テラーノベル
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無防備な寝顔で、気持ち良さそうに俺の手に頬擦りして、「キモチイイ」と言うのだ。
俺は、自分は冷却シート代わりだと自分に言い聞かせ、おでこや頬、首筋に触れた。
すべすべでもちもちでずっと触れていたい感触。
そのまま手を襟に滑り込ませそうになり、理性が覚醒した。
危なかった。
俺はこれまで、自分はセックスに関しては淡泊で、かなり理性的な男だと自負していた。
経験がないわけではないが、激情に任せて夢中になるような経験はない。
だから、自分に驚いた。
誉は『ナイ』と言ったが、どうやら俺には『アリ』のようだ。
そう自覚してしまったら、意識的に冷静であろうとしなければ、さっきのようにふとした瞬間に興奮してしまう。
俺は用を足して深呼吸し、売り場に戻った。
乾さんはドリンクコーナーの前にいた。が、手にはスマホ。
「乾さん?」
俺の呼びかけに、彼女はハッとして、自分のスマホを指さす。
「アプリが起動しなくてー」
「アプリ?」
「クーポンがあるはずなのにぃ」
乾さんがこんな風に、語尾を伸ばして甘ったるい話し方をするのを初めて聞いた。
その上、俺にグイッと身体を寄せてくる。
それこそ、息がかかるほど近く。というか、体温を感じるほど近く。
「えっ、ちょ――」
「――見てください」
さっきとは違う、きっぱりとした口調で、囁く。
「万引きです」
万引き!?
乾さんはスマホをインカメラにして、自分の奥の高校生を映していた。
高校生だと思ったのは、制服を着ていて、中学生よりは大人っぽくて体格がよく見えたから。
高校生は、周囲を気にする素振りもなく、チョコレートを鞄に入れた。三個も。
「さっきはガムを入れたんです」と、乾さんが真剣な表情で囁く。
そこで俺は、ハッとして彼女のスマホに触れた。
高校生のさらに奥のレジをズームアップする。
店員はこちらを見ていた。
正確には、高校生を。
気づいているのに、注意しない。
明らかに学生アルバイトの彼は、店長なりを呼ぶ素振りもない。
そうして様子を見ていると、高校生はチョコレートの後に箱入りのスナックを鞄に入れて店を出て行った。
同時に、乾さんがレジに向かって駆け出す。
「今の高校生、万引きしてました!」
乾さんの勢いに少し面食らったようだが、バイトの彼は引きつった笑みを浮かべた。
「て、店長に報告します」
「え? いや、今すぐに現行犯で捕まえないんですか? 証拠もあります!」と、スマホを見せる。
「あ、はい。でも、カメラなら店内にもありますし、大丈夫です」
なにが大丈夫なのかさっぱりわからない。
ただ、目の前のバイトくんが、万引きという事実に驚くでも、慌てるでもない様子なのは確かだ。
「あの高校生、きみの友達とか?」
「まさかっ! 冗談じゃない!」
「その言い方だと、あの子が誰か知ってるみたいだね」
バイトくんはグッと息を飲む。
「……万引きのことは店長も知っていて、対策と言うか……はしています」
「つまり、警察には通報していない」
「…………っ」
バイトくんが気まずそうに俯く。
これ以上彼を問い詰めるようなことをしても意味がないし、そもそも彼にしたらただの客に責められるなんてムカつくだけだろう。
「込み入ったことに口出ししてごめんね。あ、乾さん、飲み物買うんだったよね? 俺のコーラも持って来てもらっていい?」
「え? あ、はい」
乾さんがパタパタとドリンクコーナーに戻って行く。
俺はバイトくんに向き直った。
「いらっしゃいませー」
男性客が二人、入店して雑誌コーナーに足を向けた。
同時に、俺の背後からもう一人のスタッフが現れ、カウンター奥のキッチンに入って行く。
「余計なお世話を承知で言うけど、店長が彼をどうにもできないようなら、本社に報告した方がいいよ。報告しないで問題が大きくなったら、注意じゃすまなくなると思うから」
「……はぁ」
「普通のコーラでいいですか?」
乾さんが戻って来て、コーラと緑茶をカウンターに置いた。
「ありがとう」
バイトくんが会計をしてくれて、俺は電子マネーで支払った。
男性客が商品を持って俺たちの後ろに並ぶと、すぐにもう一人のスタッフが出てきて、隣のレジで会計をする。
「あの、私、先に出てますね」
乾さんがそう言って、足早に店を出て行った。
どうしたのだろうと不思議に思っていたら、ひそひそと、けれど少し興奮気味な女性の声が聞こえた。
「恋人はないでしょー。あんなイケメンとデブだよ?」
「わかんないじゃない」
「えー。せっかくのイケメンなのにざんねーん」
気づかなかったが、他にも客がいたらしい。
そして、声の二人は、俺と乾さんが一緒にいることに違和感をもって、聞こえるような小声で、乾さんを侮辱している。
乾さんが俺から離れて先に店を出たのは、彼女たちの声が聞こえたからじゃないか。
ムカつく。
彼女たちの容姿は見えないし、興味もないが、見た目だけで他人を馬鹿に出来るほど自分に自信があるらしい。
すごく、ムカつく。
俺は二本のペットボトルを持って、店を出た。
乾さんは、車のそばではなく、歩道から通りを見ていた。
コメント
1件
人を体型で評価するのは間違ってる。って思うけど、人の口は止められないのが現実だよね😔