「ルーメンさん、話って?」
私は、何故ここに来たのか分からないルーメンさんを見ながら首を傾げると、彼は取り敢えず座って下さいと私を促した。私はトワイライトの隣に座ると、彼女はにこりと微笑みかけてくれた。私が遅かったというのに怒った様子もなく。とくに何も聞いてくることはなかった。そんな私の後ろにリュシオルがサッと歩いてきて、私の後ろで止った。彼女が後ろにいてくれる安心感はあるものの、これから何を話されるのがへんに身構えてしまう。
そんな風に、主役が全員揃ったとでも言うように、ルーメンさんはいいにくそうにしながらも口を開く。
「夕食中にすみません。実は、明日のパレードのことについて詳細をお話に参りました」
「パレード?」
私とトワイライトは互いに顔を見合わせて何のことだと、ルーメンさんを見る。
大方、予想はついていたし聞いたことはあったけれど、それが私と何の関係があるのか不思議でたまらなかった。私の時は、貴族だけを集めて夜にパーティーを開いた程度で結局、帝国民の前でパレードやらお披露目やらはなかった。だが、トワイライトは本物の聖女と言うことで大々的にやるんだろう。
(あの時は腹が立ったけど、人に注目されるのは苦手だからよかったけど)
召喚されて何日かして、貴族の前で召喚されたことを発表されたが、あの時はまだ聖女として認められずとも、迎え入れて貰えたような錯覚をした。でも、よくよく喋ってみれば、あの時も容姿が云々かんぬんで私のこと、歓迎してくれていないんだって事分かった。
だから、もう二度とごめんだと思っていた。
後、あの時初めてアルベドとあったんだと思いだして、懐かしいし、随分と昔のことのように思えた。
「それで……それって、トワイライトだけですよね。私に何の関係が?」
そう聞けば、ルーメンさんはさらにいいにくそうな表情になって、言葉を渋る。
まあ、これも予想はつくが、それでもそれが誰の指示なのか気になるところだ。貴族の反対の声に預手なのか、皇帝なのか。それとも、リース自身がそう言ったのか。
ルーメンさんは私の問いには答えず、明日の日程について話した。
「朝、皇宮で聖女様の召喚を祝う式典を行います。その後、城にてパーティーが開かれます。これは貴族たちへのお披露目になりますね。その後は、パレードを行ってから、城のバルコニーより国民へ挨拶をします」
そう、淡々とルーメンさんは言い終えると、ここまで質問はないかと私達に尋ねてきた。
私は、彼の言ったスケジュールを聞いて驚いた。そりゃ、私の時と比べものにならないとは思っていたけれど、これほど違うとは思ってもいなかったからだ。それが嫌とかではないが、よっぽど力を入れていると一周まわって呆れてしまう。それほどまでに、本物の聖女というのは大切にされているのだろう。私なんかと違って。
だが、それにしてもそんな大がかりなことをこのタイミングで言うのだろうか。もっと早くに伝えて、準備をするべきではないかと。トワイライトは聞いているのかも知れないが、準備がかなり必要になるのではないかと思った。
もしかしたら、私を、エトワールを召喚する際に準備はしていたが目当ての聖女じゃなかったが為に発表しなかった可能性もある。
(まさか……ないわよね?)
