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#サレ妻
都築七美
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ゆうき
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みぅです🤍🥀 第5話、読み終わりました。 自分の四十九日を見に行くっていう始まりからもう引き込まれました…。陽翔くんが「ママ、朝起こしに来るって言ったもん」って言うとこ、本当に切なくて。目の前にいるのに会えないお母さんの辛さがじんわり来ました。 それと榊さんの白いガーベラ、すごく気になります。三年前に一度会っただけの人のために、わざわざ真冬に探して持ってきたんだよね…あの花束、絶対意味があるよね。 最後、墓石に凛さんの名前がないってとこ、背筋が冷えました。続きが気になる…次も静かに読ませてください🖤
一月七日。
私は、自分の四十九日の法要を見に行った。
「二時間。走らない、泣かない、転ばない。守れないなら許可は出さないよ」
東雲はそう言って、外出許可の書類に判を押した。
病院の売店で買った大きなマスクをつけ、首にはスカーフを二重に巻く。借りたコートの襟を立てると、鏡の中の知らない女は、さらに誰だかわからなくなった。
タクシーの窓の外を、雪がちらつき始めていた。
*
遍照寺は、御影家の代々の菩提寺だ。
嫁いだ年のお盆に、私はこの寺の台所で、お義母さまに言いつけられて精進料理を三十人分作った。
墓地へ続く石段が、雪で白くなっている。私は手すりをつかんで、一段ずつ上った。
本堂からの読経が終わったところだった。
私は墓地の奥の、大きな杉の木の陰に身を寄せた。
御影家の墓の前に、黒い喪服の人たちが集まってくる。
先頭は蒼真だった。
黒いコートの肩に、雪が薄く積もっている。
その腕に、そっと手を添えている女の人がいた。
栗色の巻き髪を低い位置でまとめ、黒いワンピースの胸元に一連の真珠。花園麗奈。
秘書が社長を支えている、と言えばそう見える距離だった。けれど私には、その指先が蒼真のコートの袖を、ほんの少しだけ握っているのがわかった。
その後ろに、お義母さま。
白髪まじりの髪をきっちりと夜会巻きにし、黒い着物の背筋が、雪の中でも定規を当てたようにまっすぐだった。
お義母さまは誰とも目を合わせず、無表情に線香を立てた。白檀の匂いが、ここまで流れてくる気がした。
そして。
お義母さまの着物の袖のそばに、小さな黒いコートが立っていた。
くせっ毛の頭。胸にうさぎのぬいぐるみを抱えている。
陽翔。
息が止まった。
マスクの内側で、唇が勝手にその名前の形になる。
陽翔は泣いていなかった。
ぴょんたを抱きしめたまま、参列者の顔を、一人ずつ見上げていた。
叔母さまの顔。会社の人の顔。お寺の人の顔。見上げては、また次の人へ目を移す。
探しているのだ。
ここにいる誰かが、ママかもしれないと思って。
「ねえ」
陽翔が、お義母さまの袖を引いた。
澄んだ声が、雪の墓地によく通った。
「ママは? ママ、どこ」
参列者が、そっと目を伏せた。
麗奈が身をかがめ、陽翔の顔をのぞきこむ。
「陽翔くん。ママはね、お空にいるのよ」
「お空じゃないもん。ママ、朝、起こしに来るって言ったもん」
足が、勝手に前へ出かけた。
私は手袋の上から、自分の手のひらに爪を立てた。
一歩でも出れば終わる。マスクを取って抱きしめれば、陽翔は気づくかもしれない。そしてその場にいる蒼真も、気づく。
杉の幹に背中を押しつけた。
爪が、手袋の布越しに肉に食いこんでいく。痛みだけが、私をその場に縫いとめていた。
「陽翔、静かになさい」
お義母さまの声は、低く、平らだった。
けれど、陽翔の頭に置いた手だけは、少しも動かさずにそこにあった。
*
法要が終わりかけたころ、石段を上ってくる足音がした。
背の高い男の人だった。
