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――苦しい。
また、水の中に潜っている感覚だった。この間……というよりも、数時間前の感覚。リースの偽物におぼれさせられたあの感覚が今もした。また、あの肉塊の中に入っているんじゃないかって思うくらい、体が重くて動けなかった。つらい、苦しいのに言葉にして叫べない恐怖に体が冷えていく。それが何よりも怖かった。このまま、見つけられずに死んでしまうんじゃないかって思うのが一番怖くて……
(でも、少しずつ思い出してくれているんだから、怖がる必要もない……から)
リースは少しずつだったけれど、私のことを思い出してくれた。それが嬉しくて、でも決定打に欠けるからまだ私はリースにすべてを打ち明けることができない。できたとしても、ERROR表示が出て、苦しむだけだった。光魔法と闇魔法の混在による反発の先にある共鳴がERROR表示の先にあるとは思えない。ERROR表示は、この世の理のようなものに近いから、きっと私たちじゃ打ち破れないものなんだろう。
だからこそ、本当に自力で思い出してもらうしかないのだ。それができない、どうすれば思い出してもらえるか。それを考えながら発言するのだが、やはり足りていない。
(でも、嫌だって言ってくれた。わかってるよ。リースは……遥輝が優しいことくらい)
エトワール・ヴィアラッテアを大切にしているのだって、自分が大切だって婚約者だからなんだろう。そうじゃなくても、あの人は根本的にやさしいから。きっと彼女のことを捨てられずにいる。でも、悪事を知ったらきっと……
そろそろ目を覚まさなくちゃ、となんとなく思った。苦しくて、見えなくて、真っ暗だけど、なんとなく今は起き上がれるような気がしたのだ。また一人で突っ走ったってアルベドに怒られそうだから、そろそろ起きないと。
そう思って目を開こうとすれば、上からなにかがふってきた。それは温かいような、さみしい言葉だった。
「ステラは、早く取り戻したいんだよね。前の世界を、皇太子殿下も。俺もだよ。そして、また君と笑いあいたいって思ってるんだよ。だから、苦しまないで。俺たちが何とかするから。泣かないで」
「……」
(……ラヴァインの声?)
すぐに目を覚まそうと思ったけれど、瞼が重くて開けられなかった。ラヴァインの声がするのにそれにこたえられないもどかしさというか、苦痛はあって、まるで水の中でしゃべりかけているみたいな感覚だ。
どんな顔をしているのか、でもなんとなくそのさみしそうな声は今すぐ抱きしめてあげなきゃいけない気がした。ラヴァインは笑顔を取り繕っているけれど、さみしがり屋で、認めてほしいっていう子供なんだから。
でも、やっぱり目が開かなかった。耳にはしっかり入っていて、まるで盗み聞きをしているような感覚に申し訳なさが膨らんでいく。
(うう、ごめんね、ラヴァイン……!あとで、ごめんっていうから!)
すすり泣くような声で言うから、本当に抱きしめてあげなければと思ってしまう。庇護欲というか、弟に抱くような感情。それは、トワイライトに向けている感情と似たもので、弟がいたらきっとそうしていただろうなと、想像は難しくなかった。
(苦しまないで、泣かないで……か)
何とかすると言ってくれるのはうれしかった。でも、私にしかできないことだってあるし、綿際にしかできないことがちょっと多いだけ。十分手伝ってもらっているし、これ以上迷惑はかけたくなかった。どうせ、迷惑じゃないよって言ってくれるんだろうけれど、私がそう思ってしまうから仕方ない。
もっと頼りたいっていう思いと、もう十分頼っているという思いがぶつかる。
そうして一人閉じこもって、頼っちゃダメという結論に至るんだと思う。
ラヴァインは、俺が、じゃなくて、俺たちが、といった。それがなんとなくだけど、いや確信をもって嬉しかった。彼も彼で頼るようになったところ、少しずつ素直になっていって、つけた仮面を外していっているところがとてもうれしかった。だって、その”たち”っていうのは、きっとアルベドが含まれているから。
彼らの中にあったわだかまりが、溝が少しでもなくなっていけばいいと思っていたから、それは進歩だと思った。それと同時に、私がそれを引き裂くんじゃないかという不安にも駆られる。
そんなことを思っていると、私の目の前が暗くなる。まるで、上に何かが乗っているような感覚。彼が下を向いたせいで、目に入っていた光が遮られたのだろう。どうしたのかな? と思っていると、だんだん彼が近づいてくる感覚がして、変な汗が出てきた。まさか、え、そんな!? と、バカみたいな妄想が膨らんでいって、でも、こいつならしかねない! と、失礼なことを思ってしまい心臓がはねる。
でも、それはだめ! と、私はぎゅっと目を閉じているのに閉じてしまった。開かなきゃ! じゃなくて、こういう時反射的に目を閉じてしまうのだ。
「キスしたら、起きる……なんて、そんなおとぎ話みたいだよね」
「…………ラヴィ?」
あと一歩のところで触れる! と思っていると、はじかれたように現実に意識が戻ってきた。まるでそれまでは、体から意識や魂が切り離されていたような感覚で、ようやく体に戻ってきたという感じだった。案の定、彼はキスをしようとしていた。少し驚いたような、でも残念そうな顔をして……耳を赤く染めて、私を見ては笑った。その笑顔は取り繕ったものであったが、どんな感情をごまかすためのものかまではわからなかった。
ラヴァインは私を見て微笑めば、逆光で少し暗くなった彼の顔に影が差す。
「おめざめかな、お姫様」
「……お、おはよう――って、お姫様じゃないから!」
彼はからかうように再度笑うと、私の頭を撫でた。彼の腕の中で眠っていたんだとようやくわかり、彼から離れようとすれば抱きしめられる。後ろが噴水だったこともあり、落ちたらドボンって濡れてしまうかもしれないと思って抵抗するのはやめた。いつの間に移動したのか覚えていない。そして、彼が施してくれた魔法の通り、私の髪は漆黒に染まっていた。
(ばれないように運んでくれたってことよね……)
記憶がない。
倒れてしまった後の記憶が全くなかった。でも、もどかしさや、水の中におぼれるような感覚があって、とにかく気持ち悪かった。なんであんなふうになっていたのか、疲れていたせいなのか、それすらもわからない。最近疲れているのはその通りだけれど、ただの疲れじゃない気がしたのだ。
ただ、今はそんなことよりも、この男をどうにかしなければと思った。
「あはは、俺にとってはお姫様だよ。かわいい、かわいいお姫様」
「か、かわいくないし……でも、まあ、お世辞でもありがとう」
「嘘って思われちゃってるかあ……」
「お世辞って言ったの!嘘とまではいってない」
「おなじだよ、そんなの」
と、ぷくっと顔を膨らませるもんだからかわいかった。アンタのほうがかわいいよって言ったらなんか仕返しを食らいそうで私は言うのをやめた。でも、お世辞にしろ、嘘にしろかわいいと言われて嫌な気持ちはしないだろう。自分がかっこいいを売りにしていたりしない限りは。
「ありがとう、連れ出してくれたんでしょ」
「ん?ああ、そうだね。連れ出したか……なんだか、懐かしいかも」
「懐かしいって、アンタねえ……」
私には何のことを言っているのかさっぱりだったが、彼はくすりと笑って、私の頬を撫でる。もちもちと感触を楽しむように撫でた後、目を細めてつぶやくように言った。
「俺は、君を何度でも連れ出すよ。連れ出すために攫うから」