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滔々と流れる大河の畔であたしはいつもの様に釣り糸を垂らしていた。今日の収穫は中型なサーモンが三匹。他にも強烈な当たりがあったのだけれど、魔術師なアタシの細腕じゃ上げられなかったわ。魔法で何とかしてやろうかと思ったのだけど、もしも誰かに見られたら不味い事になるし…
アタシがこの地に逃れ着いてどれくらいになるのだろう?。まだ一人として紅髪の一族は現れていない。古の人類が特殊な爆弾で焼き払った大きな都市があった場所。この『棄てられた太古の遺跡』を待ち合わせ場所として、裏切られ襲われた王国領を無事に脱出した同族は集まる約束なのに。
「…………今日はここまでね。……風も出てきたし…もう帰りましょ。」
アタシは長い竿をキュルりと縮めてから大河に向けて手を合わせる。この豊かな川のお陰で毎日の食事にありつけているのだ。お陰で多少の不自由はあっても生きてゆけている。しかもアタシが隠れ家にしている小屋から歩いて10分ほどな漁場はとにかく便利なのだ。さすがに釣った魚を生で食べる勇気はないけれど、こんがり焼けば美味しく食べられると知った。
今日も待ち人は誰一人として来なかった。しかしその寂しさとは裏腹に川面に浮かぶ人影ある。力尽きた者たちの亡骸だ。それは帝国の兵士であったり敵国兵であったり。その出生地を正確には把握できなくとも亡くなった人には変わりがない。もっとも、川の中に飛び込んでまで陸に上げたりはしないけれど、魔術師のアタシにできる事は土に還してあげるだけだ。
「…あれは…兵士?。上流ではまだ争いが続いているのね。とにかく引き上げて埋葬してあげないと。(獣人の女の子?まだ…こんなに幼いのに…)」
だけどこの記憶はアタシのものじゃない。この身体のそもそもの持ち主『レクシア・ラ・クルセイド』はとっくに死んでいる。憑依転生とでも言ったらいいのか判らないけれど、アタシが目を覚ました時にはこの身体だった。アタシが死んだのは日本だったし、こんなに綺麗な素肌をした身体じゃなかった。そして何よりも…あの残酷な世界に魔法なんて無かった。
でも今のアタシは火と水の魔法が使えるみたい。つまり少々なサバイバルには事欠かない便利な身体なのだ。更に見た目なんて日本にいた時よりも断然に美人だしスタイルも抜群。耳の先が少しだけ尖っているけれど、その辺もチャームポイント。でも悲しいのは彼女が自らの心臓を短刀で貫いたことね。だから今でもアタシの左のおっぱいには刺した傷痕があるの。
「…ごめんね?認識票が無かったから名前も呼んであげられなくて…」
河川敷から登った所にある盛土地帯に獣人の少女兵を埋葬する。埋めてしまう前に顔を奇麗に拭いた。その唇に少しだけ紅を引いてあげる。並び立っている流木を十字に組んだ墓標もこれで14個め。アタシがこの肉体になるまでにあった墓標は6個だった。きっとレクシアも見知らぬ人を弔う事に抵抗が無かったんだと思う。でもこの虚しさが貴女は辛かったのね…
アタシは片膝を着いて手を合わせたまま冥福を祈る。土と砂の混ざり合った軟弱な土地だが、野晒しなままよりは幾分マシだろう。一度は死んだこの体もアタシの魂が潜り込んだりしなければ無事に土に還れただろうに。できるだけ大切に使わせてもらうから…レクシアさんもどうか安らかに…
「あれ?また誰か流れ着いてる。…でも鎧姿じゃないみたいね。う〜ん…」
大きな夕日が川向うの山に沈みかけた頃、アタシは住み慣れてきた石組みの小屋に戻ろうと土手を降りてきた。すると柵で囲ったその先に白い服を着た誰かが漂着している。1日にご遺体が二人とか別に珍しくもないのだけれど夕方からの埋葬となると、いくら掘りやすい地面とは言え終わるのは夜中になってしまう。でも見てしまったからには放ってはおけないし…
「………………………。すぅ……………。」
「はぁ〜。(アタシってやっぱり馬鹿だわ。…息があったから助けるのは仕方ないとしても…なんで自分のベッドを貸してまで。…ホント呆れる…)」
