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「ワンダさん。ニコラさんがバングルを購入する際、何か気付いたことや不思議に感じたことはありませんでしたか?」
「そうですね……不思議というほどではないですが、ニコラさんは商品を見る前から自分の欲しい物がはっきりしていました。いえね…….うちの店は品数の多さが自慢なんですけど、大抵のお客さんは目移りしてしまってなかなか決まらないのですよ」
「俺らがボスと姫さんのプレゼント選んだ時もそうだったよね。どれにしようか迷って結構時間かかった」
「でも悩んだ甲斐あって満足いくものが買えて良かったよね。殿下もクレハ様も喜んで下さったもの」
「はい。バングルもアンクレットも……どちらもとっても気に入っています。特にバングルはレオンとお揃いなのが嬉しかったです」
「えっ!? うちの商品をお嬢様だけでなく、王太子殿下も身に付けていらっしゃるのですか」
私とクラヴェル兄弟が何気なく口にした言葉はワンダさんを動揺させてしまう。彼女のお店で扱っている商品は品質も良く、デザインも素敵だ。レオンが身に付けても問題ないとクラヴェル兄弟は判断したのだ。それでもやはり『王太子殿下』の名前が出てしまうと、こういう反応をされてしまうのは宿命というか……致し方ないことだよなぁ。
「そうだよ。うちのボスは姫さんが大好きだからさ。お揃いだって聞いた時はちょっとはしゃいでた」
「ワンダさんのお店の商品は上質な物が多く、殿下に献上しても何も問題ありませんでしたよ。そもそもうちの主はそのような事をあまり気にする方ではないので……それよりもクレハ様とお揃いであるのを重要視しておられましたから」
ワンダさんはクラヴェル兄弟の話を聞いてもなお、恐縮しきっていた。気持ちはとてもよく分かるけど、また話が変な方向に向かっていきそうだ。早急にニコラさんの話に戻そう。
「えーと……つまり、ニコラさんは買いたい物が決まっている状態でワンダさんの元を訪れたのですね」
「ええ、そうだと思います。意匠や使用されている宝石類も細かく指定されました。でも残念ながら彼女の希望に添うことはできませんで……それで仕方なく似たデザインの物をお買い求めになられたんです。実物をご覧になりますか?」
「同じ物があるんですか。是非、お願いします」
ワンダさんは椅子から立ち上がると、陳列台の下から商品をひとつ持ってきてくれた。私はそれを受け取り、じっくりと観察させて貰う。
小さな宝石があしらわれた銀色のバングル……ルーイ様がシエルレクト様から受け取ったバングルと似ている。でもこうやって近くで見ると、ふたつのバングルが全く違うものだというのがはっきりと分かった。
「それほど拘りがあるのなら、うちのような露天ではなく、専門のお店で一からお作りになった方が良いのではと提案したのですけどね。そんな時間は無いと一喝されてしまいました。かなりお急ぎだったようですよ」
「ぱっと見は似ていますが、結構違いがありますね。身近で一緒に仕事をしていたニコラさんの同僚たちが、バングルの変化に気づいたのもなんら不思議ではありません」
「母親の形見のバングルと意図的に似た物を購入したのは確定のようですね。あの形見のバングルがグレッグの元へと渡った経緯の詳細もこれから明らかになるといいのですが……」
酒場の亭主が何か知らないだろうか。彼はグレッグと依頼人を繋ぐ仲介役のようなことをしていたと聞いている。もしニコラさんが本当にグレッグと取り引きをしていたのなら、亭主の記憶に残っているかもしれない。そして……取り引きが行われた前提で考えると、ニコラさんがどうやってグレッグの情報を得たのか……やはりここがかなり重要なポイントになる。
あの酒場を拠点にしてグレッグが商売をしていたのは精々数ヶ月間。ある程度噂が広まってきていたとしても、ニコラさんが偶然それを知る機会があったのかというと可能性は低い。
そうなるとだ……ルーイ様が仰るように黒幕的な第三者がいて、ニコラさんに情報提供したという仮説が真実味を帯びてくる。ニコラさんを巧みに誘導し、私の命を奪おうと画策している人物。そんなものが本当にいたのかどうか……私はその痕跡を見つけるためにここへ来たのだ。
「ところで、ワンダさんはこちらにお店を出されるようになってからもう長いのですか?」
「はい。今年で12年目になります。冬の間は寒さと雪の影響を受けますのでお休みしていますけどね」
「実は私、今日初めてリアン大聖堂に来たのです。大きくて迫力のある建物に圧倒されました。人もたくさんいて賑やかで……聖堂の敷地内に市場のようなスペースがあるのも驚きました」
「ここは首都で最も大きな教会ですからね。毎日たくさんの信徒が行き来しています。観光客だってそれなりにいるんですよ。私どもの出店もその恩恵を受けておりまして……大変繁盛させて頂いております」
「この国の民は皆、女神メーアレクトを信仰しているからね。王家との繋がりも強く、国の象徴ともいえる存在だ。人の多さは当然の成り行きって感じだね」
「周囲を見渡してみますと、私と同じくらいの子供も大勢いるのですね。彼らもお祈りに来たのでしょうか」
「ええ、家族揃っていらっしゃる方もおりますからね。でもこの辺りに子供が多いのは、聖堂の近くに児童養護施設があるからです。もちろん町の子供たちもいますが……」
ワンダさんに聖堂にいる子供たちの話を教えて貰った。大まかな内容は事前にフェリスさんから聞いていたものと大差なかった。子供たちの中には聖堂内で簡単な手伝いをして小遣いを貰っている者がいるという話も事実のようだ。
「うちのお店も時々手伝って貰ってるんですよ。実は今日もこれから約束をしていて……あっ、丁度来たわ」
ワンダさんが視線を向けた方へ私たちは注目した。ひとりの少年がこちらへ小走りで向かってきている。
「クレハ様、ちょっとよろしいでしょうか」
フェリスさんが私へこっそりと耳打ちをする。その内容は――――
「おいおい……ワンダさんの店がなんか凄そうな人たちに囲まれてるんだけど、なんだこれ?」
「テレンス、挨拶をして。この方たちは私の大切なお客様なのよ」
ワンダさんが『テレンス』と呼んだ少年。歳は私より少し上くらいだろうか。明るくて活発そうな子だ。
さっきフェリスさんが私に伝えてくれた内容は、この少年に関することだった。
「服装のせいで気づかなかった。フェリスさんじゃん。何してんの?」
「やあ、テレンス。こんにちは」
このテレンスという少年……彼が、フェリスさんにバルカム司祭の噂を教えたという子供のひとりだという。