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麗太
#追放
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第191話 動く檻
【現実世界・駅周辺南側/臨時医療スペース付近・朝】
六つの手持ち灯が、ラストを囲むように動いていた。
完全な円ではない。
固定された檻でもない。
人が持ち、少しずつ位置を変えながら作る、不安定な光の囲いだった。
ラストの足元では、錆が広がっている。
排水溝の縁。
倒れた標識。
医療器具の金属脚。
外されたフレームの残骸。
赤茶けた筋が、まるで生き物のように伸びていく。
だが、六つの光が交差する内側では、その進みが少し鈍っていた。
ラストはゆっくり顔を上げる。
「……動く」
「止まらない光」
「面倒……」
木崎はカメラを構えたまま言った。
「止まってるものを錆びさせるんだろ」
ラストは答えない。
「なら、こっちは止まらない」
六つの光が、少しだけ位置を変える。
正面の二つが下がり、左右の二つが前へ出る。
背後の二つが斜めに動き、光の線がラストの足元を切るように交差した。
ラストの歩みが、また鈍る。
しかし、止まるわけではない。
ラストが手を上げた瞬間、右側の標識の残骸が赤茶けて崩れた。
光を持っていた警官の足元へ、錆の粉が広がる。
「田村、右へずれろ!」
木崎が叫ぶ。
警官が横へ動く。
光の位置が変わり、檻の形が一瞬歪む。
その隙を、ラストが見逃さない。
一歩。錆が前へ進む。
木崎の靴先に、赤茶けた粉が近づいた。
「木崎さん!」
「下がるな!」
木崎は叫んだ。
「俺が下がったら、後ろの導線が食われる!」
背後では、戻ってきた人々が北側へ移動している。
まだ全員は抜け切っていない。
医療班も、機材を抱えて動いている。
ここで木崎が退けば、ラストはそのまま人の列へ届く。
木崎はラストを睨んだ。
「お前は警官じゃない」
ラストの目の奥で、文字列が乱れる。
「……違う」
「借りただけ」
「借り物なら、返せ」
木崎は一歩も退かない。
「その制服で、人のいる側に立つな」
ラストの周囲の錆が、一瞬だけ止まった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸方面/資材ヤード・朝】
日下部は画面を凝視していた。
《LIGHT CAGE / PARTIAL EFFECT》
《RUST SPEED / REDUCED》
《ROLE INTERFERENCE / DETECTED》
《CIVILIAN TRANSFER / IN PROGRESS》
「効いてます」
日下部が言った。
「動く光の檻で、錆の速度が落ちています」
佐伯がすぐに記録する。
「六点交差、有効」
「固定光より移動光が有効」
「役割否定でラスト反応に乱れ」
村瀬が画面を見ながら言う。
「でも、止まってはいません」
「はい」
日下部は頷く。
「今は遅らせているだけです」
城ヶ峰が低く言った。
「拘束するには何が足りない」
日下部は画面に線を引いた。
「光の檻がまだ開いています」
「人が持っているので、どうしても揺れる」
「それに、ラストが周囲の金属を崩すと、持ち手が動かされる」
「なら固定するか」
「固定したら錆びます」
日下部は即答した。
「だから固定ではなく、順番を決めて動かす必要があります」
佐伯が顔を上げる。
「順番?」
「はい」
日下部は六つの光点を画面上で動かした。
「全員が同時に動くと檻が歪みます」
「でも、二人ずつ交代で動けば、常に三角形が二つ残る」
「三点交差を維持したまま、檻全体を移動できる」
村瀬が小さく言う。
「歩く檻……」
「そうです」
日下部は答えた。
「ラストを止めるのではなく、こちらが決めた場所へ押し込む」
城ヶ峰が聞く。
「押し込む先は」
日下部は少しだけ画面を切り替えた。
「駅前の南側、旧バス待機レーン」
「金属は多いですが、すでに腐食して崩れかけている」
「逆に言えば、これ以上ラストが利用できる連続金属が少ない」