何とも心地良さそうに眠っている黒髪の男。何とか引き摺るようにして小屋まで運んではみたものの、その後が大変だった。ビシャビシャなシャツとズボンと革靴と靴下と…悩んだ末にパンツも脱がせた。何となく見慣れた感じの服装だったのだが、ブラウスやスラックスや革靴なんてどんな時代も似かよったデザインだし、この世界にあってもおかしくはないよね。
来た時には何もなかった小屋の中。藁が敷いてあるだけで家具らしい家具は一切なかった。石を組んだだけのコンロと椅子。テーブルもソファーも食器さえも無かった。レクシアとゆう女性はきっと外の世界を一切知らずに生きていたお嬢さまだったのかも知れない。彼女の持ち物は薔薇のレリーフの美しい銀の手鏡と、紅い宝石が嵌め込まれた銀の短刀と、鍵の掛けられた分厚く古ぼけた魔導書だけだった。生活感なんて微塵も無かった。
そこでアタシは使える魔法を駆使して小屋の内装を改造する。板張りだった壁に石を組み上げ土を塗った。足下も石を敷き詰めて平坦に均した。流木を集めて机にしたり、岸に流れ着いてたり埋まっている木材を集めて柵を作ったり。とにかく人の住める環境を整えてみたつもりなのだが…まさか他人に使わせるなど考えもしない。夜は冷えるのにどうしたらいいの。
「う…ん。…はっ!?。…ここはっ!?。………え?。…これは…手錠?」
「……んん〜?。あら?もう起きたのねぇ。……悪いけどベッドに繋がせてもらったからぁ。……大怪我してたわりには元気ねぇ?。何とも無いの?」
結局のところ添い寝みたいになっちゃった。掛ふとんも無いし藁の中に埋もれるしかない不便なベッドだけど、まだ隙間だらけな小屋で眠るには仕方ないのよ。それ、手錠とゆうよりも『手枷』なんだけど。男を自由にさせたら何をされるか解ったもんじゃない。だから全力で拘束してやった。その手枷から蔦を使ってベッドの縁に縛り付けてある。ひとまず安心ね。
「大怪我って?。う!?、痛て…ああ…この胸の傷ことか。…?…あ。もしかしてここは死後の世界とかかな?。え?とゆうか夢でも見てるのか?」
「ほら。ほっぺを貸して。ね?少なくとも君もあたしも温かいわよね?。死んでいることを前提にするのは辞めたほうが良いと思うけど?せっかく『あたしが助けてあげた』んだから。(見た目よりも丈夫ってこと?。でも整った顔立ちねぇ、瞳も漆黒だし。まさかこの世界の貴族かしら?)」
「霊体が冷たいなんて誰が決めたんだよ?。…あ。ごめん、トイレを…」
「!?。ち!ちょっと待って!。そのまま立たないでっ!」
息があったから助けては見たものの、やはり男は今でも恐ろしい。日本で生きていた頃のアタシは本当にドン底の性玩具で、中2から高校を卒業するまで奴らの都合の良い捌け口で、公衆便所で、大学生になってからは高校時代のクラスメイト達の性奴隷で、ATMで、歓楽街の風俗嬢だった。
大学の図書室だろうが公園だろうが所かまわず、毎日毎日奴らの仲間に犯されていた。アタシが孤児院育ちだからか、警察に相談しても相手にされず、引っ越しても引っ越してもアイツらは執拗に追いかけて来た。それは大学を辞めてからも、他県に引っ越してからでもあの街に連れ戻された。
でもたった1人だけ、そんなアタシを奴らの欲望の鎖から解き放ってくれた男がいる。それはアタシが監禁されていた安アパートに押しかけてきた元同級生達が、ネットで売るためのアダルト動画を撮りに来た日だった。抵抗するアタシを殴り、粘着テープで縛り上げて集団でレイプしてきた。
二人、三人と、アタシの上に乗っては中に出して、膣から精液が垂れてくるのを撮影していた。服を破るシーンから全裸になるまでを撮られ、また三人にレイプされる。口を開かなければ鼻を抓まれ、尻を上げなければ腹を蹴られる。口も肛門も膣も、勃起した粗品を突っ込める所はぜんぶ犯された。それでもアタシの肉体は何も感じない。濡れさえもしなかった。
そしてその日の夕方に彼が現れる。少し線の細い、それでも背の高いボサボサ頭な、濃いグレーなハーフコートの男。いきなりドアを蹴破って土足のまま踏みこんできた彼は刑事だった。チラホラと無精髭を生やし、どこかくたびれた表情ながらも眼光は異様に鋭い。そのヨレたコートを全裸なアタシに羽織らせると、威嚇する元クラスメイト達に拳銃を向けていた。
