ぐっ! と、唸り声を上げるしかできない真衣香。
こんな風に言われてときめかない女子はいるんだろうか。
いるはずがない。
「あ、また話逸れた。 それより、明日からさ俺がいない間何かあったら連絡して」
「何かって?」
坪井からの言葉に違和感を感じ、真衣香は聞き返した。
連絡を取り合うことの方が、今はまだ非日常だ。
だってこれまでは連絡先さえ知らなかったというのに。
「俺に言いたいこととか、いや、なくても話したくなったらすぐ連絡して」
「……う、うん?わかった、ありがとう」
「約束な?」
そう言って頬を撫でられる。
坪井はどうやらフニフニと、頬に触れることが好きなようでそういえば何度も撫でられている。
そんなに自信のある肌ではないというのに。
振り返るとまた緊張を思い出し、意識がそちらに奪われていく。
感じた違和感も流れてしまった。
「って、あ〜もう7時じゃん。腹へった!な、立花何食いたい?」
「へ?」
「何とぼけた顔してんの?一緒に帰ろって言ったじゃん。俺何の為に頑張ったんだよ、今」
「か、帰るよ。帰るんだけど……その、えっと」
しどろもどろになる真衣香。
「ん?どしたの?」
「勘違いだったら、ごめんね。その、一緒に帰ろうって、その」
「なになに、どしたの」
「会社帰りにデート、してくれるの?そのアフターファイブ的なデート?」
アフターファイブ……。と呟いた坪井を見ればポカンと口を開けて真衣香を見てる。
(え、え、どうしよう。デートじゃないの?ご飯ごときでデートって言わないの大人女子は)
「つ、坪井くん、ごめん変なこと……」
「……っぶ、ちょ、待って立花、あ、アフター、ぶ、ははは!」
変なこと言って。と言い終わる前に坪井が盛大に吹き出した。
「…………笑いすぎ、じゃない?坪井くん」
「や、だって、なんなのお前それわざとじゃないんだよな?マジなんでしょ?」
「ふざけてはないけど」
プゥっと。つい不機嫌に唇を尖らせる。
「ちょ、いやいやマジ待って、その顔も可愛いし、デートしてくれるの?も、ヤバイでしょ。ほんと無理、可愛いってお前!」
「…………笑い飛ばされた後に、言われても」
さらに口を尖らせた真衣香の、唇に指が触れる。
「おーい、怒んなって。マジで思ってんの、こんな可愛いの見逃してたのさぁ、俺マジでビビってる」
「……もう、この流れどう考えても可愛いじゃなくて、おもしろいんでしょ坪井くん」
睨む真衣香を見て。
触れていない方の手で口元を押さえ、まだ止まらないらしい笑い声を押さえながら坪井は真衣香の頭を撫でた。
「てかさ、気になりすぎるんだけど、お前アフターファイブとか何なの? どこで仕入れたの? ガチで聞いたの初めてだけど」
坪井のセリフに真衣香は目を見開き思わず動作と声が大きくなった。
「え!? 言わないの?言うよね!? ドラマとかで言ってない?」
社会人になってから、彼氏が欲しいとより強く意識するようになった真衣香は時代問わず恋愛漫画やドラマ、そして優里を教科書にしてきたのだが。
「た、多分さ、最近のは言ってないよ……ぶっ」
止まりかけてたのに、また笑い出してしまう。
時代を問わなかったのがダメだったらしい。
(え、まさかの死語的な??)
「酷い……」
(ついでに恥ずかしい)
項垂れながらもトゲトゲした声を出す真衣香を見てだろうか。
更に笑い声が大きくなって、やがて。
ガラガラと椅子ごと移動しながら離れて元の位置に戻す。
その後、目の前にやってきて手を差し伸べた。
「立花、怒んないでよ、な? 新種的な感じでいちいち可愛いんだもん、お前って。テンション上がんのくらい許してよ」
「し、新種……」
な?と、小首傾げられたら頷くしかないのだが坪井は確信犯なのか。
(新種でもなんでも、こんな優しく可愛いなんて言われたら……まぁいっかってなっちゃうよ)
真衣香がまだ少し口を尖らせたまま、でも大人しく手を取るとグイッと力強く引き上げられた。
「着替えてきて」
「あ、う、うん……ありがとう」
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