「そこへ樹脂マットと手持ち灯で、非金属の閉鎖域を作ります」
佐伯が続ける。
「そこに誘導して、役割剥がしを重ねる」
日下部は頷いた。
「はい」
「光だけでは止められない」
「でも、匠さんの言った通り、警官の役割を剥がせば、動きが乱れる」
「乱れた瞬間に光の檻を閉じる」
城ヶ峰は短く命じた。
「作戦化しろ」
「木崎へ送れ」
「逃げるのは、ここまでだ」
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/校庭・朝】
ハレルとリオは、ジャバを体育館から少しずつ離していた。
完全に押しているわけではない。
むしろ、ぎりぎりだ。
だが、距離はできている。
王都から来た術師たちの結界が、体育館側の揺れを受けている。
ダミエの負荷も、ほんの少しだけ落ちた。
ノノの声が入る。
『その距離を保って!』
『ジャバが体育館へ近づくと、また箱の亀裂が広がる!』
ハレルは荒い息で答える。
「分かってる!」
ジャバは校庭の中央で肩を回していた。
「さっきより守り方が上手くなってきたな」
リオが副鍵を構える。
「そっちは雑になってきたな」
「あ?」
「笑う余裕が減ってる」
ジャバの目が細くなる。
次の瞬間、ジャバが踏み込んだ。
ハレルはその足元へ〈固定界〉を打つ。
「一点固定――〈固定界〉!」
白い杭が地面に立ち、ジャバの踏み込みがわずかに乱れる。
リオがその隙に光刃を飛ばす。
ジャバは腕で受けるが、黒い影が散った。
「ちっ」
ジャバは舌打ちし、後ろへ跳ぶ。
ハレルは追わない。深追いすれば、体育館側が空く。
リオも分かっていた。
「押し返すだけだ」
「ああ」
ジャバは二人を見て、にやりと笑った。
「逃げた女、追わなくていいのか?」
ハレルの表情が一瞬だけ揺れる。
だが、すぐに主鍵を握り直した。
「今は、ここを守る」
ジャバはつまらなそうに舌を鳴らした。
「変に冷静になりやがって」
その時、校舎側の黒い影が一つ、細く揺れた。
レアの反応ではない。
だが、ハレルは一瞬そちらを見た。
リオがすぐに言う。
「見るな」
「……分かってる」
レアは見つからない。
でも今は、ジャバを離す。
それが分かっていても、胸の奥は落ち着かなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館内・朝】
サキは、空の箱の前に座っていた。
レアはいない。
ノノにも追えない。
箱の外側には、亀裂だけが残っている。
生徒たちはまだ中央に集まっている。
名前確認は続いている。
「ミナ」
「いる」
「ユウタ」
「いる」
その声が、体育館を支えていた。
ダミエは壁際で、ようやく立ち上がった。
だが、顔色は悪い。
サキが近づく。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫ではない」
サキは少し驚いた。
ダミエがそんなふうに言うのは珍しい。
「だが、倒れるほどではない」
「それ、大丈夫って意味じゃないよね」
「そうだな」
ダミエは空の箱を見た。
「レアを逃がした責任は私にある」
サキは首を振る。
「違う。ジャバが揺らした。パイソンもたぶん関わってる。レア自身も選んだ」
「それでも、私は箱を保つ役だった」
サキはしばらく黙った。
そして、静かに言う。
「レア、変わってたと思う」
ダミエはサキを見る。
「怖くなくなったわけじゃない。
でも、最初に豪華客船で会った時とは違う」
「前は、人を揺らすことそのものを楽しんでる感じだった」
「でも今は、自分が何なのかを知りたがってた」
ダミエは少しだけ目を伏せた。
「それが一番危うい」
「うん」
サキは頷いた。
「でも、戻ってくる可能性もあるんだよね」
ダミエはすぐには答えなかった。
少しして、低く言う。
「ある」
「ただし、戻る場所をこちらが用意できなければ、戻らない」
その言葉が、サキの胸に残った。
レアを捕まえるだけでは駄目なのかもしれない。
戻る場所を作る必要がある。
でも、それが何なのかは、まだ分からなかった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・駅周辺南側/臨時医療スペース付近・朝】
