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「行かないで下さい。エトワール様」
後ろから包まれるように抱きしめられて、私は思考回路がショートしかけていた。
いきなり後ろから抱きしめられて、二度と離さないとでも言うように強く抱きしめるものだから、私はさらに訳が分からなくなって、指先がピクっと動くばかりで離れることが出来なかった。
(何で、どうして、どういうこと?)
疑問視か浮かばなかった。この状況が。何故、抱きしめられているのかと。
彼は私のことが嫌いじゃなかったのかと。いや、嫌いではないのだろうが、それまで何も言ってくれなかったくせに、何が行かないでなのか。
その声色が、親に見捨てられた子供のように悲しく弱々しいものだったので、私は抵抗できなかった。する事で、彼を拒むことになると思ったから。
「グランツ……」
「行かないで下さい。エトワール様、俺を、捨てないで」
その言葉に私は顔が歪む。
捨てたのはそっちのくせに、何が捨てないでなのかと。怒りと、疑問がぐるぐると回って何から突っ込めばいいかわからなかった。依然、彼は私を離そうとしないし、私の肩に顔を埋めて、これまで寂しかったとでも云うように私に身体をすり寄せてくる。まるで、大きな犬だとすら思った。
彼の手が、私の頬に触れそうになった時、直感的にこれ以上許してはいけないと、私は彼の腕の中で暴れた。
「グランツ、いい加減に離して!」
「何故ですか? あの男には触れることを許しているのに、俺にはダメなんですか?」
「あの男って……」
頭の中で浮かんだのはあの長い紅蓮だった。
もしかしたら、転移してアルベドから離れたくて離れたけど、遠くで私達の様子を見ていたのじゃ無いかと。となれば、私がアルベドにキスされたことも知っているのではないかと。それで嫉妬しているのではないかと。
だが、いつもは怒りを向ける相手はアルベドだというのに、何故今回はそれが私に向けられているのだろうか。怒りというか、寂しさというか。自分ではない、自分が選ばれるべきなのにとでも言うようなそんな声。
「アルベド・レイです。何で、あの男には簡単に触れさせるんですか。俺だって貴方に触れたかった。ずっと、ずっと我慢していたのに……それなのに、あろう事かあんな男に口づけを許すなんて」
やはり見ていたのだ。そして、嫉妬した。
けれど、それを今ここで言ってどうするのだろう。
(ずっと、ずっと我慢ってどういうことよ……)
私は、それを確かめるべく、彼の腕から抜け出したかった。彼の好感度を確認して、私に対してどう思っているのかと。それが、主人に対して抱く感情なのか、女性に対して抱く恋愛感情なのか見定めたかったから。好感度が当てになるかは分からないけれど、確かめたかった。
だが、強い力で抱きしめられていて抜け出すことは出来なかった。いくら力を入れてもびくりとも動かない。
「口づけって、頬にされただけだし。そもそも、アンタに関係無いでしょ」
「……関係ない?」
「そうでしょうが! 私はアンタのものじゃないんだから!」
そう言い放つと、彼は傷ついた顔をした。その表情を見て、私はハッとする。彼が傷つくとは思ってなくて、咄嵯に出た言葉だったがそれは確かに彼を深く傷つけたようだった。
でも、グランツの言っている言葉の意味が分からなかったから、仕方ないことだと私は自分に言い聞かせる。
「……では、エトワール様はアルベド・レイの事が好き何ですか?」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。好きとか嫌いとかそういう話ではなくて、ただ単にアルベドが私を揶揄っただけなのだから。
私とアルベドの会話を見ていたのに、どうしてそんなことを言うのだろうかと。私が、彼を好き? ありえない。
それに、彼の性格上、好きだとしても、きっとその好意は友愛的なもので、恋情ではないはずだと私は断言できる。だから、私は首を横に振って否定をした。
「ちが……」
「違うなら、何で頬とはいえ口づけを許したのです?」
「だから、あれは不意打ちで! 私だって吃驚したし……」
すると、グランツは何だか納得がいかないと言った様子で私を見つめてきた。
「……本当ですか? 本当に驚いていただけですか?」
疑うような視線に私はムッとした。まるで、私が嘘をついているみたいではないか。実際、驚いたのは事実だし、別にそれ以上でも以下でもない。
「当たり前でしょ!?」
「……分かりました。信じます」
グランツの言葉に私はホッとして息を吐く。良かった、やっと解放されると思ったから。
しかし、次の瞬間、グランツの顔が近づいてきて私の頬に何か柔らかいものが当たった。それが彼の唇だということはすぐに分かった。でも、何でいきなりこんな事をされているのか理解が出来なかった。
そして、すぐに彼は私から離れていった。私は呆然としたまま動けなかった。
一体何が起こったのだろうかと。
今の行為が何を意味するのか全くわからない。いや、キスをされたことくらい分かるが、何故、このタイミングで私にしたのかということだ。私は混乱しながら、頬に手を当てた。
もしかしたら、これは夢かもしれないと思って。だが、先程まで感じていた温もりがまだ残っている気がして、これが現実だと実感させられる。
私は、グランツを見た。彼は、今まで見たことのないような優しい笑みを浮かべて、私を見ている。その瞳に吸い込まれそうになる。
(待って、一日に二回も!?)
