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午後二時。夏の手前のような陽気。
私は近道のつもりで、いつもより静かな裏通りを歩いていた。
アスファルトがじんわり熱を持ち始めていて、風はあるけど、どこか重たい。
車も人も少なくて、イヤホンで音楽を流していたけど、
後ろから近づいてくる気配で、ふと立ち止まった。
足音じゃない。
でも、空気が変わった。
背中に視線が刺さるような、そんな感覚。
「お姉さん、今一人?」
声が背後から落ちてきた。
イヤホン越しでも、はっきり聞こえる。
私は反射的に片耳だけ外して、ぎこちなく答えた。
「そうですけど…」
声が少し上ずった。
自分でも気づくくらい、喉が乾いていた。
振り返ると、二人組の若い男が笑いながら立っている。
服装はラフで、ごく普通。
でも、視線が落ち着かなくて、不自然に近い。
目つきが軽くて、口元だけが笑っていた。
その笑顔が、まるで仮面みたいで、ぞっとした。
「俺らとお茶しない?」
一人が、足音を忍ばせるように私の隣まで歩を詰めてくる。
距離が近い。
近すぎる。
視線を合わせたくない。でも、体がすくむ。
軽く笑いながら近づいてくる彼らの顔は、なんだか浅くて、怖い。
「しないです」
言葉が口から出るまでに、ほんの少し時間がかかった。
声が震えていないか、自分でも分からなかった。
でも、彼らは引かなかった。
「そんな冷たいこと言わないでさ〜」
男の一人が笑いながら、ポケットに手を入れたまま体を傾けてくる。
その動きが、冗談めかしてるようでいて、どこか演技じみていた。
冗談じゃない。
身体の表面をかすめていくような声が、気味が悪い。
皮膚がざわざわする。
背中に冷たい汗が流れた。
…怖い。
やっぱり普通のナンパじゃない。
ナンパなんて初めてだから、比較はできないけど。
みっちゃん……今、電話したら出てくれるかな。
画面を開いた親指がかすかに震える。
でも、通話ボタンを押す勇気が出ない。
彼らの視線が、指先にまでまとわりついてくる気がした。
「彼氏いるので無理です」
苦し紛れに出た嘘だった。
でも、友達が以前そう言って、すぐに解放されたって言ってたから。
だけど、目の前の男たちは引くどころか、顔を見合わせてニヤつきを深めただけだった。
その笑いが、まるで“ゲームの続き”を楽しんでいるようで、心臓が跳ねた。
「彼氏さんには内緒で。ね?」
もっと近づいてきた。
足音が聞こえないのに、距離が詰まっている。
イヤな予感がした、その瞬間だった。
――ぐ、と。
男の指が、私の右腕をぐっと掴んだ。
思った以上に強く、指先が食い込む。
皮膚が引っ張られて、爪が当たる。
圧力よりも“支配しようとする意志”が肌に伝わってきた。
ぞわっと背中に冷たい汗が流れた。
足がすくんで、声が出ない。
でも、ちゃんと拒否しなきゃ。
勇気を出して、言葉にしようとした。
「……腕、掴まないでもらっても────」
心臓の音がうるさくて、声が震えてた。
でも、言葉にした。
それだけで、少しだけ自分を保てた気がした。
そのとき、低く落ち着いた声が割って入った。
「おい」
思わず振り返る。
背の高い男の人が、ゆっくり歩いてくる。
白いシャツの袖をまくって、上着は肩にかけたまま。
どこか無造作で、それでいて落ち着いていた。
歩き方に余裕があって、でも空気が一気に張り詰める。
彼が何者なのかもわからないのに、その声だけで、場の温度が変わった。
「昼間から女ひっかけて、最近の若い奴は随分暇してんのなぁ」
口調は淡々としてるのに、言葉の端にある冷たさが、男たちの笑いをすっと消した。
方言が彼に似合っていた。
それは、ただ言葉の響きが耳に馴染んだというだけじゃない。
彼の立ち方、間の取り方、目の動き。
そのすべてが、あの言葉を自然に引き立てていた。
私はまだ腕を掴まれていたけど、その声が届いた瞬間、指先の力がほんの少しだけ緩んだ気がした。