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「ええと、パック君の話を聞くに……」
「我らが原因、とな?」
採石場となった岩山の現場で―――
いったん人の姿に戻ったシャンタルさんと
アルテリーゼが、困った表情で聞き返す。
ロックゴーレムを分解し、『魔力核』を手にしながら
パックさんが説明してくれたところによると―――
どうも、下手人は私たちという事らしい。
「多分、ドラゴンの接近を知って、慌てて岩の
裂け目か空洞の部分があって……
そこに逃げ込んだんでしょう。
スライムたちも同様だと思います」
そこをさらにアルテリーゼが破壊した事により、
驚いたロックゴーレムは逃げようとしたが―――
スライムたちも避難しようとロックゴーレムに殺到、
それであのような事態になってしまったようだ。
「おそらく、ゴーレムにはもはや敵対する意思は
無かったでしょうが……
これから石材運搬もありますし、念のため分解して
おきました。
『魔力核』さえあれば―――
ゴーレムは生きてますしね」
「でも、生きているって……
分解したら、その、痛いのでは?」
おずおずと私がたずねると、パックさんはアゴに
人差し指をあてて、
「痛覚があるとは聞いた事が無いですね。
手足があるのも、基本的には魔力で繋ぎとめている
イメージですから。
恐怖は感じたでしょうけど」
ドラゴン2人の襲撃に加え、隠れていたところすら
破壊されたんだもんなあ……
そりゃ大人しくもなるか。
「魔力核かあ。
面白そうな研究対象ではあるけど……
持ち帰っても大丈夫? パック君」
「ゴーレムというのは、魔力が何らかの条件で
一ヶ所に固まり、周囲の素材に宿るものです。
ですので、その場に元々あった物の影響が
強いと考えられています」
「ふむ。となると―――
ここと同じ石材が無ければ、ボディの再生は
難しそうですね。
それなら問題は無いでしょう」
パック夫妻の会話から、どうやら町に持ち帰っても
大丈夫そうだと理解し……
「取り敢えず、運べそうな岩を選ぼう」
「そだねー。
ジャマモノはいなくなったし」
当初の目的である、採石に話は移り―――
適当な大きさの岩をそれぞれアルテリーゼと
シャンタルさんが持ち上げると、私たちを乗せて
空へと舞い上がった。
「これで十分ですか?」
「ああ、細かく砕くところまで
やってもらえるたぁな。
手間が省けて助かるぜ!」
その後、何度か町と現地を往復し―――
山と積み上げられた石材を見て、職人たちは
手放しで喜んでくれた。
「で、この図面通りに橋脚を作ればいいんだな?
乗せる橋は木材専門の職人に任せよう。
ある程度出来上がったらあんたらを呼ぶよ。
それまで待っててくれ」
私たち一家は、揃って職人たちに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方だぜ。
東西開拓のおかげで、在庫が不足して工事が
ストップしそうになっていたからな」
「しかし一日だけでこの量か……
物資調達の計画とか、別の意味でおかしく
なりそうだ」
こうして私とメル、アルテリーゼはその場を離れ、
ひとまず夕食のため、『クラン』へと向かう
事にした。
「そういえばさー、パックさんとシャーちゃんは?」
「ゴーレムの報告に行くと話したであろう。
専門家の方が、詳しく説明出来るしのう」
一通りの運搬が終わった後、私たち一家は
職人さんたちへ話をしに、パック夫妻は例の
ゴーレムの報告のため、ギルド支部へとそれぞれ
別れたのだ。
「でもどーせ、クランへ行ったらまた会いそうな
気がするなー」
「夕食はクランで、その後に町の浴場へ行って、
自宅に帰る、が最近のパターンであるしな」
別にそう取り決めたわけではないのだが、
同じ西の開拓地区、そして新婚さんでもあるし……
生活様式が似るのかも知れない。
お腹の空き具合もそろそろ限界に近付きつつ
あったので、私たちはクランへと急いだ。
「ピュイッ!!」
「おお、ラッチ!
