テラーノベル
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「──! ……っ、」
時折小さな物音が聞こえてくるたびに、ビクリと飛び跳ねるようにして震える身体。外へ出てから、かれこれ十五分以上は経っただろうか──。
ずっと緊張状態が続いているせいか、予想以上に体力を消耗してしまっている。ほんの少しでも気を緩めてしまったら、瓦礫に足を取られて転んでしまいそうだ。そんなことを考えながら、すぐ目の前に見えるツバキさんの背中を追いかける。
見渡す限り瓦礫の山だらけのニゲラは、初日に飛び交っていた悲鳴がまるで嘘だったかのように静まり返っている。黙々と歩き続ける中、先ほどから考えないようにしていたある可能性が脳裏をかすめる。
(もしかしたら……ここにはもう、僕達以外に生きている人はいないのかもしれない……)
初日に見た生々しい光景を思い浮かべると、ゴクリと喉を鳴らして顔を歪める。これまでずっと考えないように避けてきたけど、きっと僕の家も両親も──。
そこまで考えると、穏やかで優しかった両親の姿を思い浮かべる。
ここから先、一体なんのために生きてゆくのかさえ分からない。帰る家も両親もいなくなったこの世界で、ただバケモノに怯えながら生きてゆく。たとえ運良く生き延びられたとしても、ここにあるのは大量の瓦礫の山ばかり。数日前まで思い描いていた未来は、もうここには何一つ存在しない。
流れ出る涙を袖口で拭き取ると、肩から引っ掛けた麻袋の紐をギュッと握りしめる。
『……、……』
「──!?」
微かに聞こえてきたその声に、ビクリと肩を揺らした僕は慌てて辺りを見回した。だけど、どこにもその姿らしきものは見当たらない。
「…………」
ただの聞き間違いだったんだろうか……? チラリと前方の様子を見てみると、皆黙々と歩いている。やっぱり僕の空耳だったようだ。そう思い直すと、崩れた建物の壁を横にして歩き続ける。
このまま進めば、おそらくあと五分ほどで目的地に着くはずだ。そんなことを考えながら、大きく崩れ落ちた壁の切れ目に差し掛かる。先程までは大きな壁に遮られて見えなかった向こう側──その物陰からゆっくりと姿を現したのは、体長三メートル近くあるバケモノ。その手に掴んだ男性を口元へ運ぶと、脇腹を喰いちぎって捕食してゆく。
『ぅ゛……、……っ』
すでに喰われてしまったのであろう手足はもぎ取られ、それでも意識のある男性は小さな呻き声を上げる。そのあまりの恐ろしさに、硬直した僕は身動き一つとることができなかった。
そんな僕の存在に気付いたのか、まるで助けを乞うかのような瞳で涙を流す男性。そんな男性を、無情にも喰い続けるバケモノ。こんな光景、見たくもないのに目を逸らすことすらできない。
「──!」
そんな僕の身体を後ろに引き寄せたのは、少し離れた後方を歩いていたニッピーだった。
「何やってんだ、死にたいのか!」
小声ながらもそう告げると、僕の身体を地面に伏せさせたニッピー。
「このまま屈んで合流するぞ」
顎をしゃくって前方を示すニッピーの視線を辿ると、この状況に全く気付いていない様子のユリさん達がいる。おそらく、三人がいる場所からはバケモノの姿は見えないのだろう。とはいえ、こんなに近くにいるのだから危険なことに変わりはない。一刻も早くこの事態を知らせる必要がある。
カタカタと震えながらも小さく頷くと、ニッピーの後を追いかけて慎重に前へ進む。
『ぅ、ぅ゛……』
(……っ、ごめんなさい……、ごめんなさい……っ)
遠くなってゆく男性の呻き声を聞きながら、涙を流して謝罪する。そんな中、着実に前方にいる三人に情報を伝達してゆくニッピー。
全員が屈んだ状態でこの場を離れると、少し距離をとったところでユリさんの元へと集まる。
「……ここまで来ればもう平気だろう。目的地まであともう少しだ。皆、大丈夫か?」
その言葉にそれぞれが頷いたのを確認すると、僕達に向けてしっかりと頷き返したユリさん。
