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「く、来るぞ……!」
怪物は奇声を上げると、その不気味な身体を波打たせ、私達に襲い掛かってきた。
赤黒い肉の塊みたいなそれは、手足がないくせに妙に動きが速くて、騎士達は翻弄されるばかり。
しかも、悪臭が凄まじくて息をするだけで苦しくなる。
それでも、騎士は剣を抜き応戦するが、相手は人型ではなく得体の知れない化け物だ。攻撃するにも躊躇いが生まれてしまい、上手く動けていないようだ。
絶えず耳を刺激し続ける怪物……魔物の声に、騎士達の顔はだんだんと青くなっていく。あれの悲鳴を聞いていると、何だかブルーな気持ちになっていき、自分なんてダメだという気持ちになっていってしまう。災厄の影響がつくりだした魔物というなら説明はつくだろうけど。
凶暴化した魔物。聞いたところによればこの間の狼のような魔物や、動物たちが魔物に変化したものなど形のしっかりとしたものだったと村長もいっていた。だから、今目の前にいる魔物は本当に噂の魔物なのだろうかと。
周りにいる騎士達も、リースもルーメンさんも、こんな魔物見たことがないと言った顔をしている。
そうなんだ、調査で聞いた魔物はこんなのではなかったと私は思った。
(さっきよりも、大きくなっている!?)
魔物は、その赤黒い肉の塊を上へ上へと伸ばしていき、今では大木の幹と同じくらいの高さになっている。
手足もないのに、どうやって動いているのか不思議でならないが、今はそんなことどうだっていい。問題は、あの巨体から繰り出される突進力。あんなものに体当たりされたらひとたまりもないだろう。
そして、先ほどから何度も切りつけられているというのに、斬られた切り口はすぐに肉塊で埋まってしまう。だから、切っても切っても切りがないのだ。
「う、うわあああああ!」
「この、怪物が!」
騎士達の顔にも、焦りや疲労が見え、そこまで動いていないというのに消耗しているような気がした。
だって、帝国直下の騎士なのにそんな弱いはずがないと思ったからだ。となると、やはりあの魔物は相当に強い。 いくら強いといっても人間、体力の限界はあるはずだ。このままではいずれ……
「狼狽えるな!」
そう、魔物の悲鳴を遮るような低く強い声が森の中に響いた。
皆、その声の主に一瞬だけ視線を集める。声の主は、リースだった。
「未知なる敵だとしても、隙を見せればこちらに勝利はない。奴を殺せるのはこの場にいる我々だけだ! 恐れる必要はない、我々の力はこんなものではない」
力強い言葉に、私達だけではなく、騎士達までもがハッとした表情を見せた。
リースはコクリと頷き、剣を抜いて地面を蹴った。暗闇に光る星のように、眩い金髪が揺れ、魔物の目玉を切り落とした。べしゃりと地面に落ちたそれは、青紫色の煙となって消えていった。その様子を見て、ようはあの肉塊から切り離せば良いのだと私達は察した。
そうだ、私達が今すべきことはこの魔物を倒すことだ。怖がっている場合ではない。
それに私はこの魔物を倒すためにここに来た聖女なのだ。私が動かずしてどうすると。だって、魔物に一番きく光魔法を使えるのは私だけだと。
(リースの言葉で、騎士達の顔つきが変わった。そうだ、大丈夫。)
私も、彼の言葉を聞いて何だかやる気が出て、前向きな気持ちになれたため、大きく深呼吸をし頭の中でイメージを固める。手で弓引く形を作り目を開けば、光の弓矢がそこに完成していた。斬っても意味がないなら、魔法攻撃なら。
矢を引き、放つ。すると、真っ直ぐと魔物の身体を貫いて行った。肉塊は少し削れ、そこからは青い血が流れ出た。だが、その傷は瞬く間に塞がれていく。
(魔法攻撃が効かない――?)
私はすぐさま、二発目、三発目と矢を射るがそれらはまるであの赤黒い身体に吸い込まれるようにして消えていく。私の攻撃を全て学習したように呑み込んでいくのだ。
さきほどよりも空もだんだんと暗くなっていき、ぽつりぽつりと雨が降り出した。
泥濘む地面に、足を取られ騎士の一人が倒れ込んだ。その騎士に肉塊についていた目玉がぎょろりと動き、目が合う。
魔物は、倒れた騎士の方へと向かっていき底の見えない黒い口のようなものを開いた。口はドロドロと溶け、今にも原型を失いそうだったが、肉塊はそんなこと気にも留める様子はなく、赤黒いからだから、触手のようなものを伸ばし、騎士を捉えるとその口の中に放りこんだ。それは一瞬の出来事だった。
ぐちゃ、ぐちゃ、ごくん―――……
嫌な音を立てて咀砕かれた後、魔物の腹の中へ。それを見た騎士達は、顔を真っ青にさせながら武器を構え直した。
恐怖は伝染する。
騎士達の心の中には既に怯えが宿っていた。諦めも、恐怖も、不安も。
(このままじゃいけない……!)