先に来ていたのか」
宿屋『クラン』の前までやってきた途端、
弾丸のようにラッチが飛び出し―――
そのままアルテリーゼの胸の中へ収まった。
普段は孤児院まで迎えに行くのだが、仕事や何らかの
案件で、帰る時間が不明な時は、食事を受け取りに
来るメンバーと一緒に、ラッチをクランへ送る事に
なっていた。
私たちの帰りが遅ければそのままご飯を
出してもらい、先に食べさせる、という
手はずにしてもらっている。
「あ、シンさん!」
「お久しぶりです!」
若い男女の声に振り返ると、そこには
私の依頼で東の村へ行っていた、ギル君と
ルーチェさんがいた。
「外灯の魔導具の件、お疲れ様でした。
東の村はどうでしたか?」
「自分らが離れる頃は、魚獲りもボチボチ始まって
いましたね」
「あと、外灯が設置された事で夜も明るくなって……
営業時間を延ばしたり、夜間専用になる店も
出てきていました」
火魔法が使えれば明かりは常に確保出来るけど、
魔法を使うのは人間だからなあ。
魔導具があると無いとじゃ、やはり違うのだろう。
しかし、この町でも魚がちらほら獲れるように
なっている。
という事は……もう冬は越したと見ていいだろう。
本格的に暖かくなる前に、ファリスさんを東の村へ
派遣して、氷室を作ってもらうかな……
と思っていると、妻2人が店内を見渡して、
「アレ? パック夫婦は来てないのかなー」
「そういえば姿が見えぬ」
その言葉に、ギル君・ルーチェさんが反応し、
「あー、お2人なら自分らがギルド支部の前を
ちょうど通りかかった時、見かけましたけど」
「やたらテンションが高かったというか……
パックさんが、『さっそく実験するぞ!!』、
シャンタルさんが『お手伝いしますわー♪』って
そのまま一緒に西の開拓地区の方へ」
うーむ……
ゴーレムという実験対象を渡してしまったのは、
ひょっとしてマズかっただろうか?
とにかく、お腹を満たさねば。
正直に鳴った腹の虫を黙らせるため、女将さんに
夕食を頼む事にした。
それから一週間後―――
依頼していた橋脚が次々と出来上がり、作られた
先からアルテリーゼとシャンタルさんの協力に
よって―――
中央の町と西側の新規開拓地区との間に並び始め……
同時並行で作成していた、人が通る橋部分の完成が
そろそろという話を聞いていた頃に、それは起きた。
「シン殿! お久しぶりです」
冒険者ギルドから呼ばれ、急いで向かうと―――
ドーン伯爵様の三女・アリス様の姿があった。
彼女の専属奴隷、ニコル君も一緒だ。
支部長室内には他にも、いつものメンバーである
ジャンさん、レイド君、ミリアさんもいて―――
そこに私とメル、アルテリーゼが加わり、少々
手狭になる。
「あの、ところでラッチちゃんは?」
「落ち着いてくださいアリス様。
まずはお礼を申しあげるのが先かと」
ソワソワしている彼女を、ニコル君が姉をたしなめる
弟のように注意する。
「も、申し訳ありません。
先だって、お手紙でも申し上げた通り―――
チエゴ国との戦は我が軍の勝利に終わりました。
これもシン殿のおかげです。
ありがとうございましたラッチちゃんは?」
全員が苦笑する中、母親であるアルテリーゼが
口を開き、
「我が子なら今は孤児院に預かってもらって
おる。そんなに会いたいのであれば、後で
行けばよかろう」
「こ、孤児院!?」
私は慌てて手を垂直に立てて、顔の前で左右に振る。
「孤児院の子供たちと仲が良いので、遊び相手に
なってもらっているんですよ」
理由を聞いて納得したのか、アリス様の口から
ふぅ、と息が漏れ出る。
続けて、シルバーヘアーの少年が話を引き継ぐ
ように、
「申し訳ございません。
その、こちらに来たのはそもそも、自分の口で
お礼を伝えたいとアリス様が申し出た事なので。
わたし自身も、お礼を伝えられて嬉しい限りです」
??
彼の忠誠心が高いのはわかるが―――
言い方が妙に引っかかるな。
同じ疑問を持ったのか、ギルド長が横から入り、
「アリス様はともかく、お前さんは?
