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すると破塚は「俺も紫檀に頼みがある」と言った。破塚が持ち込むことならばきっと厄介ごとだろう。しかし、私はその「頼みごと」に向き合わなければならない。こちらからのみ頼むことはできない、どんな面倒ごとでも受け入れなければならない…………そんなふうに破塚は私の弱みをついてきているはずだ。また、破塚は私が何を頼むか、西原と話をしているなら分かっているはずだ。そして、その頼まれることは彼にとってもっとも忌まわしいことのはずだ。ならば、きっとそうまでしても、私の持ち込む厄介ごとを受け入れてでも、私に頼みたいこと、そうでもしないと受け入れてはもらえないことを破塚は抱えている。そんな頼みごとなんて聞きたくはない。だとしても、西原のために私は破塚と対峙しなければならない。約束の放課後が近づいてくる。
破塚は私の頼みごとを受け入れはするはずだ。だが、その対価はなんなのか。
西原は私に「着いて行く」と言ったが、それを断って一人で行くと言った。私は破塚蓮と戦わなければならない。場合によっては、人生をかけて。
破塚蓮は、屋上で学ランを風に翻しながら立っていた。
「紫檀」
夕日に照らされた破塚は、いつもとは違って見えた。男らしくさえ見えた。だが、私の琴線に触れる美を創り出せるほどには、蓮は欄干橋紫檀を知りはしないらしい。残念だ。いや、一番残念なのはここに立っているのが西原ではないことだ。
「蓮、分かっているとは思うが、今度の新入生歓迎会でピエロをやってほしい」
「ピエロ?西原先生には笑いを取れとは言われたけど玉に乗って白塗りにして踊ることまでは頼まれてないけど」
こいつはなんというか、鈍感だ。比喩に疎い。
「そうじゃない。笑いをとってくれと言っているのだ」
破塚は、ああそういうことか、紫檀が言うならやるよ、と笑った。その笑顔を見た途端、血の気が引いた。
「それで、お前の頼みというのは」
屋上には私たちの他誰もいない。夕方、カラスが空を舞い出す時間、私は破塚蓮と何分か向かい合っていた。
「欄干橋紫檀、俺と……」
「俺と、なんだ」
欺瞞に満ちた目で欄干橋紫檀は破塚蓮を見下ろした。まるで、その後に告げることを嘲笑うかのように。だが破塚は引きはしなかった。
「必ず幸せにしよう。付き合ってくれ」
紫檀は長いまつ毛を垂らして、一度深呼吸をした。
「お前は何ができる」
破塚は一瞬間目を見開いたが、いつも通りの笑顔を取り繕って
「じゃあ、貴女はそんなことを頼んでおいて、これ以外に何ができる」
と嘲笑いながら紫檀の肩を抱いた。紫檀はその後一言も発することができなかった。
それは同意以外の意味を持つわけもなかった。
まるで人形にでもされた気分だ。
約束の今週末、破塚と欄干橋は初めて外で会うことになった。欄干橋は桜色に染まった肌を誤魔化そうと試みたが、破塚の目は誤魔化せなかった。
「はは、何照れてんの」
破塚は、多分ずっと、半径1メートル以内にいただろう。だが紫檀は哀愁を抱えた目で、ずっと遠くを見ていた。破塚は偶然を装い欄干橋を抱いた。紫檀は、しばらく虚無な目で破塚を眺めているだけだったが、その腕から流れ込んでくる優しさと体温を感じていた。
「だから言ったろ、幸せにするって」
紫檀は真似して破塚の胴に腕を回した。そして、冷酷な顔に初めて微かに笑みを浮かべた。
「ほら、笑ったほうが可愛いじゃん」
「この状態じゃ見えねえだろ馬鹿」
破塚は強引に欄干橋の顔を覗き見ようとするが上手く避けられた。
「なんで見せてくれないの」
「別にいいだろ」
紫檀はぽつりとつぶやいた。
「破塚蓮、お前が好きだ」
しばらく静かな時間が流れたが、ふたりの心臓の鼓動だけはうるさかった。
それで、いいのか?文庫本を置いて、俺はアイスカフェ・オ・レを飲む欄干橋の華奢な横顔に問いかける。
「破塚はどうだ」
欄干橋は少し寂しそうな表情を取り繕って笑った。
そもそも最後に出てきた お前は誰だ!
敵なのか味方なのか!
次回に続く!