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そのまま中年男性の自宅に向かおうとしたのに、なぜか僕の足は路地裏に進む。数歩進んで壁際に背を預けたら、路地裏の奥にいた猫が驚き、唸りながら暗闇の中で目を光らせた。
「僕はなにもしないよ。なにもする気になれない……」
そんなことを言っても猫に通じるハズなく、ひとしきり唸ったあとに、どこかに逃げ隠れた。
「アンジェラが亡くなった。赤ちゃんはどうなったんだろ」
そのことを知りたくても知る術はなく、まぶたの裏に昼間楽しくお喋りした様子が、自然と流れる。もう彼女の笑顔が見れないことに、胸がしくしく痛んだ。
(とにかくまずは、中年男性のズベールさんに会いに行こう。そして事実確認してから、あの病院に連れて行き、僕の無実を証明するんだ!)
滲んだ涙を袖で拭いながら路地裏から出て、ポケットにしまったメモ紙を広げ、外灯の下で眺めてみる。ここからそう遠くない距離に、中年男性の自宅があるらしい。
夜遅い時間に、見知らぬ僕が来訪したら怪しまれることがわかるので、明日の朝に彼が家から出てきたときにら話しかけてみようと計画する。
「とりあえず、現地に行って確かめてみよう」
地図に示されたとおりに歩くこと10分で、中年男性の家と思しきところに到着した。古めかしくて、小さい造りの家の中の明かりは既になく、就寝しているのか、はたまた留守のどちらかだった。
場所の確認ができたので、ドリームを待たせている林まで一旦戻ることにする。仮眠した数時間後に、ふたたび中年男性の家の前に赴き、彼が出てくるのをしばらく待った。
太陽が昇り、どれくらい時間が経っただろうか。中年男性の家の影から様子を窺う僕の目の前に、昨日と同じ格好でズベールさんが現れた。赤ら顔じゃないことでら確実に酔っていないのがわかり、安心しながら声をかける。
「ズベールさん、おはようございます」
通りに向かって、歩き出す背中に話しかけると、驚いたのだろう。首を竦めながら、コチラに振り返った。
「……アンタ誰だ?」
「昨日、貴方に蹴られた者です」
ズベールさんに近づきつつ、昨日の出来事を告げたら、バツの悪そうな顔をした。
「悪かったな、それは」
僕の顔をきちんと見て謝ったが、冷めた口ぶりは謝った感じがまったく伝わってこない。そんな違和感を覚えたからこそ、さっきよりも尖った口調で語りかける。
「僕を蹴ったよりも大変なことをしたの、わかってますか?」
自分よりも少しだけ背の低いズベールさんに、睨みをきかせて問いかけた。すると、黙ったまま首を横に振る。
「ズベールさん、もしかして昨日のことを、覚えていないんですか?」
「昨日は職場で腹の立つことがあって、ヤケ酒しちまってよ。いきつけの店で呑んでからのことは、ほとんど覚えちゃいないんだ」
太い眉を逆への字にしながら説明されても、今度は僕が困る番だった。
(――彼が覚えていないんじゃ、まったく話にならないじゃないか!)
「本当に記憶がないんですか? 貴方は自分とぶつかった妊婦さんを蹴るという、とても酷いことをしたんですよ」
身振り手振りをまじえて話しかけたが、ズベールさんの顔色は変わらず、首を横に振るだけだった。