何かシンから教えてもらったのか」
すると、伯爵令嬢が少年の両肩に後ろから
手を置いて、
「今回の戦の手柄を以て―――
ニコルは奴隷身分から解放されました。
また、貴重な範囲索敵持ちという事もあって、
複数の貴族から養子縁組の話が来ております」
それを聞いていた、次期ギルド長と女性職員が
反応する。
「おー、スゲぇ。
確かに範囲索敵持ちは引く手あまたッスからねえ」
「奴隷から一気に貴族階級ですか。
何というサクセスストーリー」
賞賛の言葉を前に、少年は姿勢を正し、
「奴隷とは言っても、アリス様には非常に
良くして頂いておりましたし……
恩返しをするのは、これからだと思って
おりますので」
それを聞いていたジャンさんとミリアさんは、
「立派な心掛けだなあ。
どこぞの同じ範囲索敵持ちに聞かせてやりたいぜ」
「ホントーにそうですね。
同じ範囲索敵持ちでありながら、どうしてこうも
差が出るものなのか」
「えーと?
範囲索敵持ちは別に関係無いと思うッスけど?」
彼らの会話を、どんな顔をしたらいいのかわからずに
聞いていると―――
「人間は身分にこだわるからのう。
これで結婚するにも問題は無くなったわけだな?」
アルテリーゼの空気を読まないどころか、
クラッシュさせる発言に、もう一人の嫁がツッ込む。
「アルちゃん!
直線で最短距離過ぎる!!」
「ん? なぜだ?
アリス殿とニコル殿はお互いに好き合って
いるのであろう?」
名指しされた2人はさすがにアワアワと
慌てふためき、
「いいいっいえそのっ!?
そそそれはっ、弟のように接してきては
おりましたけれどもっ!」
「そ、そうなる関係になるにはですねっ!
まだいくつかの段階を踏まなければ
ならないかとっ!?」
言い訳のように出てくる言葉の中に、
否定は無く―――
ギルド長はそれを見ると、今度は身内の男女に
振り向いて、
「はぁ、ったく。
この年齢でもこうして結ばれるために、
着々と準備を進めているってのに」
レイド君とミリアさんは、同時に視線を
ジャンさんから中空へと反らす。
こっちの春はまだ先みたいだなあ……
すると、その空気を誤魔化すかのように、ニコル君が
言葉を発する。
「あ、あの今回はですねっ。
ギリアス様のおかげでもあるんです」
「ん? ドーン伯爵家の跡継ぎか?」
ギルド支部の最高責任者としての情報把握のためか、
ジャンさんが聞き返す。
「ギリアス兄さまはシン殿の言葉に思うところが
あったのか、『自分を鍛え直す』と言って、
私の遠征隊に一兵卒として加わったのです。
手柄も全て、私の物にしていい、と言って……」
「へえー、彼が……
それで今はどうしているんですか?」
私の質問に、彼女は誇り高い『貴族』の目……
真剣な眼差しとなり、
「私から指揮権を引き継ぐ形で、今はまだ
現場の治安維持と残党の警戒をしております。
ですので、兄が直接お礼に来るのはまだ先に
なるかと」
いや別に来なくてもいいんだけどなあ。
と思っていると、彼女の目に少し陰りが見え、
「……実は、もう一人この町に来ているんです。
シーガル様を覚えておいででしょうか。
あのレオニード侯爵家の」
えーと、誰だっけ??
と記憶からその名前を探していると、
「あー、あのバカね」
「その愚か者がどうかしたのか?
まさか逆恨みで報復でも?」
敵意を隠そうともしない嫁2人の言葉で思い出す。
でもどうして彼の名を?
