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昔々あるところに1人の男がいた。
その男は水の精霊の血を持っていて
水路の開発を営む
金持ちの家に生まれた。
そして、その家柄のおかげで
男は豊かな富と莫大な財産を持っていた。
家は国を支配する王族に引けを取らないくらいに裕福で、その家に住む彼の家族はみな宝石を散りばめた派手な服を身に纏っていた。
無論、その男も美しい外見の上に豪華な装飾を施されていた。
男はとても執念深い人物だった。
元々そういう男だったともいえるが、
親から財産を守るように
過度な教育をされたことがきっかけだろう。
彼に恨みを買われた人物はみな、
ひからびたカエルのように
金や名誉を搾り取らていった。
男なら金を奪ったあと死ぬ寸前まで
石打ちにし、女なら乱暴に弄んで
奴隷として売り捌いた。
周囲の人間はその裁きを受ける際に
必ず男をひっそりと批判した。
しかし、男は自分が神になったかのような
その瞬間が大好きだった。
何不自由なく、何をしても肯定される悦び。
自分に懺悔を泣き叫ぶ貧乏人の哀れな顔。
それらが与える豊かな強者としての快楽に
男は無我夢中でしゃぶりついていたのだ。
しかし、男が20歳になった頃。
ある出来事が起きた。
「なんだあれは?…女?」
男は新しい宝石を買いに行く途中に
川遊びをする1人の女を見かけたのだ。
「…。」
男は女を殺そうと思った。
女は見るからに貧乏で、自身の所有する土地の
川に勝手に入っていたからである。
しかし、
物陰に隠れてじっくりとその女を見ると
女は自分好みの非常にいい体をしていた。
細い体に雪のように白い肌が美しく、
ふっくらとした大きな胸が濡れた服に
張り付き、足首はきゅ、と鹿の足ように
引き締まっている。
顔立ちも貧乏人にしてはなかなか
品のある顔で、ときおり聞こえる声は
青空に飛ぶ小鳥のようにかわいらしい。
…考えが変わった。
「もし、そこの貴方。こんなところで何をされているのですか?」
男は女に柔らかい物腰で声をかけた。
女は男の存在に気づかなかったのかビクリと肩を震わせる。
「驚かないで、大丈夫だから。…ああ、髪がびしょびしょじゃないか。僕の屋敷においで、拭いてあげよう。」
男はにっこりと笑って女の手を握った。
優しい声が効いたのか、女は嬉しそうに微笑んで屋敷の中に入って行った。
…この女、単純な女だな。
これから何をされるのか分かってないのか?
男はそう内心でほくそ笑んだ。
そして、扉を閉めた途端に女
を壁に押し付ける。
「髪を拭く前に、俺の川に勝手に入ったことへのお詫びをしてもらおうか、貧乏人。」
先ほどの優しい声とは対照的な突き刺すような声で女を怖がらせながら、
男は女の服をめくった。
女は突然男が豹変したことに驚いて目を見開いた。そしてこれから起こることが脳裏に浮かびカタカタと震え上がった
かのように思われたが
「邪魔よ。」
ドンッ!
「ぐあっ!」
女は目をパッと輝かせて
突然男を押し退けた。
そして濡れた足で床をペチャペチャ鳴らしながら屋敷の奥に進み、男を1人扉の前に放置した。
「…え?」
男は呆然とした。
そして、数十秒の間、
何が起こってるのかを考えて女の後を追った。
『あなたって本当にバカなのね
…アレでしょ?貴方今
ビショビショに濡れた可愛い女の子を、
川に入った罰として
凌辱してやろうと思ってたんでしょ?
