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エウロパとイオは笑っていた。その様子を見つめる三人がいる。ガニメデ、トリトン、ハウメアだ。彼らは訓練場を囲む観客席のベンチに腰を下ろしていた。
「アイツら、あんなに仲良かったか?」
ガニメデは訝しげに目を細める。
「んーん、さあ。でも美しいですね。友情というものでしょうか」
トリトンは、ガニメデのぼやきに淡々と応じた。
「はっ、何が友情だか。これから死ににいくかもしれねえってのに」
「まあ、あなたのその粗末な脳ミソでは、いくら考えたところで理解できないでしょうね」
トリトンは青いロングヘアをかき上げ、芝居がかった仕草で言う。
「ああ? カマもやしが。ぶっ殺してやるからな」
「あははは。んーん、散々私にこっぴどくやられたのに、よく吠えますね。滑稽です」
「クソが、まだ本調子じゃねえんだよ!」
「はいはい、そこまでにしといて。二人とも彼女らを見習うことだね」
ハウメアが割って入り、静止する。
「ハウメア、なぜこんな野蛮な猿と戦わせたのですか? 私はあなたと戦いたかった」
トリトンの瞳が妖しく光る。
「言っただろう、これが最適解だ。あと、君は私と何度戦えば済むんだ。その度にやられているだろう? 戦闘馬鹿になっているのも分かるが、たまには違う相手と手合わせするといい。演算結果でも、今回の戦いは成長曲線に良い数値が出ている。それに君だって、ガニメデの右フック、かなり効いていたじゃないか」
「……んーん、まあ確かに、あれは本気を出すしかありませんでしたね。ただ、同じ手は食らいませんが」
「あ? そうかよ。もう一発食らっとくか? 俺は本気じゃなかったからな。次はそのウザってえ髪ごと氷漬けにしてやるよ」
「いくら吠えようが、叩きのめしても、その筋肉脳ではシワが足りなさすぎて覚えられませんか?」
「あ? 誰がシワだと!」
(ガニメデとトリトン、罵り合い中)
ハウメアは深いため息をつき、こめかみを押さえる。仲裁に入ったはずなのに、状況はさらに悪化していた。戦略を得意とする彼でさえ、この二人の衝突は制御不能だった。
「…………」
「騒がしいな」
治療を終えたエウロパとイオが観覧席へ戻ってくる。
「とりあえず一回戦は今日で終わりだ。明日は二回戦。トリトンとイオはしっかり備えろ」
「ああ、相手はトリトンだからな」
「んーん、イオとは久々ですねえ」
トリトンはどこか楽しげだ。
「相変わらずお前は、ガニメデとは違う気持ち悪さがあるな」
「あんな野蛮なものと一緒にしないでください。私は純粋に戦闘を楽しんでいるだけです」
「はっ、そうかい」
イオは手をひらひらと振り、颯爽と居住区へ向かって歩き去った。
◇
特殊部隊、警備部隊、研究員、各関係者が働く巨大複合施設。居住区や商業施設、インフラまで完備された、ひとつの都市のような場所だ。
他の四人も、それぞれ自室へと戻っていった。
だが一人だけ、居住区とは逆方向へ足を向ける者がいた。
――ガニメデである。
敗北の鬱憤を晴らすように、彼は歓楽街へ向かった。ホログラムの看板が乱立し、まるで新宿歌舞伎町のような煌びやかさが広がる街。欲望が霧のように漂い、人々はそれに絡め取られている。
ガニメデが入ったのは、仮想擬似体験ができる店だった。
受付のAIロボットと事務的なやり取りを済ませ、部屋を選ぶ。
「ベッドが広い部屋で……」
相手のキャラクターメイク、性格設定、外見の微調整を終えて、指定した部屋へと赴く。
「これだよ、これ」
ドアを開けた先にいたのは――メイド服姿のイオ。
もちろん本物ではない。精巧に造られたアンドロイドだ。だが瓜二つだった。違いは、誇張された身体の曲線だけ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
無機質な声。
ガニメデは満足げに笑う。
彼は衝動のままに触れ、人工皮膚の感触を確かめる。アンドロイドはプログラム通りの反応を返す。現実のイオが決して見せない表情と声音。
やがて彼はベッドに倒れ込み、欲望を満たす。ベッドはギシギシと激しく揺れている。
――夜は、彼の妄想のためにあった。
一仕事終えたかのように煙草をくわえ、天井を見つめる。
(任務に期限はなかったな……)
思考が歪んでいく。
(俺一人で先に手柄を立てればいい。どうせ一回戦で負けたんだ。先に行って成果を持ち帰れば、あいつらより上だ。イオだって俺を見直す。そうだ……きっと惚れるに決まってる)
彼は、イオが自分を心底嫌っていることに気づいていない。拒絶を、歪んだコミュニケーションだと誤認している。
妄想は甘美な夢へと変わる。
隣で横たわるイオそっくりのアンドロイド。その頭部を、彼は衝動的に鷲掴みにする。
――バキンッ。
金属が砕ける鈍い音。
「クク……かははは……俺の時代が来るな、こりゃ」
砕けた頭部を無造作に部屋の隅へ放り投げる。
「そうと決まれば、ラボだ」
ガニメデは反重力駆動衣《Gスーツ》を着用し、夜の街へと飛び出していった。
その背中には、焦燥と妄執だけが張り付いていた。