「シーガル様も私たちと同行して、戦に参加
していたのです。
ですが、その……」
「見て頂いた方が早いと思います、アリス様。
シン殿、どうかシーガル様が宿泊している宿屋まで
来てもらえるでしょうか?」
言い辛そうにしているアリス様の話を、ニコル君が
サポートするかのように継続する。
私とメル、アルテリーゼは顔を見合わせ、
とにかく会ってみようと、彼らの言葉に
従う事にした。
「あ! シンさん!」
いかにも高級そうな宿屋―――
その一室に入ると、そこにパック夫妻がいた。
「む? シャンタルはどうしてここへ?」
「わたくしはパック君の付き添いで……
それよりこちらへ」
アリス様、ニコル君の案内でさらに奥の部屋へと
進む。
そこには王都で知った顔がベッドに寝かされていた。
ロングミドルの金髪に―――
しかし、ビジュアル系のような化粧は今は
さすがに無い。
「……シーガル様?」
意識は無いようだが……
熱を出しているかのように寝汗をかき、苦しそうに
呼吸をしている。
「ケガでもされたのですか?」
私の問いに、アリス様は首を左右に振る。
「毒です。それもただの毒ではありません。
魔力と、毒が混ざって強化されたもの、とでも
言えばいいのでしょうか……」
パックさんが彼に手をかざしながら説明する。
周囲の、医師団らしき人たちも忙しなく動き回り、
「しかし、このような町にこれほど強力な浄化魔法の
使い手がいたとは……」
「果たして王都でも、3人いるかどうか」
パックさんの魔力もメルと一緒で、ドラゴンの力が
上乗せされているからな。
しかし、そんな事よりも―――
「治りますか? パックさん」
「症状の緩和は出来ますが、完治は難しいかと。
それより、どうしてこんな事に?」
私とパックさんの会話を聞いて、ニコル君が答える。
「チエゴ国との戦で―――
功を焦ったのか、シーガル様は奇襲をかけようと
したんです。
それが、地元の人でも恐れて近付かない場所を
経由しようとして……」
「……なるほど。
おそらくゴーレムのように、何らかの条件で魔力が
一ヶ所に溜まった場所―――
それと毒気か毒性のある物質がある場所が
重なって、今回のような事になったと思います」
視線はシーガルに向けたままパックさんがニコル君に
続き、そしてアリス様も追加で語る。
「私は止めたのですが―――
どうも、本家での立場を悪くしていたらしく、
今回の戦で何としてでも、手柄を立てようと
していたようです」
う~ん、もしかして……
いやもしかしなくても、『あの件』だろうなあ。
彼の立場を悪くしたのって。
チラッ、とメルとアルテリーゼの方を見ると、
「シンが気にする事じゃないと思うよ~」
「自業自得というものじゃ」
妻2人はそう言ってくれるものの―――
年長者として、若い人間を見殺しにするのは
あまりいい気分はしない。
私が悩んでいると、アリス様が何か察したのか、
「……シン殿とシーガル様の件は聞いております。
ですが、その時―――
シーガル様の魔法弾を無効化させたほどの、
抵抗魔法を使ったと……
それでレオニード侯爵家当主ヴィッセル様
からも、シン殿にお願い出来ないかと頼まれて
おりまして」
そうは言われても、私は医者でも何でも無い。
魔力の無効化は可能だが、それだと毒は残るし、
よしんば毒と一緒に消せたとしても、彼の魔力まで
無効化させる事になりかねない。
いったん無効化させた後で、魔力だけ戻す事は
可能だろうか?
それとも、魔力だけ無効化させた上で、毒だけ
パックさんに浄化を―――
と、いろいろな考えが頭をグルグル回り始めて
いたところ、
「もー、シン!
また一人で悩んでいるな?」
「まったくじゃ。
それに、治療をするつもりなら、まずするべき事が
あるであろう?」
メルに頭を、アルテリーゼに肩を叩かれ我に返る。
「…………
失礼ですが、シーガル様の付き添い―――
そしてアリス様とニコル君は、この部屋から
退出してください」
「そ、それでは……!?」
「やってみます。やってはみますが……
気心の知れた方以外がいると、気が散るかも
知れませんので。
何より、集中力を必要としますから」
適当な理由をつけて彼らに出て行ってもらい、
私はベッドに仰向けになっているシーガル様と
向かい合った。
「魔力プラス毒……
というと、魔力も毒も両方危険という事ですか?」
パックさんは私の質問に両目を閉じ、
「魔力そのものに害は無いと思います。
ただ、毒と混ざりあって毒の害を強化して
しまっている」
う~ん……
となると、やはり魔力だけ消して毒をパックさんに
任せた方がいいだろうか。
それを伝えると、彼は自分の額に人差し指をあてて、
「でもそれは、シーガル様の魔力まで消し去って
しまいませんか?
今かろうじて彼が生きているのは、彼自身が持つ
魔力が毒に対抗している、ともいえるので……
いやでも、シンさんの後に私が間髪入れずに
浄化すれば……?」
やはりパックさんも自分と同じような懸念を持つ。
人の命がかかっている事もあるし、不確定な方法は
躊躇せざるを得ない。
悩んでいると、メルが肩をつついてきた。
「ねえ、シン。
無効化って、条件をある程度絞る事が
出来るんでしょ?」
「絞るというか、限定的にする事は可能だけど……」
すると彼女は口元に手を当てて、
「そうじゃなくて、条件を重ねる事は?」
「重ねる?」
今イチ飲み込めない私に、アルテリーゼも参加し、
「ふぅむ。つまり―――
魔力か毒かどちらかではなく、両方とも、
という事か」
「でも、それだと魔力も無効化してしまうので、
結局シーガル様の魔力も」
私の答えに、妻2人は同時にブンブンと
首を左右に振る。
「だーかーらー!