私は、もう一度弓矢を構えた。
先程よりも威力を高めて、狙いを定めれば魔物の脳天に突き刺さった。しかし、それもすぐに修復されていき、やがてまた魔物の攻撃が始まった。今度は、地面に向かって触手を伸ばすと、そのまま地中に潜って行く。
どこから来るか分からない攻撃に、身構えていた騎士達を魔物の触手が襲う。そして、その魔物は地中から勢いよく飛び出しき、騎士達に襲い掛かる。
魔物の触手は騎士達を絡め取り、その鎧をも溶かしていき、騎士達を次々と飲み込んでいった。
まるで、地獄絵図だ。
私は、目の前で起こっている光景に耐え切れず、私は足から崩れ落ちた。幸い、魔物とは距離があり私を魔物が見ている感じではなかった。
助けなけなきゃ、でもどうやって。
そんな言葉ばかりが頭を巡って何も出来ずにいた。私は聖女で力があって、助けなければいけないのに。私の光魔法では、この魔物を倒すことは出来ないし、かといってこの魔物の弱点が分かるわけでもない。
リースはそんな魔物に、休む暇なく斬りかかっている。勿論、ダメージを与えられている感じはない。だけど、先陣を切って飛び込んで、自分の命よりも部下の命を大切にしているようで、それが彼の強さなのかもしれなかった。
私はそんな彼を見て、涙を堪えて立ち上がると、矢を放った。だが、やはりそれは吸収されてしまう。
「いやだ、死にたくない」
「あんな、怪物勝てるわけがないだろう……」
騎士達の口から弱音がぽつりぽつりと零れていく。それがまた、この場の空気をより一層重くしていく。そんな中で、私はただ立ち尽くしていた。
私だって死にたくないよ。
こんなところで死ぬなんて絶対に嫌だ。
でも、どうすればいいの?
(これが、乙女ゲームなんて信じられない。だって、だって、人が死んで――)
コレは現実なんだと痛いぐらいに実感する。
もう、こんなん愛の力でどうにかなるとかそういう次元じゃないと。ヒロインストーリーでは、こんなのなかったはずなのに、エトワールストーリーではこんなにも過酷なのかと。
確かに、エトワールストーリーは死が隣り合わせではあった。けれど、こんなにも過酷だなんて思わないじゃないか。
震える足、力の入らない手。逃げ出したい気持ちで一杯だった。
「聖女様、危ないッ!」
「え?」
ルーメンさんの声が聞え、咄嗟に振返ると、彼は慌てた様子でこちらに走ってきていた。血相を変えて。如何したのだろうと思う暇もなく魔物の触手が地中から現れ、私目掛けて伸びてきた。
(待って、避けられな――)
「エトワールッ!」
そう、聞き覚えのある声が、痛いぐらいに耳に響いたときには、目の前は金色と赤色の花が舞っていた。
「……ッ!」
リースに抱きしめられ、攻撃を防げたのだと知ったのは、私が彼に抱き留められたまま地面へと倒れ込んだ時だった。
ドスンと大きな音を立てて、背中に衝撃を感じる。痛みが走るものの、魔物の攻撃は何とか避けられた。しかし、私の上に乗っている重圧が動くことはなかった。
「リース……?」
「……っ」
両手に生暖かいものを感じ、私は自分でも分かるぐらいに顔から血の気が引いているのを感じた。きっと真っ青だったと思う。
「え、いや、え……」
私は恐る恐る視線を自分の手に向ければ、そこには赤黒い液体がべっとりとくっついていた。
何これ、血?
(嘘でしょ!?)
慌てて体を起こそうとするが、身動きが取れず、私はリースに声を掛ける。
彼は私の上でぐったりとしていた。まるで人形のように。
呼吸をしているのかどうかさえ分からないほどに。彼の口元に手を当ててみると、微かに息はしているようで、一瞬安心したが、動かなくなった彼に私は震えるばかりで、口が動かなかった。
「うそ……、やだ……」
私なんか庇ったせいでリースが! そう思っていると、無情にもヴン……と音を立てて、私の目の前に見慣れたウィンドウが現われた。
【予期せぬクエストが発生! 攻略キャラ、リース・グリューエンの命の危機! 回復魔法で助けよう! 報酬:リースの命】
「……はっ」
私は、迷うことなくイエスのボタンに指を伸ばした。