「はいはい、二人共落ち着いて」
アミが二人の間に仲裁に入る。とはいえ、意気込んでいるのはミオだけであり、ユキの方は至って冷静。特に気にする様子も無い。
「ユキ、いきなりびっくりさせてごめんね。この子は私の妹のミオ。ほら、前に話したでしょ?」
アミはまずユキに状況説明をする。相変わらずミオの方は、アミの背中に隠れる様にユキを睨んでいる。
「そう言えば……確かに雰囲気が似ていますね」
ユキは既に床に正座し、アミの話に耳を傾けていた。
アミは続いて背中に隠れる様に睨んでいたミオへ振り向き、ユキの事を説明する。
「ミオ、私達の新しい家族のユキよ。何時までも睨んでないで、ちゃんと挨拶しなさい」
アミの言葉に、ミオは“信じられない”と、飛び上がらんばかりに驚いて。
「ちょっと待ってよ姉様!? 何でこんな得体の知れない奴が、私達の家族になんのよ!」
「ミオ!」
ミオのいきり立つ暴言に、アミは軽く彼女を叱咤し、続いてユキの方を振り向く。
「ごめんねユキ。この通り人見知り激しくて、ちょっとお転婆で……」
アミの謝罪の言葉に、ユキは笑顔で返す。
「気にしていませんよ。それに妹さんの言い分も分かります。いきなり得体の知れない者を家族と言われても、納得出来ないのは当然の事かと」
その後はミオにこれまでの経緯を説明するのに、暫しの刻が過ぎていった。
***
――――夕刻――――
「ふ~ん、そんな事があったんだ……」
アミの状況説明に、ミオはようやく納得した様に呟く。
「でもアンタ、そんな強い様には全然見えないんだけど……」
それもそうだろう。“特異点”で在る事を除けば、ユキはまだ十二前後の少年に過ぎない。
ふとミオに、とある考えが浮かぶ。
「アンタがホントに強いか、私と勝負よ!」
正座しているユキに、ミオは指を突き立てて考案したのを提案。
「ちょっとミオ……」
アミはミオの馬鹿げた提案を諌めるが、ミオは既にやる気満々だ。
「だって姉様? 私にはどうしてもアイツが強いとは思えないの。私がこの目で見ないと認めないから!」
何やら話がおかしな方向へと進んでいく。ユキは深いため息を吐きながらも口を開く。
「何を馬鹿な事を。アナタと勝負をする“メリット”が、見当たりませんのですが……」
そう。これは無意味な事。
そもそもレベルが違い過ぎて、勝負として成立しないのだが、ミオはそんな事知るよしも無い。
「アンタには無くても私にはあるの! ホントに姉様を守れるだけの力があるのか、私に見せてみなさいよ!」
売り言葉に買い言葉。このままでは埒があかないと判断したのか、ユキはやる気無く口を開いた。
「仕方ありませんね。アナタにはもう少し、分かり易い“形”で教えなければならないみたいです」
「へへ、やっとやる気になったみたいね」
“さあ見せて貰うわよ。アンタがどれだけ強いかを”
「もう知らない!」
アミは二人に対し、呆れた様にそっぽ向いた。
ミオはアミのそんな想いとは裏腹に、腰の裏に差した小太刀の鯉口を切ろうとした時だった。
「ーーえっ?」
ミオは確かに見た。それよりも速く、何時の間にか傍らに置いていた刀を抜き放っていたユキが、袈裟懸けに切り掛かっていたのを。
“ちょっーー速っ!!”
ユキの居合いによる超高速の抜き打ちは、小太刀の鯉口を切ろうとしていたミオの身体を、容赦無く脇下から肩に掛けて斬り裂いた。
「きゃああああぁぁぁぁ!!」
斬られていく感触が生々しく伝わっていき、ミオは悲鳴を上げる。そして彼女は鮮血が吹き上がるのを感じながら、自分の身体が二つに分離したのが感覚で分かった。
“そんな……こんな所で死ぬなんて……”
それは予想だにしなかった、突然の惨劇だった。
「どっ、 どうしたの? いきなり悲鳴なんてあげちゃって……」
「――えっ!?」
アミの言葉に我に返り、ミオは自分の身体を見回す。
「嘘……」
其処には斬られた跡等、何処にも無かった。
「どういう……事?」
“確かに斬られた感触まであったのに……”
「――はっ!?」
ミオは思わず目を疑った。先程、刀を抜いて斬り掛かってきた筈のユキ。
そんな形跡等何処にも無いが如く、元の場所で正座したままだったから。勿論、刀も鞘に納められて傍らに置かれたまま。
「どうかしましたか?」
ユキは何事も無かったかの様に、ミオへ問い掛ける。意味有りげな含みを込めて。
そう、何事も無かった。
「そんな……」
その事実を知った時、ミオは力無く膝から崩れ落ちる様にへ垂れ込んだ。
“まさか……今のは“殺気”だけで私を?”
「これで分かりましたか?」
ユキは正座したまま、へ垂れ込むミオを見据え冷静に諭す。
「殺気だけで相手を抑えるのは、埋めようが無い迄のレベル差が無ければ、到底成し得るものではありません」
即ち、闘わずして相手を抑える事を極意とするのが“殺気”。
とはいえ、決してミオが弱いという訳では無い。彼女は少なくとも侍レベル50以上と、ユキは一見しただけで“剣豪”クラスの実力は有る事を判断していた。
むしろユキと変わらぬと思われる歳で、そのレベルにまで到達するのは驚異的と云っていい。
ただ、それはあくまで“通常枠内”での話だ。
特異点の一人で在るユキ。レベル上限を超えた者として称される“臨界突破者”の前では、そもそも強さの“次元”そのものが違うのだから。
侍レベルの上限は『99%』
如何なる才能や努力を以ってしても、常人にこの『1%』の壁を超える事は決して出来ない。
人とは違う存在とされる狂座に於いても“軍団長”ですら、その例外では無い。狂座に於いては僅かな上位軍団長と、当主直属部隊がその例外に当たる。
そして“特異点”と畏怖された、人知を超えた存在。
「アナタは確かに常人よりは、遥かに強い事は感じます。ですが狂座との闘いでは無力に等しく、またこの勝負とやらに於いては無意味な事です。でも安心してください。二人共、私が必ず護りますので」
へ垂れ込んだままのミオに、ユキは冷静に事実を告げるが、その口調はとても穏やかだった。
悪気は無いのだ。感情表現が乏しい為、時として相手を傷付ける事もあるだろう。
「さて、そろそろ夕餉の準備でもしましょう」
もう時刻的には、そろそろ日が落ちる時間帯だ。
ユキの提案に、アミもハッと気付いて立ち上がる。
「そうそう、今日はミオが帰ってきた日だからね。ユキが捕ってきた魚を使って、何か御馳走を作らなきゃね」
「手伝います」
それまで張り詰めていた空気が一変、穏やかな空気へと変わった。
二人は夕食へ向けて、いそいそと準備を始める。
「ほら、何時までもむくれてないの」
アミは納得がいかないのか、へ垂れ込んだまま頬を膨らませているミオの頭に、優しく手を乗せて諭した。