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白山小梅
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” チカくん “と呼ばれたバーテンダーさんが作ってくれたカシスソーダは、居酒屋で飲むものとは全然違って、今まで飲んだそれのなかで一番美味しかった。チャラそうに見えて、仕事はきっちりとする。バーテンダーってすごい。
「そういえば、チカくんってセラピストでしょ?ほとりの恋愛相談乗ってくれない?」
飲みなれたお酒に初めての感動を覚えていると、予告無く芽依は爆弾を投下するから、ビックリして炭酸がしゅわっと喉で弾ける。
「はは、適当なこと言うな〜。セラピストじゃないけど、何か悩みがあれば聞くよ?」
悩み、は、もちろんあるけれど、初対面の人に赤裸々に話すものではない。
……でも、こんなにもカッコイイ人だし、なにより男の人だし、恋愛慣れしている人からの言葉って意外と頼りになるからなあ。
「……相談って、何でもいいんですか?迷惑じゃないですか?」
「んー…そうだな、考えてみてよ。悩みってちょっと距離感ある人の方が話しやすい時ってない?」
「それは、確かに有り得ますね……」
「ね。それに、縁あってうちに来てくれたんだし、お客さんには手放しで楽しんでもらった方が僕としても嬉しいから、ほとりちゃんが言える分だけは聞くよ」
そう言って、チカくんはジントニックが入ったグラスに口をつけた。
相談してみよう、と思ったのは、いい感じにアルコールが回ったことも一因だろう。「じゃあ……」と、言葉を溜めて、チカくんの幻想的な瞳を見つめる。
「セフレから恋人への昇格方法を教えて欲しいです」
大真面目に身を乗り出すと、少し高い位置にいるチカくんは「あはは、ここも?」と笑い飛ばすから「もってなんですか!」とちょっと大袈裟に怒ってみる。
受け入れ態勢抜群なのに、スカッと躱された気分である。
ぷすっとむくれていればチカくんは「ごめんごめん」と全然ごめんが入っていない謝罪をした。
「や、僕の友達もここ数日、好きな子とセフレからの脱却法探してて、似てるなって思っただけだよ」
「そうなんですか!?その人はどうしたんですか?」
「んー……そいつは、セフレの子と夏どっか行く計画立てて?その前にちゃんと彼女になって欲しいと思ったらしいのよ。でも、いざ告ろうとしたら、その前に好きな子から距離置かれたみたいでさ?最近目に見えて落ち込んでんの」
それはお気の毒様だ……。
チカくんの友達であればきっと見目麗しい人だろうに、そんな人でも難しいんだ……。
でも、他人事とは思えないその人も頑張って欲しいな。
不憫さを感じつつも、セフレから恋人へ向かうプロセスの難しさを目の当たりにする。と、芽依の二杯目を作り始めたチカくんは、くすりと微笑んだ。
「結局、人の本音って焦った時に分かると思うから、気の済むまで焦らせたら良いと思うけどな」
「焦るって、例えばどうやって?」
「うーん……試しに” 彼氏出来たんだ “って言ってみたら?脈アリの時は焦るか拗ねるでしょ」
なるほど、と脳内でメモをとっていると「チカくんは、セフレに彼氏できたら焦る?」と芽依さまが逆質問した。
「うん。じゃあバイバイってなるかな」
しかも、なんだ。チカくんは模範解答とも呼べない、真逆の反応じゃんか。
「縁起でもないこと言わないで!?駄目じゃないですか!」
「や、僕のは脈ナシ代表だよ。でも、脈ナシでも人のものフェチなやつとかなら、彼氏できたら脈アリに代わっちゃうかもね?」
「え……そうなんですか……?」
「ほとりだめだよぅ。そういう人は、自分のものになった瞬間飽きるんだから、騙されちゃダメ」
そっか、まんまと騙されるところだった……!
だめだだめだ。ここ最近のあたしはネガティブ一直線だし、なにより判断力が欠けてる。
鮮やかな手口で騙されかけ、両方の頬をぱちんと叩いた。その時、従業員専用通路だと思われる奥の通路から誰かが現れた。
一瞬だけなのに目を引く長身と、ライトアップされているからこそ白さを孕むアッシュヘアーは誰かに見覚えがあった。
──え、いま、の……?
瞬きも忘れてその人を目で追うと、耳に掛けていた髪の毛がはらりと胸の前に落ちた。
「水原さん、タバコ、ここに置いてますねー」
「ありがと。いつも買ってきてもらってごめんね?」
「良いですよ。店長とかのもついでに買うんで、いつでも言ってください。俺のも切れてたから、買っちゃった」
耳触りがいいお砂糖みたいな甘い声は、久しぶりなのに、すぐに鼓膜へ染み込んでいく。
「アオ、おかえりー」
「なあ、おまえ俺の悪口言ってなかった?」
「早速言いがかりやめて〜」
「さっきクシャミ連発したの。あれ絶対チカのせいだろ」
「あはは、ごめんね?てかこの子達、ハセちゃんのお友達らしいよ」
「長谷川の?」
チカくんと話す、従業員らしい黒シャツの男の人は、アイスブルーの瞳であたしを掴まえる。
あたしの両目はもはやその人を追うことしか出来ず、あたしの両耳の鼓膜はその人の声を拾うことしかしない。