それを同じ条件に出来ないのかって聞いてんの!」
「例えば、
『魔力で強化された毒などあり得ない』とかは
出来ないのか?」
すると今度はパック夫妻が顔を見合わせ、
「確かに―――
それならば、少なくとも魔力の無効化は
避けられますね」
「魔力で強化される前の毒だけ残ったとしても、
今のパック君の浄化魔法であれば―――
余裕で治療可能かと」
なるほど……
それなら何とかいける気がしてきた。
いろんな考え方を聞くのって大事なんだな。
「……やってみる」
私はベッドの側面に座るパックさんにそのまま
様子を見続けてもらう事にして、シーガルの
頭の方へ回り、手をかざす。
「魔力で強化された毒など―――
・・・・・
あり得ない」
その途端、意識の無いはずのシーガルの口元が歪み、
「……うぐ」
それを見て、パックさんが浄化魔法をかけたのか、
彼の体が柔らかい光に包まれた。
「やはり、想定通り―――
毒だけが残ったみたいです。
その毒も今浄化しましたので……
後は安静にしていれば治るでしょう」
彼の言葉に、部屋にいた全員が安堵のため息で
答えた。
「……ここは……?」
見慣れない天井を見て、シーガルはまず疑問の声を
上げた。
「(確か俺は、毒にやられて―――
王都に緊急搬送されたはず)」
まだ体が思うように動かず、彼は周囲の状況を
確認しようと首を曲げる。
「お目覚めになりましたか、シーガル様」
そこには、戦場へ同行していた女性貴族の
姿があった。
その専属奴隷の少年も隣りにおり―――
「俺は……助かったのか?」
「王都での治療は困難と判断され―――
貴方の父上の許可を得て、こちらへ
移送されました」
シーガルには、彼女の言っている意味が理解
出来なかった。
王都でダメならば、どこに行っても治療は
不可能なはず……
疑問に頭を支配されていると、彼女の隣りの
少年が口を開き、
「この町の薬師・パックさんと―――
シルバークラスの冒険者、シン殿の手によって
毒は完全に浄化されたそうです。
ただ、完全に体力が回復するまでは、
絶対安静という事ですが」
「……シン……!?」
その名前に、さすがに動揺は隠せず―――
上半身を起こそうとしたが、そこまで体に力は
入らない。
諦めて寝たまま、彼は会話を続行させる。
「そうか……
アイツは確か、抵抗魔法も使えんだっけ。
……何か言ってたか?
こんな無様な姿を見てよぉ」
ふてくされるように言い捨てる彼に、付き添いの
医師団は困惑するが、
「シン殿は、何も言っておりません」
ニコルがまず質問に答え、
「強いて言えば、部屋を出て行く時にボソッと、
『手間のかかる貴族サマだ』―――
と言ったくらいでしょうか」
アリスは言葉を発しつつ、苦笑する。
「……子供扱いじゃねぇか」
彼はひねくれた感想を天井に向かって吐き出し、
「貴方も私も、兄さまですら―――
シン殿からしてみれば子供扱いですよ。
今は大人しく、静養するんですね。
そろそろ食事も届きますから……」
そこへ、ノックの音が室内へ響く。
「食事をお届けに上がりました」
「噂をすれば、ですね。
どうぞお入りください」
そこに料理を運んできた者たちの姿を見て―――
室内の人間は固まった。
「お、目を覚ましたんですか。
良かったです。
食欲はありますか? シーガル様」
私の方を見て、彼を始め複数の人間が
固まっているが……
何かあったのだろうか?
「な、何でシン殿が」
ニコル君の言葉に、一緒に来た妻2人が答える。
「だってシンが料理したんだし」
「我らも手伝ったがの」
きょとんとする彼らをよそに、今度はパックさんが
シーガルに近付いて、
「もし食欲が無くても―――
このお粥だけは食べてください。
それで足りなければ、何を食べても
大丈夫ですから」
この町の病人食―――
ただ、麦粥ではなく、お米を使ったバージョンに
なっている。
これは『クラン』の女将さん、クレアージュさんの
手によるものだ。
そして私が作ってきたのは、貝と魚の天ぷら、
フライ、そしてハンバーグ……
デザートにはフルーツとメレンゲの盛り合わせ。
「お肉や魚なんてあったんですか?