黒いコートに、黒い長傘。銀縁の眼鏡の奥の目が、切れ長に冷たい。後ろへ流した黒髪から、一筋だけ額に落ちている。
腕に、白いガーベラの花束を抱えていた。
榊さん、と私は心の中で呼んだ。
榊玲司。亡くなったお義父さまの、もう一人の息子。
御影の家では、名前を出すことさえ嫌がられる人だ。三年前、お義父さまの葬儀の日、私はこの人を勝手口から通して、焼香をさせた。
雨の日だった。黒いスーツの肩が、ずぶ濡れだった。
言葉を交わしたのは、それきりだった。
参列者たちの空気が、すっと冷えた。
お義母さまが、墓の前に立ちふさがった。
「あの人の子が来る場所ではないわ」
雪の音がするほどの静けさだった。
榊さんは表情を変えなかった。
「花を置いたら、帰ります」
彼はお義母さまの横を通り、墓の正面ではなく、脇の石の上に花束を置いた。
雪の上の白いガーベラは、どこか季節外れに見えた。
一度だけ、墓誌を見上げた。
それから黙って一礼し、来た道を戻っていった。
麗奈が小さく肩をすくめ、蒼真に何かささやいた。
蒼真は苦笑して、首を振った。
私の隠れている杉のすぐ前を、喪服の女の人が二人、ゆっくり通り過ぎていった。
一人は、お義父さまのお兄様の奥様、多恵子叔母さまだった。骨董と噂話が何より好きな人だ。
「宗一郎さんの外の子まで来るなんてねえ。貴和子さん、顔色ひとつ変えないんだから」
「でも、あの秘書さん。四十九日も済まないうちに、あんなにくっついて」
「いいのよ。どうせ澪さんがいたころから、そういうことだったんでしょ」
叔母さまは、喪服の袖で口元を隠して笑った。
「澪さんも気の毒にね。あれだけ貴和子さんにいびられて、最後は旦那にまで裏切られて。……まあ、死んじゃったら同じことだけど」
二人の足音が遠ざかっていく。
私は杉の幹に額をつけた。
知っていたのだ。みんな。
知っていて、誰も何も言わなかった。私が生きていたときも、死んだことになったいまも。
*
参列者たちが山門へ向かい始めた。
私は見つからないように杉の陰を離れ、奥の墓の列の間を、低くなって移動した。
陽翔が、一度だけ振り返った。
私のいるほうではなかった。
墓のほうを、じっと見ていた。お義母さまに手を引かれるまで、ずっと。
黒い車が何台か、寺の下から走り去っていく音がした。
しばらくして顔を上げると、山門のほうから、さっきの黒い長傘がゆっくり戻ってきた。
榊さんだった。
彼は墓には向かわず、私がさっきまで立っていた杉の根元で足を止めた。
しばらく、しゃがみこんでいた。
靴紐でもほどけたのだろう、と私は思った。やがて彼は立ち上がり、今度こそ石段を下りていった。
*
誰もいなくなってから、私は墓の前に立った。
線香の煙が、雪の中でまだ細く上っている。
白いガーベラの花びらに、雪が少しずつ積もっていた。
私は花束の上の雪を、指先でそっと払った。
真冬に、白いガーベラ。花屋で探さなければ、手に入らない花だ。
あの人は、どうしてこの花を選んだのだろう。三年前に一度会っただけの、弟の妻のために。
花束の根元には、店の名前も、カードもなかった。
ただ、茎が一本ずつ丁寧に揃えて切ってあった。花を扱い慣れた人の手だと思った。
御影家の墓の横に、黒い墓誌が立っている。
代々の名前が並ぶ、その一番新しいところに、彫られたばかりの白い字があった。
御影澪。二十九歳。
私の名前だった。
私はここにいるのに、私の名前は石の中にいた。
この墓の下に眠っているのは、私ではない。
私のコートを着て、私の代わりにハンドルを握った人だ。
丸い目の、よく笑う人。骨の折れた傘を、最後まで律儀に差していた人。
私は手袋を外し、墓誌の文字を指でなぞった。
冷たい石だった。
御影の家の人たちは、この下に誰がいるのか知らない。
知ろうともしなかった。二日で焼いて、私の名前を彫って、それで終わりにした。
私は墓誌の端から端まで、もう一度目で追った。
何度見ても、同じだった。
墓石に刻まれた私の名前の横に、凛さんの名前はどこにもなかった。