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「今帰った……」
音楽学校で教鞭をとる京介が帰ってきたが、頭を下げる京子に迎えられ面食らっている。
「……な、なんだ。どうした……」
「お父様お願いがあります!」
京子の真剣な面持ちに、京介は、一瞬たじろいだ。
「……とにかく玄関ではなんだ……」
何か話があるのは分かるが、どうして京子がここまで真剣なのか京介には、見当もつかなかった。
不審に思いながらも、居間へ向かった。
居間には、茶の準備をして、待機している月子がいる。
流石に何かがあると京介は感じ取った。
「……で?」
「あのお……」
京子が恐る恐る口を開く。
恒彦の見送りをしたいという願いを聞き、京介は一瞬固まった。
いつの間にか話が進んでいたからだ。そもそもなぜ京子が恒彦の出発日を知っているのか。
京介は、尋ねたいことが山ほどあった。しかし、京子の面持ちは至って険しく、真剣そのものだ。
思い詰めているというよりも、成し遂げようとしている、そんな感じが見て取れた。
「京介さん。お見送りはしたほうが
……出発日を知っておきながら何も動かないのは失礼ですよ」
月子が、凛として言った。
話は出来上がっているのかと、月子と京子の様子に京介は、内心息をつく。
「で?いつなんだ?」
「来月の五日だそうです」
京子が答える。
「……それなら少し時間があるな。予定を調整しよう」
「……え?」
一瞬京子がためらう。
「……白井家の皆様も見送りに来るはずだ。岩崎家として私が動かなければ失礼にあたるだろう」
京介は有無を言わさないとばかりに京子を見る。
確かに──。
父京介の言うことは真っ当だと京子も分かっていた。先に母月子から、家の体面について言われている。
とはいえ、なんとなく京子が思っている見送りと異なるような気がして複雑な気持ちになった。
「……横浜のふ頭からだろう?ならば、距離がある。車で行けばいい」
京介は、そこまで前向きに言ってくれる。
「あ、ありがとうございます」
何はともあれ、見送りに行けるのだ。しかも車まで出してもらえる。京子は、戸惑いながらも父京介へ礼を言った。
それから……。
岩崎家から、恒彦の話題が消えた。忘れたわけではなく、先方の動きが見受けられなくなったからだ。
手紙で知らせてきた様に、恒彦は赴任の準備に追われているのだろう。
京子は、分かってはいたが、どこか落ち着かない毎日を過ごしていた。ひょっとしたら、恒彦が現れる、いや、手紙がまた届くかもしれないなどと、ほのかな期待をしていた。
なぜそんな期待をするのか考えると京子の胸はきゅっと締め付けられ、息苦しくなった。
同時に恥ずかしさに襲われて、どうすれば良いのか分からなくなっていた。
そんな落ち着かない日々は過ぎ、ついに恒彦の出発日を迎えることになる。
「京子ちゃん。もうお支度しなさい!後は詰めるだけだから、お母様がやっておくわ」
「はい。お願いします。お母様」
#普通
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冬茉
皐志
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言って、京子は台所から部屋へ向かった。
あの宴会の時、恒彦はコロッケを気に入っていた。そこで、京子は差し入れとしてコロッケの弁当を用意したのだ。
一人ではまだ無理。母月子に手伝ってもらい、朝早くから京子は、恒彦のために用意したのだった。
果たして受け取ってもらえるのか。不安も過っていた。
「さあ、京子お嬢様。お支度しましょう!」
部屋では、お咲が張り切っている。
「お着物は、こちらでよかったですね?今ならまだ間に合いますよ?髪に留めるリボンもこれで?」
お咲が、念を押してくる。昨夜、月子とお咲と三人で、なんだかんだと言いながら、装いを決めたのだが、お咲はまだ粘る。
「だって、一応最後ですからね。いえ、最後にならないように、白井様がしっかり覚えてくださる装いにしないと!」
「……お咲……」
そこまで言われて、京子は恥ずかしくなる。
これは、見送り。ただの挨拶に、そこまで気持ちを込めるものだろうかと。だが、ここまで言われて京子も悪い気はしなかった。むしろ、揃えているもので本当に良かったのかと、少しばかりの不安も出てきた。
「うん、でも、これ以上はないですからね。昨夜あれだけ考えたんですから」
時間がなくなると、お咲は納得している。
「さあ、京子お嬢様はじめましょう!」
お咲の弾けた一声で京子の着替えが始まった。
その頃、朝食を終えた京介は、月子へ不思議そうに言っていた。
「……その包はなんだ?それにやけに朝早くから起きていたなあ……」
「ふふ、京子ちゃんがね、白井様へお弁当の差し入れしたいって」
月子は、重箱の包を差し出した。
「先日、コロッケをお気に入り頂いたみたいだったから、コロッケを作ったの……で、京介さん?」
「……なんだ?」
「これね、必ず白井様にお渡ししてくださいね。京子ちゃんだと、流れにのまれて渡せないかもしれないから……」
「は?私がか?」
「京介さんなら、押しが利くでしょ?」
「ああ、父上なら声もでかいし、大丈夫ですよ!」
朝食を食べ終わった京太郎が口を挟む。
「……いや、それは、いいが……私からで大丈夫なのか?京子が渡すべきだろう?」
この京介のひと言に、月子と京太郎は顔を見合わせた。
「父上!わかってるじゃないですか!ねえ、母上!」
「ほんとねえ。案外わかってるんですね」
「いや、わ、私は何も……」
バツが悪いと京介は口ごもる。
「あら、二人共、お支度してくださいな。間に合わなくなってしまいますよ!」
月子は柱時計に目をやり言った。
「あっ、はい!母上の代わりに、行ってまいります!」
京太郎が、張り切る。
身重の月子では、横浜まで行くのは負担だと、京太郎が月子の代わりに同行することになったのだ。
「あっ!母上!父上のことはお任せください!」
余計なことはさせないと、京太郎は笑い、ポンと胸を叩いた。
コメント
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みぅです🤍🥀 第15話、読みました……! 京子さんのお見送りの話、ようやく動き出したね。お父様が「家の体面」って言いながらも承諾してくれたところ、ちょっとクスッとした。月子さんや京太郎くんの家族の温かさも感じられて、ほっこりしたよ。 でも京子さんの「なぜか期待してしまう自分」に気づくところ、胸がきゅっとした……。複雑な気持ちを抱えながら、お弁当を用意してる姿が切なくて愛おしい。 お咲の「最後にならないように」って言葉が、すごく刺さった。次が楽しみだよ🌙