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────数日後、アベルたちを残して、ヒルデガルドはイーリス、アーネストを連れてイルフォードへ帰った。ぎりぎりになるまで首都には近づかない。相手が計画を進めているのなら、徹底して無視を決め込んで、予定通りに運ばせるつもりだ。
あれこれと騒がしかった日々も、いったんは鳴りを潜める。冒険者の町は、飛空艇の大事件からしばらく経って、何事もなかったような時間が過ぎていた。
「帰って来たね。これからどうするの?」
「何も。特訓を重ねて二か月後を待つしかない」
自宅の前に立ち、見上げてため息をつく。
「……せっかく大枚を叩いて買った家だが、お別れも近いな」
いわば、これから起きようとしてる首都襲撃の防衛で、世間は再び彼女に注目することになる。そのとき、イルフォードに滞在するのは目立つし、騒がしくなれば、イーリスとの落ち着いた暮らしも出来なくなるかもしれない。
新しい拠点を探しておく必要がありそうだ、と、自分の家を焼き払ったのを、ほんの少しだけ後悔させられた。
「そうだね。大賢者の名前、軽くないもん」
「とにかく荷物はまとめておけ。いつでも出られるように」
二人が気楽に構えているのを見て、アーネストは首を捻る。
「……勝てるのに、なんの疑いの余地もないんだな。ヒルデガルド、あなたは昔からそうだったが、なぜそんなにいつも自信に溢れてるんだ?」
彼女は意味が分からない、と眉間にしわを寄せて。
「最初から負けるつもりで戦いに臨むほうが変だろう」
「それはそうだが……。あなたは絶対に勝てると思うのか?」
「もちろん。純粋な実力に関して言えば彼は強いが」
ニヤッとして、自信の宿った瞳で彼女はハッキリ答えた。
「私も負けちゃいない。私と共に戦ってくれる仲間もいる。だから最後まで私は立ちあがれる。この身が塵となって消える、その瞬間まで」
そう言われては、アーネストも言葉がない。照れくさそうに、共に戦場に立てることを内心に嬉しがった。
「あ……ではヒルデガルド、ひとつ構わないか」
「うん? なんでも言ってみたまえ」
「ありがとう。実は、これから遠征に行く予定があってな」
アーネストは騎士団を率いる、純粋な人間としては最強の男だ。仲間を率いて、報告のあった危険な魔物の出没情報を確かめ、討伐するのが彼の仕事でもある。冒険者だけに頼っているわけにもいかず、五年前の戦争から彼は各地で戦果を挙げてきた。
今回も、ロード級の魔物が複数目撃されている地域に足を運ぶ予定になっており、彼は「あなたの私物をひとつ、貸してくれないか」と、お守り代わりに持ち歩きたいと伝えた。飛空艇のこともあって、いつ会えなくなるかと不安だった。
「俺がもっと強ければ、こんな悩みもなかったんだが」
「はは、だが、少しずつ強くなってるじゃないか」
完璧とは程遠いとしても、彼も少ない魔力を徐々に操れるようになってきた。その成長の速さは、ヒルデガルドも驚くほどだ。
「しかし、まあ、君が欲しいというのなら良いものがある。ちょうど、イーリスに持たせようと思っていたものなんだが、それでも構わないなら」
懐から取り出したのは、淡い紫の輝きを放つ綺麗な丸い魔水晶の首飾りだ。
「私の魔力を込めてある。君に命の危険が迫ったときに必ず助けになってくれるはずだ。どんなに強い魔物の一撃だろうが、一度は確実に防いでくれるようになってる。勝てる相手かどうかをこれで見極められるだろう?」
きらきら輝く首飾りを握り締めて、嬉しそうに彼は頷いた。
「ああ、助かるよ。これで何の心配もなく行ける。……せっかく一緒に帰ってきたばかりだが、もう首都へ戻らないと。冒険者ギルドで今回の事件の報告書が出来ている頃だろうから、寄ってから首都に向かうことにする」
「魔力を操る訓練も忘れずにな」
ヒルデガルドにぽんと肩を叩かれて、彼は力強く「もちろんだ」と返す。モノにできれば、クレイグやティオネのように、右に並ぶ者のいない身体強化になるだろうと期待は大きかった。新たな英雄となれる可能性さえ秘めているのだ。
「なんだか、色々ありすぎて疲れちゃったね」
アーネストと別れて、自宅に戻り、がらんとした空気の冷たいリビングを見て、イーリスは暗い表情で無理やりに笑った。
「全部が上手くいっていれば、今頃はここでゆっくりクレイグたちを誘って、食事でもしていたかもしれないな。だが、過ぎてしまったことを泣いても仕方ない。そう誤魔化しながら、前に進もう。私たちにはまだやるべきこともある」
後悔は全てが終わってからでいい。まだ何もかも始まったばかりだ。ヒルデガルドは、気丈に振舞って、ふと壁に飾ってあった鏡に映った紅い髪の自分を見て、弱々しい笑みがでた。どれだけ姿を変えてみても、自分は変わらないものだ、と。
「ああ、それからイーリス。私は少し出かけてくるよ」
「どこ行くの? ボクに手伝えることなら付き合うけど」
「一人で大丈夫だ。すぐに戻ってくるから」
留守を任せて、ヒルデガルドはまた家を出た。ふらふらと歩いて道に立ち、指をぱちんと鳴らす。目立たない白い煙がふわふわと漂い、どこかへ伸びていく。彼女が辿っていった先には、一軒の家があった。小さくて目立たない、イルフォードの片隅。その家の扉を叩こうと手を伸ばして、ごくりと息を呑む。
「……柄にもなく緊張するな」
意を決して数度叩き、大きな声で名乗った。
「ヒルデガルド・ベルリオーズという者ですが、エルマさんはご在宅でしょうか。話したいことがあります、お時間を頂けませんか」
呼びかけてみると、「はーい」と元気で明るい女性の声が返ってくる。どたどたと足音がして、玄関の扉が開かれた。
「ごめんなさい、忙しくて。ヒルデガルドさんだったかしら? 立ち話もなんだから、入って。コーヒーくらいなら、すぐにいれてあげるわ」