「このまま少し左側に迂回しながら行く。陣形は崩さないように、慎重に進んで行くぞ。皆、一瞬たりとも気を抜くなよ」
「ああ」
「分かった」
「ははは、はいっ」
「っ……、はい」
先程見た光景を引きずりながらも、それでも黙って前に進むことしかできない。
もし、あの男性が僕の両親だったら──もし、ユリさん達だったら──。それでも僕は、こうして逃げることしかできないのだろうか? そんな無力な自分に自責の念が押し寄せる。
──僕は、あの人を見殺しにした。
今までだってそうだ。目の前で死んでいった人達は、全員僕が見殺しにしてきたんだ。そんな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡り、視界に映る景色がグニャリと歪んでゆく。
「──おい。しっかりしろ」
「……っ、……」
ふらつく身体を後方から支えられると、ついに堪えきれなくなった涙が頬を伝った。僕の冷えた心とは対照的に、掴まれた肩から感じるニッピーの体温はやけに温かく感じる。
「……僕は……見殺しに、した……っ、」
俯きながらそう小さく呟くと、静かに口を開いたニッピー。
「……お前のせいじゃない。俺だって何もできなかった」
「…………っ、………ぅ」
「ほら、置いてかれるぞ。さっさと歩け」
そう言いながら僕の背中を軽く叩いたニッピー。その手はやっぱり、なんだかとても温かい気がした。それに促されるようにして、袖口で涙を拭いながら歩き始める。
それから十五分ほどが経った頃。三箇所全ての目的地を見て回った僕達は、目の前の光景を見て愕然とした。
「そんなぁ……」
崩れ落ちた建物を眺めながら小さく呟いたツバキさん。当初予定していた薬局もレストランも、全てが倒壊していて何の収穫も得られなかった。
予定していた時刻よりも十分以上かけて来たというのに、これではあんまりだ。皆の顔色からも、その落胆ぶりは明白だった。
「ユリさん、ちょっといいか」
そう言って地図を開いたイリスさんは、真剣な様子で口を開いた。
「ここから南下したところにスーパーがあるはずだ。ここなら医薬品も食料品もある。ただ……」
「更に五分以上歩くことになるってことだな」
「ああ。ここまでの移動速度を考えると、おそらく十分近くはかかると思う」
「…………」
そんな二人のやり取りを静かに眺める。
「……皆。聞いての通り、ここから南下したところにスーパーがある。だが、そこまで行くのにここから十分近くはかかることになる。行けそうか?」
「ああ、勿論」
「……が、頑張りますっ」
「カミーユはどうだ? しんどくはないか?」
疲れ切った様子の僕を気遣ってか、優しく微笑みかけてくれるユリさん。
「はい……、大丈夫です」
「よし。じゃあスーパーを目指して出発だ」
ユリさんの言葉を合図に、気持ち新たに再び陣形を取って歩き始めた僕達。果たして、その先に目的のスーパーは存在するのだろうか? そんな不安を誰もが抱えながら、ただ黙々と歩いてゆく。時折見かけるバケモノを迂回しながら、先頭にいるユリさんの指示に従って着実に目的地へと近づいてゆく。
拠点を出発した時にはまだ高かった太陽は、気付けばだいぶ傾き始めている。帰りのことを考えると、おそらくこのスーパーが最後のチャンスになるだろう。もしここもダメだったとしたら、あと何日食料はもつんだろうか……。そんなことを考えながら、祈るような気持ちで足を進める。
「…………あった」
「……?」
呟くようなツバキさんの声に促されるようにして、足元にあった視線を前方へと向けてみる。するとそこに見えたのは、煤まみれになりながらも健在しているスーパーだった。
途端に安堵の息が漏れる中、それでも気を緩めることなく慎重に足を進めてゆく。そのままスーパーの入り口前まで辿り着くと、それぞれが辺りを警戒するようにして集まる。
「……よし、中は大丈夫そうだな。入るぞ」
ガラス扉から中の様子を確認したユリさんは、そう告げるとリュックから取り出した巨大なハンマーを握りしめる。そんなユリさんを先頭に、周りを警戒しながらもゆっくりと店内へと足を踏み入れる。
