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「乾さん?」
「あ、鴻上さん! なんか、消防車の音が近くて」
彼女の言う通り、複数のサイレンが聞こえる。どんどん近づいてくるようだ。
俺も彼女の視線の先を見た。
さっきまで食事をしていたエクセの方向から、俺たちが左折しようとしてやめた交差点を左折している。
「火事かな?」
救急車やパトカーも左折していく。
「事件?」
「どっちにしても、俺たちは曲がらなくて良かった、かな?」
「でも……」
乾さんが振り返って店を見る。
「隠された問題を見つけるのが視察の目的だし、この店に来られて良かったんだよ」
「はぁ……」
急に冷たい強風が吹き、乾さんが自分の肩を抱いて身震いした。
「行こうか」
「はい。あ、私の分まで持たせてしまってすみません」と、乾さんが俺の持つ緑茶に手を伸ばす。
振り返ると同時に、女性二人が店から出て来た。さっきの声の二人だろう。
俺たちを見て、ひそひそと話している。
やっぱり、ムカつく。
乾さんも察したのか、俺から離れて歩き出す。
さらに、ムカついた。
だから、乾さんの肩を抱いた。
「こっ――がみさん!?」
「寒そうだったから」
「大丈夫です!」
慌てて逃れようとする彼女の肩を、抱え込むようにして、逃さない。
「そこまで嫌がられると傷つくな」
「へっ!? いやいや、そんな――。あ、今の『いや』は、そういういやではなくて――」
「――じゃ、嫌じゃない?」
「やっ、へ!? どうしちゃったんですか、鴻上さん! 私は脂肪たっぷりなので、全然寒くないです」
あんまり慌てるから、もっと意地悪したくなる。
「そう? じゃ、俺は寒いから温めて?」
「はいぃー!?」
今まで、女性にされたことのない反応が面白いし、可愛い。
「いいじゃん。相棒なんだから」
「あっ、相棒でもこれは――」
「――早く、一緒にいることに慣れような」
「え……」
俺は助手席のドアを開け、彼女の肩を離した。
「俺は、相棒が乾さんで良かったと思ってるから」
「ありがとうございます! 私も、鴻上さんの相棒になれて、とても光栄です!」
緑茶を握り締めて笑う乾さんに、俺は救われた気がした。
「さっきのエクセの店長ですが――」と、再び走り出した車内で、乾さんが言った。
「――ああいうのも一種のパワハラに当たるんでしょうか」
「んーーー、どうかな。確かに、スタッフにしてみれば店長からの嫌がらせのようにも思えるけど……」
「ネットか何かで見たんですけど、故意に仕事を与えないのもパワハラだそうです。あの店長の場合は故意かはわかりませんが」
「見た感じ、仕事熱心なだけって気もするけど――」と言いながら、ドリンクホルダーのコーラに手を伸ばす。
「――あ、すみません気が付かなくて」
乾さんがコーラのキャップを外す。
「……ありがとう」
「いえ」
乾さんも自分の緑茶のキャップを外し、口をつけた。
コーラが甘く感じた。
なんだろう。
キャップを開けてもらっただけなのに。
口の中が甘い。
「最近エクセを辞めた人に、話を聞きに行くのはダメですか?」
「ああ! それが一番早いね。辞めたなら、話してくれそうだし。その後で、副店長にも聞き取りした方がいいかな」
「そうですね」
「一応、専務に報告して許可をもらうよ。個人情報を持ち出すことになるし」
「はい」
相棒らしい会話が、楽しい。
女性と、こんな風にざっくばらんに会話を楽しむなんて学生の頃以来じゃないだろうか。
「さっきのHARUについては、その後かな。報告義務に関してのマニュアルとか見てみないと」
「それでしたら、誰でも閲覧可能なので印刷しておきます」
「うん、お願いします」と言って話を区切ろうとして、思いついた。
「あ、そうだ。もう一つ頼みがあるんだけど」
「はい」
「敬語、やめない?」
「え?」
「相棒なんだし。入社は俺の方がかなり遅いんだから、後輩になるわけだし?」
「でも……」
「専務補佐って言ったって、結局は乾さんと一緒じゃないと何もできないような使いっ走りだし」
「そんなこと――」
「――ね? 気楽に楽しくやっていこう?」
俺は、出会って早々から崩した口調だった。
乾さんが年下なのは確信していたし、失礼かもしれないが彼女の雰囲気で自然とそうなった。
だから、彼女にももっと俺に慣れて親しみを持って欲しい。
言葉遣いはその第一歩。
「えっと……、はい。気をつけます」
俺は思わずぷはっと笑ってしまった。