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過激な表現がないことから一応センシティブ設定はしていない作品となっています。これからも過激な表現をすることはないと思います。しかし、恋愛に夢を見ている人におすすめできる作品ではないことを承知しております。センシティブ設定が必要だと感じた方は、私の方または運営さんの方へお伝えください。






それで、いいのか。文庫本を置いて、アイスカフェ・オ・レを飲む欄干橋の華奢な横顔に問いかける。人形のように洗練された仕草を見ていると痛ましく思えてくる。

「破塚は、いい奴なのか」

シャツの上から着ているニットのベストが暖房のせいでいい加減熱くなってきた。欄干橋は真っ白なブラウスに黒いロングスカート。やはり彼女は人形だ。買われ、愛でられ、やがては壊される人形だ。

「破塚くんは、いい人だと思う。少なくとも鮎川くんより。」

俺はため息をついた。

「まあ俺よりは、そうかもしれないな。 でも——」

でも、なによと、手に持っていた漫画を置いて欄干橋が冷たく問いかける。

「でも————でも、俺はいまの欄干橋より、冷血だった頃の本物の欄干橋が好きだ」

欄干橋はアイスカフェ・オ・レを一気に飲み干した。からんころんと氷がガラスの中で音を立てる。

「ねえ、鮎川くん、時間がないの。もう、わたし、行くね。」

俺は知ることになる。欄干橋はアイスカフェ・オ・レよりもブラックコーヒーの方が好きだということを、そして、漫画よりも文庫本が好きだということを。


鮎川はあまり冴えない男だった。でも察知能力だけはあるのかもしれない。

鮎川が私を救ってくれるなんてことはない。助かるための手伝いや後押しはしてくれるかもしれないけれど。ああ、そうだ。全ては私次第なのだ。とはいえ日々積み重なる痛みには慣れてきた。むしろ罵詈雑言を吐かれない日のほうが翌日のことを考えて血の気が引くのだ。私は逆らえない。いくつも弱みは握られている。弱みを握られていたとしても逃げろとは鮎川は言わないはずだ。

もし言ってくれれば、何かが変わるかもしれないのに。


突然あのときの冷たい血液と冷静な思考が体の中を巡り始めた。恋から目が覚めたのだ。とはいえ、逃れる手段もない。破塚にNOと言える日はいつ来るか。ここまで来たのは自分の意思だ。自分の意思には、もう自分で片をつけなければならない。鮎川はそういうことを教えてくれたのだ。

紫檀は、そっと空を見上げた。真っ白な月が昇っている。空気を吸い込んで、それからゆっくり目を閉じて、考えた。自分が置かれている状況からして、やはり破塚に対する恐怖心を本人にぶつけるべきではなかろうか、と。破塚は私のことなんて見てはいない。あいつが見ているのは、美しい女を手にしたじぶんへの肯定的評価と名誉だけだ。あいつはなんの変哲もない、なんの取り柄もない、おろかで、自認欲求に飢え、いつしか全ての生きとし生きる雌を自分の懐に入れることを恥にも思わなくなっていた、存在価値のない人間だ。

自分が醜女か美女かの見分けはつかないけれど、少なくとも私は餓鬼でなく乙女だ。私はあんなやつの人形に相応しくない……としても。

あいつのまぶたの下には、どうしようもない煌めきが宿っている。力と恐怖で手に入れた人形に価値がないことを知らないような無垢で純粋なビードロが、私のことをじっと見つめては離さない。絶望と服従の下に眠っている狂い咲く腐り切った愛が、ふたりのことを絡めては離さない。あのビードロから流れる偽りの涙が、私のことを望むうちは。

欄干橋紫檀は、自分が人形から性奴隷に成り下がっていることには気づくことができなかった。

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