アルベドにされたときも驚いたけど、グランツにされたのもまた驚いた。煩いほどに鳴る心臓は、きっと吃驚しているからであって、ときめいたからではないと思いたい。
「ちょ、ちょ、何で、え、え?」
「消毒です」
「そ、そういう意味じゃなくて! な、なあ……!」
私が慌ててグランツを指させば、彼はきょとんとした顔で首を傾げた。
まるで、何を言われているのか分からないといった様子だった。
私の方が分からない。何故、キスをするのかと。主人である私のことが好きなのかと聞きたかったが、それを聞けば私のことを好きだと言っているようなものなので聞くに聞けない。
私は、何とか落ち着こうと深呼吸をして、それから彼に問いかけた。グランツは私の言葉に目を丸くした後、私の手を握り締めた。私はビクッと肩を揺らす。その手は優しく握られたまま、グランツは自分の胸元へと持っていき、そして私の手に額をつけた。
それは忠誠を誓う騎士のようで、でも、何処か懇願するようなそんな雰囲気も感じる。
でもそれは、私に向けるべきものではないと私は彼の手を叩いた。
「アンタはトワイライトの騎士でしょ」
「……はい」
グランツがゆっくりと顔を上げて、私の目を見る。その目は悲しげで辛そうだった。どうして、彼がそんな顔をするのか分からなくて私は戸惑うばかりだ。
彼は私と目が合うと、失礼しますと一言言って頭を下げると寄宿舎の方へと歩いて行ってしまった。
私は、腰が抜けてその場にへたり込み、先ほどより暗く、星が明るくなった空を見てため息をついた。
「もう訳わかんない……」
グランツの考えていることはとくにわからなかった。
思えば、私は年下に口説かれたことになるのだろうか。いや、口説かれてはいないかも知れないが、あの言い方とキスはどういう意味だったのだろうか。感情が表に出ない彼の心を読むのは大変だ。
(てか、私、心の声聞えるんだし聞けばよかったのかも……)
思い出せば、そうなのだが、それを聞くのはきっと勇気がいるし、自分の自惚れだったら怖いとも思ってしまう。それに、分かったところでどうすることも出来ないのだ。私が、彼に主人と従者、年上と年下という感情を持っている限りは、きっと変わらない。
嫌いではないが。
「そうだ、もう戻らないと、心配する」
と、私はグランツと話していて忘れていたが、トワイライトと一緒に食事を取ることになっていたと我に返る。そして、私は駆け足でその場を離れ、聖女殿の方まで戻った。私は、急いで駆け込んで、廊下を走っているとちょうど曲がり角からリュシオルが歩いてきたため、声をかけた。
すると彼女は驚いたような表情で私を見ると、少し真剣な表情で私を見た。何があったのかと思い、話を聞こうとしたがトワイライトが待っていると
彼女が言うものだからそのまま彼女の後について行った。そうして食堂につくと、そこにはすでに料理が並べられており、トワイライトが座っていた。
私は慌てて席に着こうとしたが、座る途中でルーメンさんがいるのに気がつきどうしたのかと首を傾げていると、ルーメンさんは待っていましたとでも言うように口を開いた。
「エトワール様、トワイライト様、少しお話があります」