悪いけど、
貴方が私を抱かれるなんて100年早いわ。
ばーーーーか。』
「な…。」
女は舌を出して笑った。
そして男の頬を手で包み、
冷たい親指で男の唇をなぞる。
『うーん、顔は…イマイチね、
目ももっとぱっちりしたほうが私好みだし
体も細すぎ、服に潰されそうだわ。』
「ん、んぐ…。」
抵抗しようと男が女の手をはがそうとする。
しかし、それはすぐに女に気づかれて
女はぐっと顔を男に近づける。
『こら、あまり抵抗しちゃだめよ、
…さもないと貴方は大切な情報を聞き逃すことになるわ。』
「!、情報…?」
男は女の目を見た光のない黒檀の双瞳が美しくて、瞬きが出来なくなるほど恐ろしかった。
『私は未来が見えるの、
貴方は、近いうちに人を殺す…。』
「!」
『これが大切な情報よ
殺すという未来はもう誰にも変えられない
信じるも信じないもあなた次第…。』
そう言う女の笑顔に男は言葉にならない恐怖を感じた。
男が迎え入れた貧乏人の女は、
男によって破産に追い込まれた家の娘だった。
水で儲ける自分とは正反対の、
太陽の精霊の血を持つ富豪の三女。
人々から慕われ、福祉に力をいれたその一族は
先月、男の父親たちによって
石打ちと奴隷市場へ葬られた。
父親は長男である息子と夜逃げし、
母親は娼婦で働いているという。
『まさか本当に奴隷市場に送られるとは思わなかったわ。あそこから逃げるの、とっても大変だったのよ。』
「…もう一度ぶち込んでやろうか。」
『ぶち込んだとしても、すぐにここに帰ってくるから安心して、商人さんと私、とっても仲良しなのよ。』
「…あのクソジジイ。」
『ジジイじゃないわ、あのお方、まだ30歳なのよ。…にしても、ここで水路の商売をするなんてすごいわね、ここは元々、私たちが太陽にまつわる商売にしていたのに、でもまぁ
あなたが人を殺すからこの商売もすぐ衰退するかもね。』
女は窓を拭きながらそう言った。
それに対して男は壁にもたれかかってその様子を睨む。
「お前…俺の家の商売をなめてんのか。」
『私はあなたが人を殺す事実から出た考察を言ったまでよ。』
「それはお前の妄想だろ、俺が人を殺すわけがない。」
『…。』
その時、女がピタリと窓を拭く手を止めた。
そしてゆっくりと振り返り、真っ黒な瞳でじっと男を見つめる。
『…まぁ、今はそう言ってればいいわ。
……3秒後に紅茶を飲んで、
5秒後にくしゃみを出し
私がいなくなった途端に「ぎゃああああ」と叫びだす御曹司サン。』
女はそう言って男の部屋から出て行った。
「なんだアイツ…
さっきの大切な情報に続き
占い師の真似か?気持ち悪い…
……ンク…くしゅっ!
寒いな、上着を取るか。」
そう言って紅茶を飲んでくしゃみをした
男は上着を取りに立ち上がった。
その時、
「ぎゃああああ!」
開いていた窓に小鳥が入り男は
悲鳴を上げて尻もちをついた。
「……。」
…嘘だろ、あの女の言うとおりだ。
「紅茶、くしゃみ、叫び声…。」
小鳥の混乱する鳴き声を聞きながら
男はハッとして女の言葉を反芻した。
「…あの女…マジか。」
女のあの冷たくて黒い目が
頭の中に戻ってきた。
…あの女、本当に未来を。
「…俺、
ほんとに人を殺すのか……?」
その次の日
男は寝室に篭りきりになった。
「俺が…人を殺す…。」
女の言葉に不思議と信憑性を感じた男は。
予言を恐れて部屋の中で怯えてしまった。
あの後、男は女に何度も訪ねた。
いったい自分は、誰を殺してしまうのか。
莫大な財産を持つ父か、
はたまた贔屓にしている同業者か。
殺さずに済む方法はあるのか。
男は矢継ぎ早に彼女に問い詰めた。
しかし、女はニヤリと笑って
『さぁね、細かいことまでは分からないの』
の一点張りだった。
「あの女…!知ってて
わざと言わないでいるにに違いない!」
隣で涎を垂らしながら眠る女を睨んで
男は八つ当たりに彼女の鼻を掴もうとした。
すると丁度そのタイミングで
女が目を覚ました。
『あら…鼻をつまもうとしたのね、残念。』
「!」
『私は未来が見えるのよ。
そんな悪戯じゃだめ』
女は重たい瞼をあけてニッと笑うと
背伸びをしながら書庫の方へと歩いて行った。