あの大きな背中と、少し低めで耳通りの良かった声は今でも忘れない。逮捕された男たちの仲間の報復を警戒して、毎日病院を訪ねてくれた。アタシを真っ直ぐに見る黒い瞳と、照れ臭そうに犬歯を見せてニカリと笑う笑顔がとても好きだった。でももう二度と会えない。それはアタシが彼を信じきれていなかったから。あの男たちの悪意に…まんまと騙されたから…
「ロゼさん?。引いてるよ?。ほら。……おっと?…ありゃ逃げたか。」
「あらら。ごめ〜ん、ちょっとボーっとしてたわ。…ふあふ。…んにゅ…」
彼を助けてから10日ほどになった。左胸にあった深く抉られたような傷も奇麗に塞がっている。健康上には問題が無いようなので食料の調達を手伝わせる事にした。だけど当面の問題なのは、この黒髪の青年が過去の記憶の一切を失っている事。東洋系の顔立ちはとても整っていてイケメンだと思う。するんとした輪郭と長い睫毛の似合う鋭い目つきに通った鼻筋。ヒゲなんて毛穴すら見えない。口角の下がった唇には色気さえも感じた。
そして当然のように背が高くて、肩幅の広い細マッチョ。エイト・ピースな腹筋なんて初めて見たわよ。お尻もキュッと上がり気味に引き締まっていてマニアにはきっと堪らないんだと思う。流石は異世界の美青年。日本のリアルには絶対に存在しない男だわ。年齢的には行ってても二十歳くらいだと思う。う〜ん。四歳も歳下かぁ。…何にしても釣り合わないわね…
「ロゼ?今日はこれくらいにしとく?。日もまだ高いし、釣れた魚を街に売りに行ってみても良くないかな?。そんなに遠くはないんだろう?」
「ここから街まで片道30キロもあるのよ?。旧街道には盗賊だって出るって言うし。行くんならアタシも行くわ。君が逃げ出さないとも限らないからね。『命の恩人であるこのロゼさん』に、恩も返さずに消える気?」
それでも今のアタシの容姿なら、男のひとりや二人を手玉に取るのは簡単にできると思う。肋骨の浮いた貧相な身体だったあの頃よりも、この身体のほうがずっと色気がある。いくら今は素直な好青年の顔をしていても所詮は鬼畜な男、どこで本性を現すか解らない。それまでにこの美貌とエロい体を利用して骨抜きにしてやるわ。アンタはあたしの下僕になるのよ?
それに悔しいかなアタシは、男の体を悦ばせる手技を嫌と言うほどに心得ているのよ?ちょっと握って扱くだけでスグに逝かせられるわ。もし力尽くでレイプしようとしてきても簡単に火ダルマにだってできるもの。日本にいたあたしは余りに無力だったけど今は違うわ。殺す事もできるのよ?
「はぁ。信用ないなぁ。手枷を外してくれたから少しは頼られてるのかと思ってたのに。確かに魔法で何でもできるけど日用品が欲しくないのか?ベッドも藁だけじゃ毎日纏めないとだし。シーツとか掛け布団とか、枕だって欲しくないのかなぁ?。それに拾った武具だって売れるかもだよ?」
「……そもそもどうやって行くのよ?。あたしの魔法はそんなに万能じゃないわよ?。それとも『レオ』は瞬間移動や亜空間に干渉できる高位な術式でも使えるのかしら?。ま、あたしでも使えないんだから無理よね?」
あたしは記憶の無いこの青年に『獅子(れお)』とゆう名前をつけた。これはアタシをドン底から助け出してくれた刑事さんの名前。そして唯一女として愛した男性でもあるの。警護とゆう名の僅か二ヶ月の同棲生活。とても幸せだった。でも幸せであることが怖かったのも事実ね。もしあの時のあたしがレオさんを信じ続けていさえすれば、きっとあたしは死ななかった。最後の最後にまたあいつらに公衆便所にされる事もなかったのに。
「ひぃいいいー!?高いってばレオーっ!?。落ちるっ?落ちてる!?」
「俺が抱っこしてるから大丈夫だって。…俺は魔法を知らないけど魔力はあるみたいだ。イメージするだけで空を跳ねることだってできるしね♪」
「できるしねっ♪じゃないからぁー!。ひー!高いのダメなのよー!?」
「でもあんまり低いと砂嵐に巻き込まれるしなぁ。ほら、顔を伏せて?」
何がどうなって俺はここに居るんだろう?。あの藁の中で目を覚ます以前の記憶が全く無い。同じ様に横に埋もれて眠っていた美女に驚きもしたけれど、彼女が俺を救ったのだと左胸の鋭い痛みが教えてくれた。だけど俺はどこの誰で何者なのだろうか?。何で名前さえも思い出せないんだ?
