「1度、娘さんも一緒に、病院へ話を聞きに行かれては?」
嶽丸と離れ、慎吾先輩にお世話になりはじめて早2週間。
先週無事に慎吾先輩と宏樹さんの美容室が開店し、今日は久しぶりの休日だった。
実家の最寄り駅まで、母を介護してくれている介護士さんを呼び出し、母の現状について話を聞いた。
そこで驚くべき話を聞く。
母は改善が目覚ましく、そろそろ1人で生活できるだろうというのだ。
でもそれは、同居の家族がいれば、の話ではないのか。
口ごもりつつそう聞いてみると、明るい笑顔の介護士さんは、母の通院の日に一緒に行こうと言い出した。
「…それは、私は…その、仕事もありますので」
本当の理由を伝えても、この介護士さんには伝わらないような気がした。
明るい…日の当たる場所で育ってきたと想像できるまぶしい笑顔。
ふと、私も小さい頃、笑顔を褒めてもらったことを思い出した。
それは…健の両親、そして私の父親に。
「美亜の笑顔はお日様みたいだ!」
…おひ様って誰だろうって思ったことを思い出す。
「わかりました。それでは先生の方には私から、娘さんからのご意見をお伝えしますね」
「はい…あの、できるだけ…母には聞かれないように…」
そう言う私を、介護士さんは不思議そうな目で見つめるので慌てて言い直した。
「…いえ。先生には、私からお伝えしますので」
どうか何も言わないで…母の前で、私の名前を言わないで。
ここで会ったこともやんわりと口止めして、介護士さんと別れた。
母の病状が目覚ましく改善した…
本当だろうか。
ケンゾーに連れられて行ったレストランで、手の甲を引っかかれたことを思い出す。
心のどこかで。
母とのことをこのままにしてはおけないと思っていた。
母に怯えるのは…そろそろ卒業したくて、そのためにはどうしたらいいか考える日々。
その中で…ちゃんと話し合って、それでも私を憎むなら、ハッキリ2度と会わないと宣言するほうがいいと結論を出した私がいた。
母と2人で会う…
まだ、その恐怖を拭えないけど、立ち向かいたい。
そう思えるようになったのは、きっと大きな進歩に違いない。
…………
「大丈夫だよ。家は知られてないし…2週間も会ってないんだから、たまには甘えておいで」
介護士さんとの話を終えて…いろいろ考えていたら、たまらなく嶽丸に会いたくなった。
今まで、何も考えないように忙しくしていたから、連絡すら取っていない。
慎吾先輩の家に帰り、母の現状を知らせる私に、仲睦まじい2人が言った。
「会いたいな…と思ったとき、素直に会いに行くのが正解!」
宏樹さんにポンっと肩を叩かれる。
母に立ち向かいたいと思えるようになった私の恐怖、少しは時間が解決したらしい。
嶽丸への思いに焦がれるようになったのが、その証拠だ。
「そう、ですよね!それじゃあ思い切って…行ってみます!」
嶽丸の好きな膝上のタイトスカート。いつもより念入りにメイクをして…私は電車に飛び乗った。
わざと連絡はしなかった。
仕事が忙しいかもしれないし、邪魔はしたくない。
時間は少し遅くなったけど…家に行くんだから問題ないはず。
「…そういえば」
海沿いの街から電車を乗り継いできて、家に帰るより先に、嶽丸の勤める会社の最寄り駅が近いことに気付いた。
kazamiテクノロジー。
大手IT企業の自社ビルってどんな感じなんだろう。
ふと興味がわいて、降りてみることにした。
そこは見上げるようなビル群の街。
kazamiテクノロジーは、社名がしっかりライトアップされていてすぐにわかった。
嶽丸は、こんな場所で仕事をしているんだなぁ…
好きな人の一面を知って嬉しい気持ち。
今まで余裕がなかったから…久しぶりに感じるドキドキに頬が緩む。
ところで…嶽丸はもう会社にいないのかな。
もしかしたら、残業とかで残ってない?
そんな思いでビルを見上げたけど、明かりが漏れてるのを確認できるはずもなく、私は視線を前に戻した。
すると…まさかと思う人がこちらに歩いてくるのを見つけてしまって、思わずその場に固まってしまった。
「本気の本気で頼むよ?ミズドリ〜!もう…マジであんただけが頼りなんだからさ〜」
黒い細身のスーツ、緩められたネクタイ…ちょっとおぼつかない足取りの、背の高い男。
髪、あんなに伸びてたっけ…
「わかったから!私に全部任せて、嶽丸は安心してゆっくり休みなさい!」
「あー…久しぶりにちゃんと寝れそ…」
背の高いショートヘアの女性の肩に自分の腕を乗っけて。
女性は嶽丸の背中に手を回して支えるように。
2人はビルとビルの間の道を曲がって行った。
帰ってくるのか…来ないのか。
2人が消えたビルの間の道に、ホテルらしい建物は見えなかった。
それだけ確認して、マンションに帰ってきたのは、その姿がもうどこかに消えた後だったから。
大きな声で喋ってたから、嶽丸の声も女性の声もよく聞こえた。
口説いている感じじゃなかったけど…2人きりで飲んで、あんなに酔っちゃうってどうなの?
と、思ったところで…自分はどうなんだと冷静に振り返った。
母に会って動揺して勝手に恐怖心を抱いて、ろくに説明もしないで逃げた私。
母のことを忘れたくて忙しいふりをして、嶽丸のこと…ほっといた。
プロポーズまでしてくれたのに。
自分が不誠実すぎて…浮気されても仕方がない。
………
眠れないまま朝になった。
カーテンの隙間から漏れる光が部屋をほんのり照らしはじめて、私はリビングの電気を消す。
嶽丸は夜が明ける前に帰ってこなかった。
自分も悪いから、と…昨日は携帯に連絡するのを控えたけど、もういいよね?
私…怒っちゃうよ?
携帯を手にした瞬間、ガチャガチャ…っと玄関が開く音がして、部屋に誰か入ってくる気配がした。
…帰ってきた!
足音と共にリビングのドアが開けられ、仁王立ちした私と視線が合う。
「…うわぁ…っっ!!」
2〜3歩後ずさってよろけそうになりながら、なんとか踏ん張った嶽丸。
驚いて何も言えない嶽丸に、私は自分でも驚くほど怖い声で聞いた。
「…どこ行ってたの?」
「…え?ホントにみゃー?」
「ずいぶん早朝のお帰りだね?」
「あっ?!…ちがう!これは…」
「夜のうちに帰って来ないんだ?女の人とお酒飲んだらそれが当然か。嶽丸だもんね?」
「ちょっと待って…一旦落ち着かせて…」
「綺麗な女の人だったね?ショートヘアのスレンダー美女。…お味はいかがでしたか?」
「…味も何も…食ってません」
「ふざけんなブタ野郎」
…さっきまで自分も悪い、と思ってたのに、いや、ちゃんとそう思ってるのに…嶽丸を前にすると怒りがおさまらない…
「ちゃんと説明するから…とりあえず…」
ハグ…と言って抱きついてきた嶽丸の股間は…
しっかり硬かった…。
コメント
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あの母親が改善する見込みなんてあるのかなぁ(*˘ーωー˘*) 少し前に引っ掻いてたくらいだし。 嶽丸の髪はみゃーちゃんがカット✂️してるのかしら。