女は本が好きだった。
男が声をかけるまでの間、
女はずっと書庫で本を読んでいる。
読む本は子供が読む絵本から伝記、教科書から難しい天文学の解説書とさまざまだった。
読んだ後は部屋で寝て、
お腹が空いたら外に出て食べて来る。
本を読むことさえ除けば彼女は男の屋敷に
出入りする野良猫のようだった。
「なんだよあの女…!」
『呼んだ?』
「呼んでねぇ!」
『あら、ごめんなさいね。
…そこの紅茶を飲んじゃダメよ、
貴方は絶対後悔するわ』
「はぁ?なんでだよ…
んく、ブハッ!しょっぱッ!」
『ほら言ったじゃない、貴方、紅茶に砂糖と間違えて塩を入れてたのよ。お馬鹿さんね。』
「誰が馬鹿だ!このクソ女ッ!」
…頭に来た。
キツめ酒でも呑んで気分を変えよう。
男は女と話すたび苛立って、口が悪くなり、
酒と物にあたるようになった。
これまで何の縛りもなかった生活が彼女の予言によって突然視野が狭くなり、恐怖に陥る。
その状態と彼女の奔放さの対比が
気に食わなかった。
「クソッ!」
数時間後
夜になるまで酒を飲んでも苛立ちを抑えられず男は女を呼びに書庫へと向かった。
女をぐちゃぐちゃにしてやろうと思った。
未来も、今の苛立ちも全部女のせいにして
自分は悪くないと思いたかった。
あの細い体を縫い付けて自分(オトコ)の恐ろしさを味合わせてやろう。
あんな細い腕に華奢な体をしてる女だ、
強引にやったら絶対に自分からは逃げられない。
ふと女が川の水を浴びる様子を思い出して男の鼻がピクリと反応する。
女を押し倒すのは久々だ、
酒のせいかいつもより胸が踊っている。
「おい、入るぞ。」
男は扉を開けるやいなや、
彼女を捕まえようと中に入った
が、
その時だった。
パリンッ!
突然隣にあったランプが割れた。
「っひぃ!?」
『あら、割れたのね』
「やぁ、やぁぁあ!!」
『?、どうしたの?』
「く、暗い…!待ってくれ!
俺、暗いのは…。」
部屋が真っ暗になり
男は驚きのあまり部屋に戻ろうと後退りした。
すると、隣にある本棚の本が倒れ彼の頭に落ちる。
「うぎゃあっ!?いてぇ!?、
な、なんだ一体…。」
本が分厚いものだったのかずっしりと
重い痛みが走った。
「こ、こわい…お、おい!誰か誰か!俺を助けてくれ…」
あまりの痛さと暗闇の怖さに
男がしゃがみ込んでいると
女の声が近くで聞こえた。
『大丈夫?』
「!…」
暗闇の中で女が男の頬に触れる。
『しゃがんでいるのね、
手を床についちゃダメよ。
ランプの破片がついちゃうわ。』
「!…ッお前、未来が見えてるなら
もっとはやく助けろよ。」
『私、未来は見えても心は読めないの。
貴方が暗闇を苦手とするのは知らなかったわ。
…ちょっと待ってちょうだい。』
女はそう言うとポケットから
小さな本を取り出した。
本を開くと中の文字がキラキラと
光って女の顔がはっきりと見える。
「なんだそれ。」
『すごいでしょ、
太陽の神様から貰ったのよ。』
「……綺麗だ。」
『そうね、とっても綺麗だわ。
…さ、こっちよ。』
女が光る本を男に渡し、優しく手を添える。
『もう明るいから大丈夫よ。
一緒にお部屋に戻りましょ?』
「…む、無理だ、腰が抜けて。」
『あら、それは大変。
貴方って暗闇が本当に苦手なのね
何かトラウマでもあるの?』
「…。」
『話したくないなら言わなくていいわ。』
「……
……昔、父親に罰として暗い部屋に閉じ込められたことがあって、それ以来トラウマなんだ。」
『!』
「格下の奴らとは付き合うな
お前は俺の息子なんだぞって
いつも親のルールに従わされて
小さい頃からずっとここでお説教されて…
酷い時は手足を縛ってここに
置いてけぼりにして…」
酒のせいか、暗闇のせいか、男は女に
それまで隠していた過去の話をした。
女は小さな男の手を小さな両手で包み。
優しい目をして相槌を打った。
『酷いことをされたのね。』
「…。」
『…貴方は幼少期のことが
トラウマになっているのね
貴方の心の中でずっと癒えないくらいに、
貴方はずっとその日で傷ついているのね、
…でも、大丈夫よ、私と貴方の手の中には、
本の光があるわ。
そして未来が見える私もいる。
