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バサバサバサ……と、木々に止っていたカラスたちが一斉に曇天の空に飛び立っていく様子を、私は呆然と見つめた。そして、ポツリと呟いた。


鳥たちは何かを警戒するように飛び去っていき、辺りは不気味な静けさに包まれる。

まだ正午を過ぎたぐらいだというのに、森の中は薄暗かった。


「大丈夫ですか? 聖女様。足場、悪いので気をつけてくださいね」

「ありがとう、ございます。ルーメンさ……あっ」


私は、彼にお礼を言おうとして足下を見ていなかったために木の幹に足を取られ、バランスを崩した。しかし、転ぶと思った瞬間には、後ろから抱き留められる形で支えられていた。


「エトワール様、危ないです」


背後から、グランツの少しだけ荒くなった息遣いが聞こえてきて私は顔を赤くする。すると、私を抱きとめてくれたグランツは、申し訳なさそうに謝ってきた。


「すみません、俺がもっと早く声をかければよかったですね」

「ううん、私がぼんやりしてたから」

「いえ、エトワール様に怪我がなくて良かった」


そう言って仄かに微笑んだような表情を向けるグランツに、私はドキリとする。空虚な翡翠の瞳に優しさが見て取れて私は、それを誤魔化すように彼の腕の中から抜け出し、彼の前を歩く。リースは、既に前を歩いており、私たちの様子を見守っていた。


(それにしても、嫌な空気が充満しているような……)


私は、少し身震いした。

この森に入ってからというもの人の気配が全くしないのだ。それどころか生物の気配すら。まるで、死人の森のように……

雰囲気的にお化けでも出てきそうだと、足下でカエルのような何かが跳ねた。


「ヒッ」


私は短い悲鳴を上げると同時に、先を歩いていたリースの背中に激突した。彼は、私よりも驚いたらしくビクリと肩を揺らしていた。

そして、彼は振り返ると私の顔を見て、一瞬固まった後で盛大に吹き出した。私は、恥ずかしさのあまりリースから目を逸らし、俯いた。すると、リースは意地悪そうに笑うと私の頭をポンポンと撫でてきた。周りに他の人もいるというのに、こんな堂々とと思ったが、周りの騎士達は皆あたりを警戒しているようで私達の事なんて見向きもしなかった。

それはありがたかったのだが、リースがさも、二人だけの空間ですとでもいうようなオーラをかもしだしているため、私は何だかとっても歯がゆかった。


「お前は、本当に怖いのが苦手なんだな」

「こ、怖いのって、だって怖いじゃん。こんな薄気味悪い森……」


そう私が言っても、リースは子供を見るような目で笑うばかりでちっとも分かってくれなかった。

この森は、村からそう遠くないというのに、先ほども思ったように生き物の気配すらしないのだ。それが、可笑しいと思わず何と思うのだろうか。

私は、少し皮肉ったように口を尖らせてリースを見た。


「リースはこういうの慣れてるもんね、ホラー映画とかも勧めてきたし……」

「ホラー映画は、監督によるな。演出とかが好きだから見ているだけで、怖いのが苦手とかそういうのは考えたことがない……エトワールが俺に興味を持ってくれて嬉しいな」

「……ば、そう言うんじゃないけど」


リースの言葉に、私は慌てて否定するが、リースはそれを聞いて楽しげに笑って見せた。

そういえば彼、ホラー映画は大丈夫だったなあとつい思ったからだ。別にホラー映画ばかり薦めてきたわけじゃないし、恋愛映画だって一緒に見に行こうって誘ってくれたことはあった。雨が降る日に怖くて震えていたら、そっと後ろから抱きしめてくれたことだってあった。


(ちゃんと、恋人してたんだなあ……あの時は)


別に自分がか弱い女子だとは思っていない。まあ、弱い部分も怖いものも一杯あるけど、あるし人よりも臆病かも知れないけれど、誰だって、こんな状況に置かれたら怖いって思うだろう。薄気味悪い森の中、凶暴になった魔物の調査。

聖女だからと見栄をはっていないで逃げ出すべきだったとか心の隅では思っている。


「まだ怖いか?」

「リースは怖くないの? もしかして、慣れてるの? その、こういう所とか魔物とか……」

「ああ、俺は、此の世界にきてから何度も戦場にたっているからな。多少は」


と、リースはサラッと言って前を向いた。


確かに、リースは帝国の光で、そう呼ばれている理由は戦いにめっぽう強かったからだ。

彼がいればどんな状況であっても勝てる。そんな噂というか伝説みたいなものが、いつの間にか広まっていて、帝国の中でもリースの強さに憧れる人は沢山いる。

しかし、それが返って恨みを買っている原因でもあり、リースの命を狙っている敵国の人間は多いだろう。ゲーム内では、リースを暗殺するべく差し向けられた暗殺者が出てきて、ヒロインと逃げるというイベントがあったほどだったから。勿論、リースはその前から暗殺者に度々狙われていたらしい。何処かの紅蓮の髪を持つ貴族と同じで、理由は違うが皇族である故の悩みなのだろう。


