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「ごめんなさい。あまりにも綺麗なお嬢様なものだから圧倒されてしまって……。私、ワンダといいます」
「こちらこそ、突然の訪問で驚かせてしまいました。あっ! どうぞそのまま……楽になさっていて下さい」
ワンダさんが座っていた椅子から立ち上がり、私に頭を下げようとしたので制止する。調査目的とはいえ、ほぼプライベートで来たようなものなので、あまり気を使って欲しくなかった。
「あの、お嬢様……先ほどお名前をジェムラートと仰っておられましたが、もしかして王太子殿下とご婚約をされた公爵家の……」
「はい。ジェムラート家の次女、クレハです」
「ああっ……やっぱり!! 光り輝く銀色の髪に青い瞳……アルティナ様と同じ!! 公爵家の2番目のお嬢様はアルティナ様と瓜二つだと聞き及んではいましたが……。あの方のお孫様にお会いできるなんて、今日はなんて素晴らしい日なんでしょう」
レオンと婚約したことで、私の名前と容姿についての情報が市井の方にまで広まってきているとは聞いた。今まで自宅に篭りがちだった頃とは違う。王太子殿下の婚約者として……今後は私の一挙手一投足がより注目されるようになる。
レオンや彼の側近たちは、私らしくしていればいいと口を揃えて言ってくれるけど、その言葉に甘えてばかりはいられない。外部から受ける評価も意識して……レオンの婚約者だと自信を持って宣言できるようになる。それくらいしなければ、フィオナ姉様に認めて貰うなんて夢のまた夢だ。
「本当にアルティナ様のお若い頃にそっくりでいらっしゃいます。数十年ほど前に一度だけ……あの方のお顔を直接拝見したことがあるのですよ。その時の光景を今でも鮮明に思い出せます。アルティナ様は清楚な青色のお召し物を纏っておられました。御髪を高く結い上げていらっしゃって……美しく凛とした佇まいがそれはもう素敵で……」
私が物心つく前に祖母は亡くなっていた。家族からも時々ではあるけど、生前のお話を聞かせて貰ってはいた。それでも身内以外から語られる祖母の話は、微妙に違った印象を受けるので興味深かった。
ワンダさんは祖母のことをとても慕ってくれていたようで、思い出話が次々と堰を切ったように溢れ出していく。ゆっくりとその話に耳を傾けたいところではあるけど、生憎私たちにはやるべき事があるのだ。
「ワンダさん……クレハ様はあなたに尋ねたいことがあるのです。アルティナ様のお話も気になりますが、まずはクレハ様のご要望に応えては頂けないでしょうか?」
レナードさんがやんわりとワンダさんの祖母語りを中断させた。正直助かった。祖母の昔話も聞きたいけど、事件の調査が先である。今後も聖堂に来る機会はあるだろう。祖母の事を聞くのはその時でも遅くはない。
「あら、やだ。私ったら、つい……興奮してしまって。申し訳ありません」
「もうー、ワンダさんったら……気持ちは分かりますけどね。私もクレハ様に初めてお会いした時は感動しましたもの……」
レナードさんに続いてフェリスさんも間に入ってくれたので、ワンダさんの高ぶった感情は落ち着いたようだ。まさかここで祖母の話を聞くことになるとは思わなかった。でも、いきなり現れた私に対して迷惑な顔もせず、好意的に接して下さるのはとても有り難い。ワンダさんは自分で分かることならと、私の頼みを了承してくれた。
「ワンダさん。さっそくですが、とある女性について教えて頂きたいのです。その方の名前はニコラ・イーストン。ふた月ほど前から聖堂に通っていて、こちらのお店でバングルを購入しているのですが……」
「ああ、その人の事ならよく覚えていますよ。少し前に兵士さんたちからも話を聞かれました。何でも……ある事件に関わっている可能性があり、現在は行方不明になっているとかで……」
「はい。実は……そのニコラさんはうちの使用人なのです。事情も分からず突然失踪してしまい困っています。今一度……彼女がバングルを買った当時の様子について、詳しく聞かせて貰えないでしょうか」
同じ話を何度もさせるのは申し訳ないが、当事者の生の声をどうしても聞きたかった。それに、聖堂に通っている子供たちの情報も得られるかもという期待もある。
「まあ、そうだったのですか。それは心配な事でしょう。でも、ひとりの使用人のためにお嬢様が自らお調べになられているのですか?」
「えーと……それは……」
ワンダさんの問い掛けにどきりとした。いくら自分の家の使用人だからといって、私のような子供が率先して調査に首を突っ込んでいるのは不思議に思われても仕方がない。
「クレハ様は、使用人ひとりひとりを大切に思っておられますから。私たち護衛もとても良くして頂いております。慈悲深い方なのです」
「そう。姫さんは優しいからね。行方不明だなんて放っておけるわけがないよ。聖堂に来たのだって、その侍女が無事に見つかるようにってお祈りするためなんだから」
「私に出来ることなど僅かなことです。でも、じっとしていられなくて……」
レナードさんとルイスさんがすかさずフォローしてくれた。あまり周囲の人間に警戒されたくない。私がここに来た表面上の理由はあくまでお祈りなのである。
「お仕えしているお家のお嬢様にここまで思って頂けるなんて……ジェムラート家の使用人は幸せですね」
ワンダさんは感動したと涙ぐんでいた。心配しているのは嘘ではないけど、100パーセント純粋な気持ちではないので、少し後ろめたくなってしまった。