木崎のイヤホンに、日下部の声が入った。
『木崎さん、作戦を送ります』
『六点の光を二人ずつ動かしてください』
『常に三点交差を二組残す』
『ラストを旧バス待機レーンへ誘導します』
木崎はラストから目を離さずに答えた。
「誘導してどうする」
『そこに非金属の閉鎖域を作ります』
『まだ完全拘束ではありません』
『でも、ラストの進行をかなり鈍らせられるはずです』
「役割剥がしは」
『継続してください』
『むしろ、それがないと光だけでは足りません』
木崎は小さく息を吐いた。
「分かった」
六つの光を持つ警官たちへ叫ぶ。
「二人ずつ動け!」
「俺の合図で、前二人が下がる。左右二人が寄る。後ろ二人は斜めに開く!」
「光を切らすな!」
警官たちが緊張した顔で頷く。
ラストはその動きを見ていた。
「……動く」
「人が、檻になる」
木崎は言う。
「ああ」
「お前が錆びさせられない檻だ」
ラストの目の奥で、文字列がまた乱れる。
「お前は警官じゃない」
木崎は続ける。
「警官の姿で人を追うな」
「その制服で、戻った人たちの前に立つな」
ラストの足元で錆が濃くなる。
「……借りた」
「余っていたから」
「余ってない」
木崎は即座に返した。
「それは、誰かが着ていたものだ」
「誰かが守るために使った顔だ」
「お前のものじゃない」
ラストの口元が、わずかに歪む。
「……顔」
「役割」
「中身は、いらない」
「いる」
木崎は一歩前へ出た。
六つの光が動く。
ラストの左右を斜めに切る。
「中身がないなら、そこに立つ理由もない」
ラストの足が止まった。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬で、医療スペースの人々が北側へさらに進んだ。
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸方面/資材ヤード・朝】
日下部は、その一瞬を見逃さなかった。
「止まりました!」
村瀬が叫ぶ。
「ラスト、約二秒停止!」
佐伯がすぐに記録する。
「役割剥がし発話後、停止」
「六点交差中、錆進行低下」
「旧バス待機レーンへの誘導開始」
城ヶ峰は画面を見たまま言う。
「二秒あれば何ができる」
日下部は答えた。
「人を動かせます」
「光の檻をずらせます」
「そして、次は三秒にできます」
城ヶ峰の目が鋭くなる。
「なら積み上げろ」
「はい」
日下部は画面に次の線を引いた。
ラストの進行方向。
光の檻の移動。
旧バス待機レーン。
非金属閉鎖域。
まだ反撃は始まったばかりだ。
だが、逃げ道ではなく、敵を追い込む線が初めて地図に描かれた。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/薄い演算空間】
パイソンは、白い配置図を見ていた。
現実側では、ラストが光の檻に押され始めている。
学園側では、ジャバが体育館から少し離されている。
レアの反応は、完全に消えている。
パイソンは静かに目を細めた。
「ラストが読まれ始めましたか」
それは予想より少し早い。
だが、まだ問題ではない。
ラストが押されれば、現実側はそこに集中する。
ジャバが押されれば、学園側は校庭に集中する。
その間に、観測から外れたレアがどこへ向かうか。
パイソンは、学園の空白を見た。
「さて」
「君は本当に、自分で選べますか」
黒い配置図の外側で、小さな影が一つだけ揺れた。
◆ ◆ ◆
現実側では、木崎たちがラストを押し返し始めた。
まだ倒せない。
まだ拘束もできない。
それでも、逃げるだけではなくなった。
六つの動く光。
役割を剥がす言葉。
そして、錆が遅れる一瞬。
その一瞬を積み上げれば、反撃になる。
学園側では、ハレルとリオがジャバを体育館から引き離し、
サキは空になった箱の前でレアの変化を考えていた。
レアは消えたまま。
だが、戻る可能性が完全に消えたわけではない。
駅を戻すためには、ラストを止める。
学園を戻すためには、レアを見つける。
二つの課題が、はっきりと形を取り始めていた。