そんな俺にロゼと名乗った美女は警戒しながらも世話を焼いてくれる。上目遣いに睨みながらも、ぶっきらぼうに食事をくれたり体を拭いてくれたり。初めて見た火の魔法や水の魔法を自在に扱る、とても優しい美人さんだ。少し質素でも、白くて長いフード付きのドレスが良く似合っていた。
「レオ!あんた後でお説教だからねっ!?。(ひー!心臓が痛いーっ!)」
「はいはい。あ。ほら、もう見えてきた。…ロゼ?ちょっと苦しいって…」
だがそんな女性がたったひとりで暮らすには寂しすぎる場所だと思う。時おり見せるロゼの暗い表情から察するに、彼女なりに他人を遠ざける理由があるのだろう。だが閉じ籠もってばかりじゃ体に良くないよ。なによりあの小屋には生活必需品が何も無い。いくら記憶が無くても陶器や箸くらいは解っている。身の回りの事は魔法でできても、やはり道具は必要だ。
そして俺は自分の身体能力の高さをすぐに理解した。その気になれば相当な高さまで跳ぶ事もできるし、河原に落ちている自然石を握り潰せたりする。つまり普通の人間では無いらしいのだがロゼには内緒だ。今こうして空中を駆けているのも魔法ではなく魔力の応用。着地点の空気を圧縮して足場を作り、そこで前方へ加速しながら跳ねる様に踏み切ってるだけだ。
「ほい。干物が30枚と生魚15匹の分で銀貨41枚。市場よりも宿に売り込んで正解だったよ。干物なんて良く出来てるって褒めてくれてたし、また頼みたいってさ?。こんなんだったら全部持ってくりゃ良かったな。」
「…ごめんレオ。お金はアンタが持ってて。それよりアタシは髪を染めたいの。それらしいお店を探してくれない?。…赤い髪は…嫌われるのよ…」
「わかった。………あ。あれ。あそこじゃないかな?あの看板そうだろ。」
そこは砂漠のど真ん中にあるオアシスのような城塞都市だった。高く古い壁に護られた巨大な西洋風の古城と言ったほうが解りやすいだろう。巨大な門には門番らしい女兵がいたが目的を話すと簡単に通しててくれた。広がる石畳の大通りは活気に満ちていて、信じられないくらいに人がいる。
門番に訪ねた一番大きな宿の勝手口で交渉した。こうゆう乾いた土地での鮮魚は何よりも珍しい食材になる筈だ。そんな俺の思惑よりも遥かに高く売れたのはありがたい。これでロゼに新しいドレスを買ってあげられる。
しかし砂漠地帯もあってか行き交う女性たちは肌の露出が多い。しかも若い娘ばかりで何となく気まずくなってしまった。更にはさっきからロゼが俺の背後に隠れっぱなしで暑苦しいし。髪の色ってそんなに大切なのか?