(じゃあ、遥輝もリースに転生してから命を狙われているから慣れているって……? でも、そんなの慣れても……)


私は、つい暗い顔をしてしまったのかリースが心配そうに私の方を見ていた。

それに気が付いて、私は無理矢理笑顔を作るとリースの手を取った。すると、リースは少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐに嬉しそうに笑った。


「エトワールがいるから、俺は大丈夫だ」

「それまでは、どうやって生きてきたのよ……」

「それまでか? そうだな、お前の……巡のことを考えて生きてきた。お前が、この世界にきてくれたこと、運命だと思っているし、とても嬉しく思っている。もう、寂しくないと」

「リース……」


リースは寂しくないといって笑ったが、彼の表情は依然として寂しいものだった。

私がいるから大丈夫とか、私がいてくれたらいいとかいうけれど、私の心の内を知っているからそんな表情になるのだろうと。申し訳なくなると同時に、彼も彼で分かっていて、私の事好きなのかと思うと、さらに胸が締め付けられた。

彼の心は寂しいんだな……って。

でも、遥輝は私と会う以前はひとりぼっちだったみたいだし、いや女子に囲まれていたけど空虚な顔しているような気がしたし、でも私とあそこで出会わなければ寂しいとか思わなかったんじゃないかなあとか思ってる。私とであったのは、不幸か幸いか。


(遥輝の生い立ちとか過去とか知らないし、聞いたことないけど……私も自分の事何も話さなかったから、お互い何も知らないんだなあ……)


恋人だったのに、お互いに何も言わなければ何も知らないままだった。なのに良く3年……4年と付合っていたものだと。

お互い何をしたら悲しい顔をするのかとかは分かっていたのに、結局踏み込むことは互いにしなかった。その結果が、今のリースの表情に表れているのだとしたら。

私はそれをどうにかしたいと思った。けど、私に出来る事なんて何もないと。


(ううん……今は、調査に集中しなきゃ)


リースと私の関係は今に始まったわけじゃないし、どうにかしようと思ってコレまでどうにも出来なかったんだから仕方ないと何処か諦めみたいなものを感じていた。

それに、今は調査のためにここに来ているのだから他事を考えるのはよそう。

危ない調査だし、集中してやらないと。命に関わることだし真剣になろうと私は両頬を叩いた。

その様子を見ていたリースとグランツは目を丸くしていたが、すぐに視線を逸らし見ていませんといった有無を伝えてきた。恥ずかしいとは思っていないが、さも見てませんアピールをされるとこうやっぱり恥ずかしくなってくる。私は、照れ隠しのように咳払いをして気持ちを切り替えると、改めて辺りを見渡した。

やはり、うっそうと木が生い茂っている薄気味悪い森は生き物の気配を感じない。それどころか、何だか嫌な空気がこちらに近付いてきているようにも思えた。


「前方! 何かいます!」


と、騎士の一人が叫び、それまで辺りを見渡していた騎士やリース達の視線が一気に前へ集まる。

暗く、先の見えない森の奥からゆっくりとこちらに何かが近付いてくるのが、嫌でも分かった。禍々しい何か。空気が一気に重くなり、皆の臨場感が一気に高まる。それは、次第に大きくなり姿が見えてくる。

そして、その姿を見た瞬間、私の思考は停止した。


「なに、あれ……」


現われたのは、手足を持たない異形の怪物。ぐにゃぐにゃと形を変えながら濁った赤黒い身体を揺らしながらこちらへ近付いてくる。

近付いてくるとさらに、その異常な姿に私は吐き気を覚えた。


(それに……この、臭い……何……?)


それは、死臭とも言えるような生臭い匂いだった。思わず鼻を手で覆ってしまうほど酷いもので、それが更に私達を恐怖へと陥れる要因となっていた。

まるで、腐乱死体のような見た目をしている。

手足がなく、胴体と頭だけしかないような、そんな姿をしているのだ。

怪物は私達の近くまで来るとピタリと止まり、口がないのにもかかわらず聞いたこともないような甲高い悲鳴を上げた。


『ギィィイイイイイイイイイッ!』



乙女ゲームの世界に召喚された悪役聖女ですが、元彼は攻略したくないので全力で逃げたいと思います

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