スタジオの窓に、ぽつりぽつりと雨粒が当たっていた。
明日のライブに向けリハーサルが終わった後の空気は少し湿気を帯びていて、アンプの熱が残る室内がじんわりとぬるい。
「あーこれ、明日も雨予報だな」
大森が鞄に荷物を詰め込み、帰る準備をしながらぼやくと、キーボードの前に座っていた藤澤が小さな白いものを取り出した。
「ふっふっふ、なんと僕、作っちゃいました!」
「は?」
藤澤の手のひらの上に乗っていたのは、ティッシュと輪ゴムで作られたてるてる坊主。目と口がマジックで描かれていて、妙に丸っこくてかわいらしい。
「子どもの頃、遠足の前日にいつも作ってたんだ〜「てるてる坊主さん明日は絶対晴れてください〜って」明日のライブ絶対晴れてほしいからね!」
ぽかんとしていた大森が、思わず吹き出す。
「涼ちゃんそういうとこ本当にブレないよね」
「一人っ子だからね」
「いやいや、それ絶対関係ないから!…はぁ笑った笑った」
てるてる坊主を指でつつきながら藤澤が真顔のままうなずく。
「ちなみにこの子、名前もあるんですよ。“晴れたろうさん”です」
「晴れたろうさん…ネーミングセンス終わってんね」
「ちなみに明日ライブ始まる前に窓に吊るす予定です」
「その声のトーンはガチでやるやつじゃん」
苦笑しながらも、大森はふっと目を細める。
音楽じゃ伝えきれないあったかさを藤澤は時々こんなふうに、さらっと出してくる。
「よし、じゃあ俺も晴れたろうに頼もうかな“明日絶対晴れてくださいって」
「任せて!彼、晴れ率高いです」
なんで分かるんだよと言うのと同時に大森の笑い声が響く。
まだぽつん、と雨は降っているけど
窓際にちょこんと座った“晴れたろう”が、明日を少し明るくしてくれるような気がした。
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翌朝、空は曇っていたが傘の出番は全くなかった。
「ほら、僕の言ったとおり!晴れたね!」
会場入り口の楽屋通路口。フードをかぶった藤澤が、小さな袋から「晴れたろうさん」を取り出して、窓のサッシにちょこんと吊るす。
「本当だ昨日までの予報、がっつり雨だったのにな」
「でしょ?」
ちょっと得意げに言う藤澤に、大森はなんとも言えない顔で笑う。
今日のライブは完全に野外だ。DVDに収録するための撮影も入っている。空模様次第では機材や導線も変わってしまうため、スタッフの動きもシビアだった。
「..,なんかさ、涼ちゃんが言うとてるてる坊主のご利益、本当に効いた気になる。」
「僕が作るからかなぁ」
「自信満々かよ…」
そこドヤ顔するところじゃないし、と大森はぼやきつつも、自然と藤澤の頭に手を伸ばしていた。
細い髪が湿気でゆるく波打っている。思ったよりもやわらかくて、大森は指を止めかけたけど――藤澤はくすぐったそうに目を細めて言った。
「ライブ絶対成功するよ。今日の“晴れたろうさん”は最強だもん」
「涼ちゃんが言うなら信じるしかねぇな」
大森の声は、無意識に低く優しくなる。
雨の話をしてるはずなのになぜか気持ちはすごく晴れていた。
そして――
本番直前ステージ裏、照明の熱が肌を照りつける中、大森は深く息を吸い、藤澤の方を見た。
「ねぇ涼ちゃん」
「え、なになになんでそんなにニヤニヤしてるの???」
「今日のアンコールの前涼ちゃんにMC任せるね」
「…え゛!?!?!?」
「“晴れたろう”の話していいから」
「…ッッッ!」
驚いたように目を見開いてすぐに顔をそらす藤澤の耳が、ほんのり赤い。
藤澤の肩にぽんと手を置き晴れやかな笑顔で言い張った。
「よろしくね“晴れたろう”の使い手さん?」
照明が落ちる直前、2人の間には静かな笑みだけが残った。
雨はもうどこにもない。