第3話 「踏み出せ一歩!」
「俺たち――付き合わないか」
カフェの一角で、昨晩から今朝までのことを確認していた夏実と京輔。
向かい合った京輔の顔は、あまりに真剣で。
(ま、さか……)
少し遅れて意味を理解した夏実は、一瞬舞い上がりそうになった。
――だが。
「責任を、取りたい」
滅多に見ない真剣な眼差しに、夏実は息を呑(の)むと同時に――舞い上がっていた気持ちが消えた。
誠意が伝わってきたのは事実だが――
(それって……仕方ないから付き合おう、ってことだよね)
自分が導き出した答えで、夏実は自らの胸を抉(えぐ)る。
夏実が一体何を思って話を聞いているのか――当然京輔はそんなこと知るはずもなく、話を続ける。
「……正直シたのかシてないのかわかんないけど。もし、俺たちが覚えてないだけで色々シてたんだとしたらっ……このままなかったことにするわけにはいかないだろ」
「!」
小説、マンガ、ドラマくらいの知識しかない「色々」が、夏実の頭を駆け巡る。
(あんなことやこんなことやそんなこと……! シてたとしたらめちゃくちゃ恥ずかしい……しにたい……でも覚えてないほうがもっとサイアク……!)
「……」
顔を真っ赤にして俯いた夏実を、京輔はじっと見つめている。
その口の端が、愛おしそうに 綻(ほころ)んでいることに、夏実は気づきようがなかった。
京輔は続ける。
「シたかシてないか覚えてないのにこんなこと言うも……よくないってのはわかってるけどさ。すげー、大事なことなのに――だから、責任を取りたいんだよ。桜木、俺たち付き合わないか」
「……」
言われて、改めて言葉の意味を考える。
身体の関係を持った――かもしれない。
そのまま放っておけないから、付き合う。
道理としては理解できる。
ずっと篠塚を想っていた夏実からすれば、チャンスでもあるはずなのだが。
(でも……今まで篠塚と付き合ってきた女の子と同じになっちゃうってことだよね……)
出会ってから今まで、ずっと友人の立場を保ってきた夏実。
京輔はそれなりにモテるため、とっかえひっかえ――とまではいかないが、付き合った女の子の数は多い。
ただ、あまり長続きしていない。
そんな様子をずっと見ていたら――自分もそのうち、離れることになるんだろうなと考えてしまうのも、仕方がないだろう。
(……だから、告白だけは絶対しないって思ってたんだけどな……まぁそもそも眼中にないもんね)
「……」
ふと京輔と視線が合う。
いじられて笑ってるかふざけて怒ってることが多い京輔の表情が、切なげに歪んでいる。
本心まではわからなくても――少なくとも、真剣に夏実のことを考えてくれていることは、わかった。
(……そういうところ、やっぱり好き)
そう思ってしまったら。
夏実の答えは決まった。
「篠塚が、そう言うなら……」
思ったより、弱い声だ。
やっぱり、迷いが出ているのだろう。
それでも、引き下がる気はなかった。
「いいよ。付き合う」
「お、おう! それじゃこれから……よろしく」
「うん」
明るい声にも、夏実はか細い声で頷くしかできない。
「……」
笑っていた京輔の表情が少し曇る。
(……ほんとは、断ってほしかったのかな。だとしたら、悪いことしたかも)
そう思うと、胸が締め付けられる。
だが。
(どうせこんなことになったんなら……少しでも、篠塚の彼女気分……味わってみたいから)
こうして――夏実と京輔は付き合うことになる。
(無茶言うなっていうのはわかってるけど……でも、どうせなら……笑顔でOKしてほしかったな……)
互いが互いに、片思いをしていることなど知らずに。
「――で、付き合いだしたのが二週間前だっけ?」
「……うん」
時は流れ――場所は、夏実たちが通う大学の食堂。
大勢の学生で賑わう中、冷めた視線の史花を前に夏実は気まずそうに視線をそらした。
「……なんか、今までと何も変わってないように見えるんだけれど?」
「……ハイ」
「一緒に帰ったりは?」
「取ってる授業違うから……わざわざ待たせるのも悪いし、待ってようとすると悪いからって止められる」
「……休みの日は?」
「篠塚はバイト、私はバスケ」
「……」
史花には、事情を説明してある。
なので、付き合いだした経緯もすべて知っているわけだが。
「じゃあせめて、手を繋いだりは?」
「は!? できるわけない!」
「なんでよ?」
「向こうは責任感で付き合ってるだけなのに、こっちからそんなことできるわけない!」
「今はその気がなくても、これからはどうかわからないでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「……あんまり遠慮してると、ほんとにすぐ別れるんじゃない?」
「!」
「しかも篠塚くんが付き合った中で一番早く、さらに何もないまま」
「!!」
「責任感からでも付き合ってるんだから、ちょっとくらいそれらしいことしてもいいんじゃないの?」
史花の言っていることは正しい。
「……わかった。やってみる」
「ついに重い腰を上げたわね。だったらやっぱり、こういう形でも付き合えてよかったのかもね」
「ひ、人の気も知らないで……!」
言いながら夏実はスマホを取り出し、京輔にメッセージを送った。
『まだ学校いる? いるなら一緒に帰ろう』
次回へつづく。
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