床のあちこちに商品が散らばってはいるものの、何かが暴れたような形跡や血痕らしきものは見当たらない。どうやら、ここにはバケモノは侵入していないようだ。
「ここにはまだバケモノは来ていないみたいだな」
そう告げたイリスさんは、カチャリと眼鏡を正すと辺りを見回した。
「……ああ、そのようだな。じゃあ皆、手分けして食料と必要な薬を探してくれ。イリスはカミーユと、ニッピーはツバキと二人一組だ」
「りょーかい」
「ああ、分かった」
「それとイリス……すまないが、また少しいいか?」
「ああ、大丈夫だ」
「ありがとう。じゃあ皆、くれぐれも注意は怠るなよ」
それだけ告げると、一人店内の奥へと行ってしまったユリさん。一体どこへ行ったのだろうか……? そんなことを思いながらユリさんが消えていった方を眺めていると、ポンと肩を叩かれてビクリと飛び跳ねる。
「……驚かせてすまない。俺達は食料品を調達しに行こう」
「あ……、はい」
イリスさんの後を追いかけると、食料品コーナーから日持ちのする食料だけを取り分けてゆく。チラリとイリスさんの様子を窺うと、黙々とリュックに食料品を詰め込んでいる。
「あの……」
そんなイリスさんに向けて声を掛けると、静かにこちらを振り返ったイリスさん。
「ユリさんは……どこへ行ったんですか?」
先程から気になっていたことを尋ねると、そんな僕をただ黙って見つめるイリスさん。
聞いてはいけないことだったんだろうか……? そのいたたまれなさに、思わず視線を逸らした僕は俯いた。
「……娘さんを探しているんだそうだ」
「…………え?」
俯いていた顔を上げると、再び食料品を詰め込み始めたイリスさんの横顔を見つめる。
「……八歳だそうだ。“アレ”が来た時、仕事中だったから娘さんとは一緒にいなかったらしい」
「っ……そう、……なんですね……」
当然ながら、皆にだって大切な家族や友人や恋人だっているはずだ。そしてきっと、誰もがその安否を心配している。自分のことだけで精一杯だった僕は、そんなことですら考えが及ばなかった。
ユリさんのことを思うと、どうか娘さんと無事に再会できますようにと願わずにはいられない。
「ここの棚はこれくらいだな。そっちの棚を見てきてくれるか?」
「……あ、はい」
そう答えると、通路を挟んだ向こう側の棚へと向かって歩き始める。そのまま警戒することもなく通路へと踏み出した──次の瞬間。僕の喉元を捉えたのは、キラリと光る鋭い刃だった。
「────!」
バクバクと高鳴る鼓動をそのままに、突きつけられた刃の先をゆっくりと視界の端で辿ってゆく。握られた柄の部分を確認するや否や、それが人間の手だと理解した僕は口を開いた。
「……こっ、殺さないで下さい!」
そんな僕を静かな表情で見つめていたのは、恐ろしいほどに綺麗な顔をした銀髪の男性だった。チラリとすぐ背後に視線を移してみると、その男性に守られるようにして背後に隠れている人影が見える。
(一体、この人達は誰なんだ……っ、?)
両手を上げて敵意のないことを示すと、男性の後ろからチラリと顔を覗かせた人物。
サラサラとしたプラチナブロンドの髪で縁取られたその顔は、怯えた表情を浮かべながらも、銀髪の男性に負けず劣らずとても綺麗な顔をした女の子だった。
コメント
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美月ゆめかです!!🌸 第8話、めっちゃ感情揺さぶられたよ〜😭💦 カミーユくんの「見♡♡♡にした」って自責、すごく胸に刺さった……。 でもニッピーが「お前のせいじゃない」って肩叩くところ、あの温度が優しすぎて泣ける。 ユリさんが娘さんを探してたって知って、ギュッとなったし、ラストの銀髪イケメン&女の子の登場はマジで次が気になりすぎる!! この先どうなるか、続きが待ちきれないよ〜⋆♡
#挿絵付き
天音ろっく
188
48
夏川鳴海
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