私が貴方を守る限り、
今、ここで貴方を傷つけるものは
何もないわ。』
「…うるさい…調子にのんな」
『私の手を離してから言った方が
かっこいいわよ?』
「!…」
『怖いものがあることは恥ずかしいことじゃないわ。私にも怖いものが沢山ある。』
女は握っていた手の指で男の手を撫でた。
あったかい体温が自身の冷たい皮膚に
触れて心地よかった。
『…安心して、私がそばにいるわ。
貴方のお父さんはここにはいない、私がいるから絶対に大丈夫よ。』
「…うるさい、貧乏女のくせに黙れ
お前に何がわかる、
俺のこと何も知らないくせに。」
『そうね、私は何も知らないわ
知ってることといえば、あと少しでそこにある窓ガラスが割れることくらい…。』
「ひぃっ!?」
『冗談よ、しがみつかないで。』
「ッ…!お前!後で覚えとけよ。」
『はいはい
…じゃあ、とりあえずここを出ましょう、
私の手につかまって、ね?』
女がゆっくりと立ち上がって男を見下ろす。
彼女の目にはキラキラと本の光が入っていて
光っていて
男にはそれが星が
入っているかのように見えた。
『大丈夫?まだ怖い?』
雨が降り雷の音が暗い空の中で鳴っている。
こんな日を見ると男はどうしても思い出したくないものを思い出してしまう。
父親に刃向かい、
こっそり母親に会いにいった日。
自分はこのような日に裸で外に放置され、
許しを得るまで家に入れてもらえなかった。
父親は虐待に近い躾を頻繁に行う男で、家に入れてもらって助かったと思っていた男を父親は血が出るまで殴り、罵声を浴びせた。
(お前は出来損ないだ。)
(俺の子供としての自覚を持て)
(親のいうことも聞かないお前は
家畜以下だ。)
「…父さん。」
男は布団をかぶり、
蚕のようになって横たわった。
そして、それを見た女は男を包む布団を
やさしくなでながら横に座った。
『貴方って可哀そうな人ね、怖がりで、気弱で、親から厳しく育てられて、孤独なまま人を殺す未来を歩むなんて。』
「…。」
『……そんなに縮こまってると
余計に可哀そうに見えてくるわ、
何かしら…なんだかすごく複雑な気持ちになる。』
「…うるせぇ、
自分の家族を虐げた男がこうなって、ざまあみろって思ってるくせに。」
『…。』
その瞬間、女の手が布団から離れた。
『私、売り物のために生まれてきた身だから、ざまあみろなんて思ってないわよ。』
「!…えっ。」
『私、親から身売りのためだけに
生まれて育てられてきたの
だからあなたの家に来たのは両親の
復讐のためじゃないわ、
…私はただ、貴方の未来が見たいだけ。』
男は女の子と名が信じられなかった。
女の両親は優しく、子供への愛情が深いという話を何回も聞いたことがあったからだ。
『それは跡継ぎの長男だけよ
私は体が弱くて、商売に向いてなかった
…あの人達は貴方が手を出す前から
私を売る気だったの
だからお洋服も買ってもらえなかったし、
名前だって貰ってないわ。』
思ったことが口に出ていたのか、女がそう答えた。
『生んでくれたことには
感謝してるけど愛情がないと
好きなれないわよね、親って。』
「…。」
『家族っていうのは
切っても切れない繋がりを持ってるし、
憎い、嫌いだって思うたび、
自分も傷ついてしまうわ
…でも、
さっきも言ったけど、今の貴方には私がいる
貴方を守って
貴方を受け止める私が
最後までずっと貴方の側にいるわ。』
「……
お前は、一体何なんだ?
俺が人を殺す未来を見たいとか言ったり、
優しい言葉を言ってみたり…。」
『何って、さっきも言ったじゃない。
私は貴方の未来が見たいだけなの
…貴方のそばにいて、1番近くで
貴方の運命を見たいの。』
「いやせめてマシな未来になるよう
祈るとかしろよ。」
『祈ったところで、何も変わりはしないわよ。
……でもそうね、
貴方が人を殺しても、
この先どんな男になっても
ずっと隣にいるって約束ならできるわ。』
「……。」
なんだよそれ…と男は心の中で呟いた。
この女は、家族を奪った男を恨むわけでも、
恐れるわけでもなく
ただ自分が人を殺す様子を見たいだけだ。
…この女、かなりイカれてるのでは?