まだ寒いのに」
アリス様の疑問に、近くにいたシャンタルさんが、
「この町では氷室が充実していますからね。
そこに、病人やケガ人用として備蓄して
あるんです」
「とにかく食べてみてください」
パックさんに促され、付き添いの人間に上半身を
起こされて、シーガルがお粥を口にすると―――
「……美味い」
「それは良かったです」
うやうやしく一礼すると、彼は大きくため息をつき、
「はーもう、完敗だよ完敗!
何もかも敵わねぇ。
この借りは絶対返すからな!」
「?? まあ元気が出て何より……
それでは失礼します。
あとアリス様。
孤児院にラッチを迎えに行きますけど」
そう言った途端、彼女は瞬間移動のように
こちらへ近付いてきて、
「是非ご一緒させてください!
ほら早くニコルも!!」
「は、はい!」
こうして、私と妻2人は―――
伯爵令嬢とその専属奴隷と共に、孤児院へと
向かった。
「さて、私たちも『クラン』へ向かいましょう。
……どうしました?」
孤児院でしばらく時間を過ごした後、夕食時に
なったのでいつもの店へと足を向けたのだが……
道中、アリス様とニコル君の速度が落ちた。
「い、いえ……
ここの孤児院ってああいうものなのですか?
王都にある一般の宿よりスゴかったので」
「わたしも一時、保護されていた記憶が
ありますが……
似ても似つかない施設でした」
2人がそれぞれ感想を漏らす。
特に彼の方は実体験もあるだろうから、複雑だろう。
「まあここは、シンがいろいろと手を入れて
いるからねー」
「あのトイレも下水道も、シンの発案ぞ?」
「ピュ!」
メルとアルテリーゼの説明に、2人は尊敬の眼差しで
見つめてくる。
別に自分の発明ではないので、ちょっと後ろめたい。
「ちなみに―――
孤児院にいる子供たちは皆、アリス様の父上である
ドーン伯爵様の庇護下にあります。
一度、足踏み踊りで有名になった時に狙われて
誘拐された事があったので……
その時、すぐに動いてくれたのが伯爵様です」
「お父様が……」
正確にはこちらの要請があっての事だが―――
ウソは言っていない。
「……こう言っては何ですが、父の意外な一面を
知った気がします。
私は魔法の才能が無かった事もあり―――
教育は母にほとんど任せっきりで……
正直、あまり良い印象はありませんでした」
「無礼を承知で言わせて頂ければ、それは
わたしも同じです。
王都に来た時は、いつもギリアス様だけに
お会いになられて……
アリス様や他の方々にはほとんど……」
家庭の事情を語られても困るのだが―――
ここはドーン伯爵のためにも、フォローしておくか。
私は2人の頭をポンポン、と軽く叩くと、
「私も結婚して日が浅いですが―――
父親というのは、父親だけやっていれば
いいわけでは無いですから。
それが、責任のある立場ならなおさら」
最初はかなりアレだったけど、今は結構
改善されているはずだから……
これくらいは言ってもいいだろう。
「そう、ですね。
そういえば王都にシン殿を寄越したのも
お父様でしたし」
「なるほど……
そう考えると、伯爵様もいろいろと気を配って
くださっていたのですね」
こうして、憑き物が落ちたようになった2人と
一緒に、私たち一家は店へと急いだ。
その後、6人で町の浴場へ行き―――
湯に浸かった後、足踏み踊りを堪能して、
そこでようやくお二人と別れた。
自宅の西側の開拓地区までの道中、私はふと
彼らの事が気になり―――
「どうしたの?」
「何かあったのか、シン?」
「ピュ~?」
次々となされる家族の問いに、
「いや、アリス様の事なんだが……
別れる際、彼女ずいぶん顔が赤かったから。
ニコル君も心配してたようだけど」
まあ、それでも帰りはニコル君の手を引っ張るように
宿屋へ戻ったようだし……
と思っていると、妻2人が顔を互いに見合わせ、
「あー、それはね。
私たちが『おまじない』をアリス様に
教えたからかも♪」
「おまじない??」
「好きな男が自分から離れぬようにする
『おまじない』じゃ♪」
妻たちの言っている事がわからず……
またわかってもいけないような気がして、
そのまま足を早めた。