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第30話:奏樹――命を歌うものたち(完)
世界樹が目を覚まし、
それを“命令”でも“記録”でもなく、脈動と存在で感じたとき――
ハネラたちは、初めて自分たちが何者であるかを知った。
その日、都市のすべての枝が、
ひとつの律を通して“共鳴しなかった”。
共鳴しないという選択。
命令しないという暮らし。
ただ、それぞれがそれぞれに「ここにいる」と伝え合う静かな接続。
シエナの棲家は、東端の高枝にある。
ミント色の羽根は、朝の光を受けて緑がかる。
透明な尾羽は光を弾くのではなく、風と脈を映す鏡のようにふるえていた。
肩にはウタコクシ。
羽根の下で眠りながらも、都市全体の律を夢のように記憶している。
彼女の巣は、棲歌を持たない。
だが、葉の配置と枝の傾きが、その存在を音もなく語っている。
それを聞いて、
いくつかの虫たちが静かに通り、
別のハネラがそっと羽を広げて空を切り――
世界樹全体が、誰にも命じられず、誰にも応えず、ただ“棲む”ことに集中していた。
ルフォもまた、その巣に立ち寄っていた。
かつて操作士と呼ばれた者の羽根は、今やくすんだ金色に変わっている。
しかし、そこには新しい紋様が刻まれていた。
**「理解ではなく、共棲の記録」**と呼ばれる律の文様。
彼は言った。
「命令しなくても、ちゃんと動く。
動かそうとしなくても、ここは生きてる。
それで、いいんだよな」
ウタコクシが、目を開いた。
わずかな振動を発し、風がそれを拾う。
そして枝が、それに軽く応える。
「命令されなくても、棲むことはできる」
その証明が、今ここにあった。
かつて命令で都市を操っていた者たち。
共鳴音で都市と通じていた者たち。
すべての記録が集まり、そして無音の空白へと変わった。
記録の虫たちは、もう「記録」ではなく、
ただ「聴き、覚え、忘れない」存在となり――
“命を歌う”という意味が、棲み方そのものになっていった。
枝が風に揺れる。
音はない。
だが、そこに棲む命すべてが“奏でていた”。
命令しない都市。
歌えないハネラ。
記録されない振動。
そして、棲み方が律となる世界。
それが――
奏樹。
命を歌うものたちの、静かな約束。
(完)
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