そう思ったが、
内心で呟く前に睡魔が襲ってきた。
布団のぬくもりが男の眉に蓋をして
そっと眠りの世界に手招きをしている。
『私とあなたはずっと一緒よ
……例え、貴方が孤独になっても。』
女が最後にそう言った気がした。
『おかえりなさい、貴方。』
それから数日が経って
女は家で男を待つようになった。
「その夫婦みたいな言葉やめろ。」
男は不服な目で女の前を通り過ぎた。
『それは貴方が
そう意識してるからでしょう?』
「うるさい喋るな。
…飯はちゃんとできてるんだろうな。」
『ええ、勿論
…その言葉の方が夫婦らしくないかしら?』
「黙れ。」
男は女を睨んだまま手に持っていた
鞄を投げ捨てた。
女はそれを鼻歌を歌いながら拾い上げると
顔をにこにこさせながら
男の背中を追いかける。
『ご近所さんから聞いたわよ、貴方、珍しく人助けをしたらしいじゃない。』
「…。」
『お酒でふらふらになっていたおじいさんを
宿屋まで運んであげるなんてなかなかできないわよ、
…貴方って優しい人なのね。』
「違う、お前は馬鹿なのか?
貧乏人が邪魔だっただけだ。
勘違いもほどほどにしろ。」
『あら、そうなの?』
「それに、」
『?』
「……っいや、なんでもない。」
“もし自分が見捨てて老人が死んだら、
自分が人を殺すという未来が来てしまうから
助けた”
舌にのせられかけたその言葉を
男は口の中で流し込んだ。
段々と生活するにつれ彼女の未来が見える能力はほぼ信憑性があるものとなった。
この前の書庫のこともそうだったが、女は男が何かを頼もうとした時に必ず近くに現れ、必ず当たる予言を残して去っていくのだ。
その予言は体調の悪化や出会う人たちの名前、さらには天気や気温の変化にまでおよび
男は自分が人を殺して貧乏になるという未来にますます怯えきっていたのである。
なんてことだ、この俺がこんな田舎くさい女
1人に怯えるなんて…
そう思いながら男が服を着替えていると
突然、玄関の門を叩く音がした。
『貴方、お客さまよ。』
「めんどくさい、お前が出ろ。」
背中を見せてそう言うと女は聞こえるように
ため息をついて玄関へと向かった。
すると、しばらくして
訪問者と楽しそうに話す声が聞こえてきた。
『貴方、見てみて!綺麗なお花をもらったわ!』
訪問者が帰った後、
女は美しい桃色の花を男に見せた。
甘い花の香りが薄く広がって
男の鼻腔を僅かにくすぐる。
『貴方が助けたお爺さんからよ、お礼の気持ちにどうぞって…よかったわね。』
「…安っぽい花だな。」
『可愛いからいいじゃない、ここに飾りましょ。』
女がテーブルの上に置かれた花瓶に抱えていた花を飾る。
男はその様子を見つめ、
ふと自分の幼少期を思い出した。
自分は水の恩恵を私欲のために使う
金満家の御曹司。
親の暴虐な金の取り方は度々悪評を呼んだ。
故に、子供の自分が何かで成功を収めても、
必ず周りから賄賂の存在を疑われた。
心の底から自分を褒め、気持ちだけで形だったお礼を差し出した人物など今まで一人も現れなかった。
…なんだ、この気持ちは。
じわじわと湧き上がる不思議な感情に
男の胸が温かさに包まれる。
…悪くないな、こういうのも。
テーブルの鞄に飾られた花が
ふわりと揺れた気がした。
コメント
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投稿ありがとうございます!!!! 好きです!!!!(単刀直入) 男性が最初女性を見つけた時の思考に、若干恐怖を覚えたものの、 1枚上手な女性の言動に困惑する男性が少し可愛く見えました😌 男性はどす黒い部分を持っているも純粋。 女性は小悪魔という言葉が似合う程上手だが、温かな部分もある。 このふたりが今後どうなっていくのか、凄く気になります👀✨
男性の刺すような苦しみと孤独をとても感じました。その分女性の優しさ、体温までもが伝わるようでとても心に残る作品でした!