テラーノベル
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難しい言葉が必要ない恋だった。簡単な言葉で片付く恋だった。この恋を簡単な言葉で片付けたくはない。僕は子供だった。
人並みには感性は豊かで、人並みの人生経験は積んだ自覚はある。顔だけは良かった。喧噪の絶えない街の交差点、きっと己の容姿が優れているという自覚をもった店員のいる喫茶店、それぞれの人生を乗せた電車の中、ただそこにいるだけでスカウトを受けるだけの容姿を持っている自信はある。ただ、人並み以上に人間性に欠如は見られた。うらやましがられるほど女は抱いたし、その中には恋人がいる人、婚約者もいた。田舎から上京してきた世間しらずの女性も抱いた。他人から求められることが僕の自尊心を高めたし、それが僕の中でステータスになっていたのも事実である。消せない写真フォルダに現を抜かしながら正気かと疑いたくなるほど夢中になって汚物を頬張る女の頭を撫でる。この女も今日限りの関係だった。
22歳 4月 鈴。
私の自己肯定感は昔に比べたらかなり高くなった。広くはないけれど2人で生活する分には丁度いい埼玉のアパート。こたつから頭だけだした彼に釣り合えるくらいには変われたと思う。来週行く千葉のテーマパークで身に着けるおそろいのカチューシャを2人で選んでいるだけのありふれたこの時間、空間が私の人生にちいさな幸せを生んでくれている。「ねぇ、この猫のカチューシャ、絶対似合うよ」彼が身に着けている所を想像して一人にやける。「これ男の子つけても変じゃない?」中学生のように悩んでいる彼がとても愛おしく思えた。「かわいい、絶対似合う! 楽しみ」彼を置き去りにして一人はしゃぐ私を彼は優しく抱きしめ、首筋に優しく口づけをした。「もお~犬みたい。かわいいねぇ」まるで彼が私に忠実な大型犬に見えた。彼が私の運命の人であり、一生をともにする人だと考えたとき、より一層愛おしく思えた。「ねぇ、すずちゃん。 かわいいって男の人に思うのって沼らしいよ」いたずらに笑う彼はそう言って晩酌を買いにコンビニへ出かけた。その日の夜は、口づけをされた首筋が少しだけ傷んだ。彼をまた思い出してしまった。
当時19歳。1月 成。
当時働いていたダイニングバー。平日、みなが明日の仕事のためにせこせこ家路についていた日だった。その日に聞くドアが開かれる鈴の音はひどく僕に新鮮さを運んだ。おそらく大学生だろう、女性4人組が入店してきた。どの面も男を知らない芋の匂いがするそそられない女客だった。客ごときに期待はしていなかったが気分が一段階下がった気がした。ただ、最後尾にいた女性と目が合った時、僕の中の何かが変わった音がした。「いらっしゃいませ」3人が無視して店内に入っていく中、その女性だけは僕にお辞儀をして入っていった。容姿は周りに感化されてなのか、少し田舎臭くはあったが、どうしようもなく魅力的に見えた。一目惚れだった。その日の営業は全く集中ができなかった。どうしようもなく僕の瞳に綺麗に映る彼女に気を取られていた。彼女は一つ一つが丁寧で可憐だった。食べ方は綺麗だし、酒、料理、提供するたびにお礼の言葉を言いお辞儀をする。何よりも彼女の笑顔は僕の意識を冷静にさせなかった。軽すぎる、そう言われればそれまでだが、僕には十分すぎる理由だった。他人には自分の浮ついた話はしない僕だったが、その日はじめて冗談交じりに言った。「店長、俺一目惚れしちゃったみたいです」きさくな人柄だった店長は笑いながら僕の惚気を聞いてくれた。他人に話す惚気は僕に幸福感と満足感を与えた。ナンパと呼ばれるものをしたのはその日が最初で最後だった。帰り際、彼女にかける僕の声はとても細く、自分でも驚くほど震えていた。「あの、彼氏とかっていたりしますか、もしよかったら」彼女は目を丸くし、周りにいた彼女の取り巻きはひそひそ盛り上がっていた。「かっこいいと思ってました」その言葉に僕だけでなく、彼女自身も驚いている様子だった。そのあと自分が何を言ったのか理解した彼女は徐々に赤面に変わっていった。人間性の欠如した僕にはもったいないほどの一目惚れは、早いうちに実った。