「ひとり一泊2食で銀貨1枚。そう考えると案外と価値は高いのねぇ。」
「ふぅん?。もぐもぐもぐ…。ロゼでも知らない事あるんだなぁ。ぱく。」
彼女が髪を染める前に決めた待ち合わせ場所は城下町の中心に位置する石組みの砦だった。五階建てのその建物はとても重厚で趣がある。アーチ型の窓からは国旗らしき赤く大きな旗が、垂れ幕のように下げられていた。その1階にある食堂で、俺とショートカットな美女は顔をつき合わせて食事を摂っている。何やら騒がしい空間なのだが居心地は決して悪くない。
「貨幣価値ってゆうのは国で違うのよ。しかもこんなに大きな街なら尚更ね?。…あ、すみませ〜ん。…この赤ワインをボトルで。あとチーズと。」
「もぐもぐ。…しっかし見事な銀髪だねぇ?。眉毛まで銀色だし…」
「まぁ、徹底的に脱色してもらったから暫くは大丈夫よ。…ぐっ…ぐっ…ぐっ…ふぅ。あんたはイイわよねぇ普通に黒髪だし。ほらモテてるわよ?」
このホールに入ってから周りの視線がとても気になってる。それはアタシじゃなくて確実にレオを見ているんだけど背中に悪寒が走った。あの女達の眼光は欲望そのものだ。アタシが働かされていた風俗店で毎日のように浴びせられていた性欲を剥き出しにした淫らな視線。その陰鬱さにゾッとする。どの世界でも生物としての三大欲求は健在みたいね。悍ましいわ。
「ん?。ああ、向こうの席のお姉さんたちか。別にどうでもいいよ。それにしても、ここにいる皆んなが武装してないか?。あれって鎧だよね?」
「何かしらのギルドでもあるんじゃないかしら?。魔物や魔獣を討伐してお金を稼いでいる組合があるのよ。(これはレクシアの記憶だけどね?)」
「魔獣かぁ。さっき砂漠でデカい猛獣みたいなのが居たなぁ。ねぇロゼ?そのギルドって俺でも入れたりするのかな?。経験は無いんだけどさ?」
「あのね?討伐者ってゆうのは、それなりに武器の適性があるの。それに専門職だってあるから誰でもなれるものじゃないのよ。…それとレオ?街なかで魔法は使っちゃ駄目よ?。…もしも見つかれば拘束されるからね。」
「そうか。わざわざ髪色を変えたのも関係してるみたいだな。解ったよ、ロゼの言う通りにしよう。そもそも俺が使える魔法なんて数えるほどしかないんだし、使えないからって不便でもないしな?。…ごくごくごく…」
レオがそれなりに察しが良くて助かるわ。長々と説明しなくても彼なりに理解してくれるのは、エセ異界人としても非常にありがたい。もっと詳しく教えて欲しいとか言われても、肉体の本当の持ち主の記憶を全て覗ける訳でもないからシドロモドロになるのは解りきってるし。そうね、あたしももう少しこの世界に触れてみても良いのかも知れない。生きるために…
「あれぇ?銀髪のエルフさぁん、黒髪の奴隷なんか連れてんのぉ?。こーゆー種族はナニが小さいらしいケドさぁ?実際のところどうなのよぉ?」
わりと口に合った食事を済ませて席を立とうとした途端に、アタシの背後から女の声がした。眼の前に座るレオは眉間に浅く縦シワを刻んでいる。
少し癖のあるボサボサな髪型と、獲物を見据えるような鋭い目つきに思わずゾクリとしてしまう。初めて見る表情だからかなぜかトキメイてしまった。それよりもレオを奴隷だなんてどうゆうつもり?とか思っているうちに、その女は大きな手をアタシの肩に置いて力尽くで長椅子に座らせた。
その褐色の肌をしたブロンド髪の女は、まるで常夏娘のような紐状の白いビキニを着けている。肩当てや手甲も着けているからには討伐者なのは間違いないのだけれど、こんな格好で魔物や魔獣と闘えるの?どこからどう見ても防具には見えないんですけど!。しかも結構な美人なんだしさっ!
「どうゆう意味ですか?。って言うか、無礼じゃありませんか?貴女。」
「えー?。そもそも野良の黒髪なんかをさぁ?ギルドのホールに連れて入った時点でめちゃくちゃ失礼すぎるんだけどぉ?。エルフの美人さん♪」
「…………………。(また髪色かよ。…ここは奴隷制度がある街なんだな…)」
アタシが座らせられられたのを見てレオも表情を変えないままで席に着いた。両腕で頬杖をついて…アタシの隣に座った大柄な女性を睨み据えている。何事にも慌てたりしない彼の態度に、若い見た目とのギャップを感じた。こうゆう時こそ冷静になれるのかも知れない。流石は異世界の男ね。
それよりも髪を銀に染めたのは思っていた以上に功を奏したのかも知れない。このままエルフに成り済ませば酷い目に遭う事も恐らく無いだろう。
