明日、お前だけ自分の親の居たところに行くなんてな…」
「え。笹岡、ここで寝ようとしてるの?」
怜は自分の寝て居たベッドの方を見やる。それは、少し大きめのサイズではあるが、明らかにシングルサイズのベッドが一つあるのみだった。
「昨日まで四人部屋で、皆でわいわいしてたんだぞ。俺は」
「ふーん。まあそれは、知らないけど、途中でやっぱ窮屈だし自分の部屋戻るってなると思うな。俺は」
それともずっと起きてようと思ってる?怜は笹岡の顔を覗き込むが、笹岡は怜とは目を合わせずに俯いている。
「なあ。」
「…」
「寂しいって何。お前って、一人っ子かなんか」
が、笹岡は応えない。怜は急激に反応が鈍くなった笹岡に眉をしかめる。
「あ、歯ブラシ忘れた」
「…は。」怜は頭を拭きながら、笹岡の隣に座る。
「あっち、備え付けのやつ置いてあったよ。」
「うん。じゃあ俺も入ってくる」
「…」
そう言うと笹岡は立ち上がり、着替えを抱えると洗面所へと入って行った。
笹岡が行った後で暫し、怜はベッドにそのまま寝転んだ。そうしてテレビを眺めながらうとうとしている。
既に番組は終わり、明日の天気予報が流れ出し、いかにも眠くなりそうな音楽が流れ出す…
コンコン、と音が鳴る。
一瞬、隣の部屋か廊下からかとも思うが、洗面所から笹岡が何度かノックしているらしい音だった。
怜は「なに?」とうたた寝しそうだったベッドの上から声を出す。
「サワグチ?ごめん。俺、タオル忘れた」
「え。もう、無いっけ。そこに予備のやつ置いてない?」
「そうでなくて、部屋から持って来たんだけど、さっきそっちに置いてったみたい。取ってくれる?」
タオル?
そんなもの見た記憶がない。が、今歩いて来た床をふと見てみると、笹岡の言う通りに畳まれたタオルが床に落っこちている。
怜はそちらへ向かい、拾い上げると洗面所のドアの方まで来て「あった。はい。」
そう言ってドアノブに手をかける。
カチャ、っとあっさりドアが開きそうになり、怜は(鍵掛けてないのか)と思いつつ、ドアの隙間からタオルだけ中に入れて手渡そうとする。
が、反応が無い。「なあ。」少し大きめに声をかけると、浴室にいるらしい笹岡が「あーごめん。洗面所のところに置いて行ってくれる?
悪いな。」と言う。怜はドアを開けると洗面所の中へと入り、それからタオルをその台へと置いた。
「サワグチ」
「ん?」
「あとで、話したい事ある」
「話したいこと?」
「うん。」
ドアを隔てた向こうで、笹岡が怜に向かって言う。
「何?」
「…生徒会長の事。なんかお前を巻き込んじゃったみたいになってるからさ。よく考えたら良くないなと思って。そういうの」
「ふーん。」
今更な気もしたが、笹岡の今考えている事に怜も思い当たり、ギクリとする。
ホモだとかそうでないとかーー
別にそれを笹岡に疑問としてぶつけたい訳じゃない。
でも笹岡は、いつも怜が考えているよりも別の方面に飛び出して来る感じがした。
「お前、湯船も入ってるの。」
ついさっき、お湯を抜いたのでもう一度お湯を溜めないと浴槽には浸かれない筈だった。
「いやー。入ってもいいの?」
「別にいいよ。俺の家じゃないんだし」
「まあ、そうだけどさ。じゃあ、入ろうかな。」
「うん。じゃな」
「……あのさ。」
「うん?」
「確かに、変かもな。こうやって、単なる友人の俺たちが旅行するのに、俺らって別に約束して来てる訳でもなかったんだもんな」
「今頃気付いた?お前最初からずっとそんな感じだよ。」
「そう?そうかなあ。俺は楽しかったけど」
そう言われて怜は思わず笑い、「じゃ」と言って洗面所の外へと出る。
部屋へ戻ると怜はバッグの中身を整理し、明日向かう場所へ移動するための交通機関をチェックする。
明日、どうしようか。
ふとそう思う。
何度か千葉へは来ているが、この近辺はあまり真面目に観光した事がなかったから、久しぶりに行ったタワーも美術館も新鮮だったし、笹岡の言うとおりにそれなりに楽しかったと思う。部活動やクラスの友人とも、普段怜はそれほど学校の外で行動を共にする事はなかった。気詰まりというよりも、それ程行き先やしたい事が被る事がなかったせいで、充分に部活と授業だけで忙しかったせいで、思えばこんな風に予定を組んで友人と朝から夜まで過ごすという事もあまり無かった。
笹岡がもし何か言うなら、千葉駅周辺の観光をもうすこし続けてもいいかもな。そう思う。もし、一緒について来たいと言うなら…
そう考えるが、流石に旅行資金の面など考えてみても、着いてくるとも思えない。
その為に、自分はアルバイトをしたのだし。
両親だってさすがに連泊を重ねるのもOKを出さないんじゃないか。
…
そう考えているうち、少し残念な気も何故かしたがなんとなく肩の荷が降りて、怜は明日の支度を終えた後、再びベッドの上に仰向けに寝転がる。すぐ壁を隔ててシャワーが流れる音を聞きながら、今日あった出来事を思い返している。
まあ、予定は変更したけど…
って、殆ど、笹岡が決めたようなもんだな。
そう考え、怜はつい笑ってしまっていた。
笹岡にはああ話したし、それも嘘ではなかったがユウからだってもしあの教室であった時のような雰囲気が続いていたら、自分でもどうなって居たかは分からない。
ユウは幼なじみだし、元から異性として好きとかそういう感じでもない。でも怜とて、思春期の色々な欲求を理由なく我慢し続けられる程出来た人間でもないと思って居た。
ユウがもし、先に自分の気持ちを聞いていたとしたら…
「…」
でも、笹岡は…
ん。どっちが先に、何をして来たんだっけ…。
うとうとしながら、タワーで自分と手を繋ぐ笹岡を思い出して、怜はあの時自分は一体何を考えていたのかと思い返している。