「てか、俺なら無理だな〜。 何で自分のこと悪く言ってくる奴らの面倒見てやらなきゃダメなんだよって。 無理、続かない」
「あはは、それね、私だってたまに思いながらやってるよ」
「あ、マジで? なんだよ、言えよな〜、せっかく2人きりの同期なのにさ」
2人きりの同期。
入社当時には他に数名の同期がいたが、数ヶ月後に一人、また一人と減ってしまい。
結果2年が経った今残っているのは坪井と真衣香だけになった。
「坪井くん、私のことなんて覚えてないかと思ってた」
謙遜や卑屈的な意味合いでなく、本当に思っていた。
営業の坪井が直接総務に来ることはなかったし、人事に提出物があっても営業部の事務がまとめて提出に来ていたから。
接点が、まずなかった。
「え、それ言うならお前じゃん。俺のことなんて見えてないんだろーなって思ってたよ」
坪井の言葉に驚き、そして信じられない真衣香は思わず眉根に力を込めた。
「え! なになに、なんで俺睨まれてるの? マジだよ、俺に限らず!」
「え?」
「この前も言ったけどお前のこと可愛いって言ってる奴らはいても近寄りがたいし、喋りかけに行っても迷惑そうにされるしって」
「そ、それは」
何人かで同時に話しかけられると、途端にどんな風に話せば場をしらけさせないだろうかと。
考えてしまってどうにも会話下手になる。
真衣香にとってはお馴染みの展開。
しかしそれを伝えるよりも前に、坪井が嬉しそうに言った。
「まぁそう見えてたおかげで、お前が変なのに引っ掛かんないでいてくれてラッキーだったんだけどね、俺が」
「だ、だから……もう! 坪井くんは、ほんと、もう……口がうまいよ」
「ん? 口が上手いって〜? はは、褒め言葉じゃん、俺営業だし」
意地悪な顔で返される。
「もう、からからかって……!」
恥ずかしくなって思わず声が大きくなり、握られた手を振りほどく。
そして、胸元にポン! っと拳を当てる。
つるっとしたような、そのあとにざらりと残るような。 そんなスーツの感触。
遅れて、坪井の爽やかな香り。
吸い込むと、トクン。と胸が大きく音をたてる。
「あはは、ごめん、からかった。でも口がうまいんじゃなくて本心ね。何回も言うけど」
言いながら触れていた手を取られる。
「わ!」
弾みで少し動いた身体。
前を見ると坪井は口角を片方だけ上げて、からかうように笑っていたけれど。
次の瞬間にはコロッと変化し、まるで探しものを見つけた時のようにホッとしたような。
柔らかくも不思議な笑顔を見せた。
「ほんといいよな、立花の表情。 くるくる動いてさぁ、飽きないんだけど」
それは、私のセリフだよ。 と、言いたいけれど整った顔の接近には慣れなくて。 つい口をモゴモゴとしてしまう。
「――っと、そうだ、立花」
「ん? どうしたの?」
突然声のトーンが変わった。
合わせて真衣香も声を落ち着かせる。
「俺、明日から3日くらいほとんど社内いないんだよね」
「そうなんだ、出張?」
「うん。 明日客先直行したあと、関西の方とか何ヶ所か営業所まわるらしくて」
そっか。 と、返した真衣香は今日こうして時間をくれた坪井に感謝する。
朝や、そして今この時間がないままに坪井と会えなければ金曜の夜の出来事を信じられないまま悶々と過ごしていただろう。
そして寂しくも思っただろう。
「寒いから気をつけて行ってきてね」
「えー、それだけ?」
「それだけ?」
「寂しいとか言おうよ、言ってよ、テンション上がんないな〜」
あ! と、真衣香は声をあげた。
「そ、そういうのが彼女っぽいの?」
「ん? ぽいかどうかは知らないけど。 お前に言われたかっただけ」
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