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ーーあの死闘から一月余り。
ユキの身体の傷は、日常生活に支障が無いレベルにまで回復していた。
その間に狂座が攻めて来る事は無く、束の間ではあるが、一時の平穏を過ごしていた。
「それでは行ってきます」
ユキは右手に手籠を持ち、背後のアミに伝える。
「気をつけてね。でも、まだあまり無理はしない事」
日常生活に支障は無いとはいえ、まだまだ戦闘を行うには厳しい。
アミの心配をよそに、ユキは笑顔で振り向き返す。
「大丈夫ですよ。食糧を採ってくるだけですから。それに何時までも休んではいられませんよ。リハビリの意味も込めて、必要な事です」
「それはそうだけど……」
とはいえ、ユキの意見に一理有る事も確かだ。自分から何かをしたいという彼の考えを、尊重したい気持ちもある。
「じゃあ、あまり遅くならない様にね。いってらっしゃい」
少し迷っていたが、アミは笑顔でユキを送り出す事にした。
「はい。行ってきます」
ユキは笑顔で踵を返し、そっと家を後にし森へと向かうのだった。
***
ーーユキは森を少し歩いた先にある川へと向かう。
まだまだこの季節、寒さは厳しい。冬の山菜はそれ程多くない上、獣も冬眠中である事を踏まえると、採ってくるのはやはり川魚に限る。
川へと向かう途中、ユキは考えていた。当主直属部隊、アザミの強さを。
アザミが変に情けを掛けなければ、あの闘いは確実に自分が敗れていた事。
それに部隊というからには、アザミ以外にも強敵が存在する事は間違い無い。
今は平穏かも知れないけど、いずれ闘いは避けられない。
それにアザミや四死刀以上の力を持つとされるーー“冥王”と謂われる者。
冥王の復活だけは阻止せねばならない。
その為には、完全に闘える身体に戻るまで、力を蓄えておく事が最重要課題。
「……つっ!」
ユキはアザミとの闘いで負った腹部を押さえる。あれだけの傷、そう簡単には完治しないだろう。
「あと……もう少し」
誰にも聞こえる事無く、ユキはそう呟いていた。
*
ーーユキが森へ出掛けて一刻(約二時間)程経った頃、アミは一人、家内の片付け等をしていた。
その最中も、アミはずっとユキの事ばかりを考えていた。
「大丈夫かなぁユキ……」
“やっぱり私も着いていくべきだったかしら?”
アミの心配は他にもある。狂座がいつ攻めて来るか分からない事。
日常生活に支障はほぼ無いとはいえ、まだユキは戦闘を行える身体では無い。
まだ終わった訳では無いのだ。
もし今、アザミ並の直属級が攻めて来たら? と思うと、アミの不安と心配は更に大きくなっていく。
“もしそうなったら、今度こそユキは……”
アミはあの壮絶な死闘を思い出して身震いする。
だからだろうか?
アミの背後から、何者かが音も気配も消して、近づいて来るのに気付かなかったのは。
「……えっ!?」
その僅かな空気の流れの変化に気付いて振り返った時には時、既に遅し。
何者かが正面からアミにぶつかっていたのだから。
「ア……アナタは!」
その人物に、アミの瞳は驚愕を以って開かれた。
「姉様ただいま!」
そう言ってアミに抱き着いて来たのは、アミと同じ巫女衣装を纏い、ショートカットの綺麗な黒髪のまだ幼さの残る活発そうな少女だった。
「ミオ? もう、びっくりさせないで」
ミオと呼ばれたこの少女は、半年前に巫女修業の為に、一人旅に出ていたアミの妹であった。
「えへへ☆ 姉様をびっくりさせようと思って。ついさっき帰って来たんだよ」
“もうこの子は……。何時も驚かせようとするんだから……”
「でも、よく無事に帰って来たわねミオ。おかえりなさい」
そう言い、アミは半年振りの妹を包み込む様に、優しく抱きしめる。
「久々の姉様の匂い……やっぱり落ち着く~☆」
久々の姉妹の邂逅。
また二人で暮らせる事の喜びを噛み締める様に、ミオは重度のシスコンっぷりを発揮し、アミに甘える。積もる話は沢山有るが、もう暫くこのままでいたいとの顕れだった。
そんな空気を切り裂くが如く、ガラッという音と共に、家の入口の取っ手が開かれる。
二人同時に、その音がした方向を振り向く。
「只今戻りました」
ミオよりひと足遅れて、ユキが帰宅したのであった。
「あっ! おかえりユキ」
アミのお迎えの言葉に、ユキは手に持っていた手籠を下に置く。
「この季節ですから、魚もそうそう捕れませんでした……」
そう言いながらも手籠には、十匹余りの川魚が詰められていた。
「ちょっーーちょっと待ってよ! いきなりただいまって……アンタ誰よ!?」
ミオは何食わぬ顔で、家に上がり込んできたユキに対し声を荒げる。
無理も無い。面識が無い者が突然やってきたのだから、何が何だか分からない。しかもどう見ても見覚えの無い、明らかな余所者。更には異質過ぎる髪と瞳の色はミオを困惑させるには充分過ぎた。
それにこの集落には、余所者は立ち入るべからず。外敵排除の掟もある。
ミオの瞳は明らかな“敵意”を以って、ユキを見据えていた。
だがそれは、彼にとっても同じ気持ち。
「いきなり失礼ですね。そういうアナタこそ誰ですか?」
ユキも怪訝そうにミオを見据えるが、その声には動揺も敵意も感じられない。
「それはこっちの台詞よ!」
ユキは冷静な口調だが声を荒げるミオとの間に、不穏な空気が張り詰めていく。