私はふと、考えてしまったが頭を振ってその考えを振り払う。いくらなんでもそれは失礼だし、馬鹿にしているとしか思えないからだ。
いや、でも考えればあり得るかも知れない。でなければこんなに早く準備が出来るわけ無いのだ。昨日、皇宮の方で何かあるとは小耳に挟んでいたが、その準備だったのかと今頃納得した。
とはいえ、そんな大がかりなパレードと式典があって、その何日か後に皇太子の誕生会が開かれるなんてスケジュールがバグっているのではないかと私は不安を覚えた。
その事をルーメンさんに聞けば、リースがいっしょにされるのは嫌だ。と言ったかららしい。彼らしいと言えば彼らしいし、国民からしても早く聖女の顔を拝みたいだろうから。と、ルーメンさんは言った。
そして、ルーメンさんが話し終わったところで、リュシオルが私の隣にまでくると、私にだけ聞こえるように囁いた。
「エトワール様、凄く落ち着いているけどいいの?」
「何が?」
「何がってそれは……」
リュシオルが言いたいことは何となく分かった。これほど、待遇に差があっていいのか。という事だろう。だが、私としては別にどうだって良かった。むしろ、これぐらいの差があっても当然だと思うし、これから先ずっとこんな扱いだと思っている。慣れてはないし、痛いし、最悪だし、文句を言いたいけど、言える立場じゃないことは私が一番分かっていた。それに、口を出せば、また偽物聖女がと言われるだけだ。大人しくしておいた方がいい。
だから、私は大丈夫だとリュシオルに言えば、彼女は心配そうな顔をしながらそれ以上は何も言わなかった。
「それで、ルーメンさん、先ほどの私の質問に答えてもらいたんですけど」
「エトワール様」
「私は、何をすればいいんですか?」
と、ルーメンさんに聞くと、ルーメンさんは観念したように、意を決したように口を開いた。
「何もしないで下さい」
残酷な言葉が私の耳に響いた。
何もしないで下さい。ルーメンさんの言葉を聞いた瞬間、私は頭が真っ白になった。
何もするなってどういうこと? と、私はルーメンさんの言っている意味が分からず聞き返す。すると、彼は、私の問いに答えるかのようにさらに続けた。
「皇帝陛下からの命令です。式典、パレード中に、一切偽物聖女を聖女殿の外に出さないこと。偽物聖女が悪事を働くかも知れないから、聖女殿に鍵をかけておけと……」
私は、ルーメンさんが言いづらそうにして、申し訳なさそうに言う様子を見て、彼が悪いわけではないと理解している。だが、それでも私に対して酷いことを言っていることには変わりはなかった。私は、思わず怒りをぶつけそうになるがグッと堪える。ここで怒ったって仕方がない。彼が悪いわけではないと何度も言い聞かせる。
だが、あまりにも酷いと思った。
皇宮から聖女殿は距離がそこまでないとは言え、きっとトワイライトの式典はここからじゃ見えないだろう。パレードだってここからじゃ豆ぐらいにしか見えないだろうし。きっと、邪魔をするなとは言われると思っていたが、まさか聖女殿から一切でるなと言われるとは思ってもいなかった。ただ、私はトワイライトの姉として彼女の姿を見たいと思っていただけなのに。
「どうしても、外に出てはいけないんですか?」
「はい、命令なので。聖女殿の警備は手薄になりますが、明日はここからでないで下さい。お願いします」
そう言われてしまうと私としても反論が出来ない。
ルーメンさんは非常に申し訳なさそうな表情で、それから深く頭を下げた。彼が悪いのではないし、聖女殿の警備が手薄になるのもトワイライトの護衛や警備に当たるからだろう。だからといって、聖女殿から抜け出すなと。
私は、頭が真っ白になっていた。そこまで、私を聖女として扱わないのかと。確かに、偽物の聖女かもしれないけれど、ここまでされる筋合いはないと思う。
でも、何も言えなかった。エトワールはそういう運命だったんだから。
「……殿下が、殿下が皇帝の座につくまで耐えて下さい」
「リース……殿下が、って何で?」
「彼は、聖女様の……エトワール様の事を気にかけております。そして、貴方もまた聖女だと認めている。ですので、彼が皇帝になった際には、聖女の概念を覆し、エトワール様も生きやすい帝国を作るでしょう」
「…………」
確かに、リースならそうするだろう。だが、この間の事で株が一気に暴落した彼が皇帝になれるのだろうか。いや、なるだろうが、支持をどれほど集められるか分からない。皇帝になれたとしてもその先を維持するのが難しいだろう。それに、私の為にそこまでしなくてもいいと思った。リースの思いも、私のことを第一に思ってくれることも嬉しいし、ありがたい。でも彼に迷惑をかけてまで幸せにはなれないと思った。
私は、そうですかとしか応えられず俯いた。
そんな風に私が俯き、場の空気が重くなると、その暗く重たい空気を吹き飛ばすようにバンッと大きな音が響いた。音のする方を見れば、隣に座っていたトワイライトが机を思いっきり叩いたようで、彼女はスッと立つとルーメンさんやこの部屋にいる使用人に向かって叫んだ。
「お姉様が見に来て下さらないのなら、私は明日の式典とパレードには出ません」