アタシが現実逃避によく読んでいた異世界ファンタジーでもとても特別な種族に分別されていたし『虎の威を借る狐』だけれど生き抜く為だしね。
「まぁ確かに?奴隷を持てるのはアンタみたいな上級種族とか貴族や金持ちの特権だけどさぁ?この黒髪は首輪をしていないよねぇ?。つまりアンタ専用って訳でも無いって事だろう?。譲ってくれないか?コレでさぁ。」
「…この小さな袋は何ですか?。金貨?…こんなはした金で彼を譲れと?(貨幣価値としての平均は銀貨が20枚で金貨1枚ね。宿代が銀貨一枚だから円なら最低でも一枚が五千円くらいかしら。金貨1枚で…十万円?)」
「えー?けっこう奮発したんだけどぉ?。奴隷市場なら相場が金貨10から15枚。…この黒髪は見た目も悪くないから30出すよ。これだけあれば亜人系や獣人の奴隷を何人か買えるし、調教次第で夜だって。ねぇ?」
「なっ!?。そんな事の為に彼といるのではありません!。(やっぱりそう来るかぁ。この肉体もかなり性欲が強いのよねぇ。レオくんを見ているだけで濡れたりするし。…そうゆう本能なのかしら?種族の存続的な?)」
間違いない。この女はレオを専用の性奴隷にしようと考えている。じゃなきゃ円換算で300万なんて大金をはたく理由がない。それでもアタシが1ヶ月かけて稼がされていた金額をこんなにも簡単に支払えるなんて、この女は討伐者として成功しているのかもね?。つまりエルフを騙る今のアタシと比べるまでもない勝者って事になるわ。それでもレオはあたしの…
「………。いいよ?。アンタに雇われてやる。その代わり50だ。この場で払えるなら着いてってやるよ。それと、俺を奴隷として扱うんなら討伐にも参加させてくれ。その報酬で金を返したら開放しろ。色んな意味で飽きた頃には自然と居なくなる奴隷とか悪くないだろ?しかも金は戻るし…」
「お?。ちゃんと話せるんだぁアンタ。それじゃあ奴隷って言ったことは謝るよ、ゴメン。…でも50かぁ。まずアンタさぁレオ、だっけ?。何かしらの武器とか使えるの?。あっさり死なれたら元も子もないからさ?」
「いや、武器とか使ったことはまったく無い。でも、何事もやってみなきゃ解らないだろう?。そーゆーのの扱いは現場で覚えるよ。どうかな?」
あの小屋での暮らしでも時々ロゼから漂っていた誘う様な甘い香りがこの女からも漂ってくる。蕩けた目つきや火照り気味な紅い唇と、少し上気した頬に汗ばんだ首筋を見る限り、恐らく発情でもしているのだろう。しかしこんなにも露骨に誘惑してくるとは、余程の自信があるんだろうなぁ。
とにかく金貨が50枚もあればロゼもこの街で暮らせるはずだ。あの小屋で暮らしていた事情は理解していても、待ち人だけが訪れるとは限らないのだ。実際に野盗がうろついてもいたんだし。あの夜は俺の気配で引いてもくれたが次もそうなるとは限らないし多勢に無勢だ。いま以上に強くなる必要がある。せめて戦い方くらいは覚えないと…ロゼの事を守れない。
「れっ!?レオ!?。ナニ勝手なことを言い出してるのよっ!?。アタシへの恩返しはどうなるの?。命の恩人を放ったらかしにするつもり!?」
「そんなつもりは無いよ。たださっきも言ったけど、記憶の無い俺は自分を試す必要があるんだ。何ができて何ができないのか先ずはそれを知らないとロゼの事だって守れやしない。それに、あそこでのふたり暮らしは悪くなかったけど実際に不便だっただろう?ロゼもこの街で暮せばいい。」
「へぇ。レオはこのエルフ様に惚れてるんだ。自分を身売りしてでも彼女には良い暮らしをさせてやりたいって訳か。いいだろう、要求どおり金貨を上乗せしてやるよ。その代わりレオ?今夜からわたしと一緒だからね?寝るも起きるも討伐だって一緒だ。ほらエルフさま、残りの金貨だよ。」
どこから出したのか、褐色の肌をした女はアタシの眼の前に20枚の金貨を数えながら置いた。アタシの手には最初にレオから渡された30枚の金貨が入った小袋が握られている。 でも…これで良いとは欠片も思っていないのに勝手に話が纏まってしまった事にアタシは無性に腹が立ってきた。
レオはアタシを守る為の修行みたいに言うけれどキミがいない間のアタシはどうすれば良いのよ?いくらお金があるからって何でもできる訳じゃないのに!。やはり男は自分勝手な生き物なのだ。もう信じたくないっ!
そう思いながらもアタシの眼はレオの背中を追っていた。彼を引き止めるなら今しかないのにアタシの脚は動かなかった。レオが席を立つ時に見せたはにかむような笑顔が胸に刺さる。アタシなんかの為に自ら望んで身売りした男の背中はとても大きくて、なぜだか目頭が熱くなった。…レオ。