初々しい連絡を終え、はじめて出会った日から一週間後、僕たちは浅草へ初詣に行った。女性と出かけるのはなれていたはずなのに、どうも彼女が隣にいると落ち着かない。彼女は僕の弱点らしい。彼女の言動一つ一つが僕にめまいを起こさせる。こんな僕が報われていいのだろうか。数々の女性を不幸にした僕が。一人なるとそんな考えは浮かぶが、彼女と一緒に居るとき、僕は普通の健全な男性になれた。三回目のデートで告白。世の中ではこれが一般的だろうが、僕は二回目でしてしまった。返事はOKだった。自信はあっただけに喜びよりも安心の方が大きかった。こんな人を他の誰かのものにしたくなかった。新宿駅を出たところのエスカレーターを上がったところにある学生のたまり場のような所で彼女に告白をした。その日、夕焼けを背にした彼女の写真を撮り、携帯の待ち受けにした。彼女が一つ年上なのは付き合ってから知った。血液型、身長、実は自己肯定感が低く、自分に自信がないこと、実は僕が生まれてはじめての彼氏であること、動物好きだけどアレルギーであること、金属アレルギーでもある。彼女のみよじは全国で400人しかいないこと。九州から大学1年のときに上京してきたこと。交際するには早すぎたのかもしれないが、彼女のことを「彼氏」として知っていくのがとても嬉しかった。「あぁ、俺普通になれるんだ」彼女がパスタを頬張っているところを動画に映しながらつぶやいた。「ん? いやなんでもない」つい出てしまった心の声をしまった。「ねぇ成君のことみんなかっこいいって!!」「え? 嘘だぁ」数日前、初彼氏で浮かれた彼女は大学の友達や、あの日一緒に僕のアルバイト先に来ていた女友達に僕の写真を見せたらしい。顔がいいのは自他共にわかっていることだが、彼女にそう思われている自分がとても誇らしかった。彼女の瞳にかっこよく映っていることが、何より大事だった。彼女の理想は僕でよかった。「ほんとほんと! どうやって騙したのー? だって!」小動物のようにしゃべる彼女がとても愛おしく思えた。小柄だからか、どんなにはしゃいでいても彼女の動きは小さかった。「見て、めっちゃ可愛い」撮っていた動画を彼女に見せながら頬を緩めた。「ねぇ! 超ブス! 消して消して!」彼女は時折、自分のことを卑下した。僕にはこの世で一番きれいに見えているのだが、彼女からしたらそうではないらしい。彼女が言っていた昔から自己肯定感が低いというのは、女性特有の口癖だと思っていたが、彼女の場合、中学生のころから自分の容姿に自信が持てなかったらしい。それでも付き合っている間、僕は彼女のことをほめ続けた。それが彼女の自己肯定を促すものだと思っていた。
24歳 1月 成。
社会に出た僕の内ポケットに入っている携帯はあの頃のままで、待ち受けだけが変わっていた。
20歳 4月 成。
彼女の方が年が一つ上といっても誕生日が近かったため、ぼくはすぐに彼女と同い年になった。付き合って3か月。世の恋人たちが最初に迎えるらしい倦怠期というものは僕たちの間にはなかった。相変わらず彼女と会うたび愛おしい。しかし、4月は彼女の保育士としての実習が始まり、会える頻度が減った。かといってお互いの気持ちに距離ができたわけでもなく彼女の気が落ちている時には会いに行ったり、彼氏としてできることはすべてしていた。一年生の頃は出席が足りず単位を落としていたが、今はちゃんと学校にも行っている。すべてが順調だと思っていた。
20歳 5月 鈴。
ついに実習が終わり、彼と会える。この日のために頑張ってきたといってもいいほど待ちに待った日だった。今日、彼氏が会う初めての女性は私だと思っていた。しかし、待ち合わせ場所にいた彼氏は別の女性といた。私よりもスタイルがいい。髪もいくらかけているのか、手入れのしない私には想像できないほど綺麗な女性だった。本当に綺麗な女性だった。彼が私に気づき、女性の方も私にお辞儀だけして去っていった。「ねぇ成君今の誰?」こちら側の不安を悟られないように彼に聞く。「あぁ、うーんなんていうんだろ。昔仲良かった人だったんだけど、今たまたま声かけられてさ」どうやらこちら側の不安には気づいていないようだ。少しだけさみしかった。「そう…なんだ」「あれ? もしかして妬いちゃった? かわいい」そうやっていつものように私をからかってくる彼になつかしさを覚えながら「今じゃない」無意識のうちにでてしまった。「ん?」聞き返す彼に「ううん」と返し、その日のデートが始まった。彼の周りはあのような綺麗な人がたくさんいるのだろうか。実習、彼は何度か出かけることがあったようだが、あんな綺麗な人がそばに住みついていたのだろうか。解散するまで、その日は彼の目をちゃんと見れなかった。
20歳 11月 鈴。
彼と付き合って10か月。今でも彼と出会った日のことは鮮明に思い出せる。私以外みんな20歳を迎えているメンバーでの同窓会。その日連れてかれたダイニングバーで一人、金髪で目立つ店員さんがいた。派手なのにどこが落ち着きのある、きっと女性と遊んでいるはずなのにそんな雰囲気を出さない丁寧な接客、同窓会は一時、彼の話で盛り上がった。金髪はだいたい大学一年生、メンバーの中の一人がそう言ってから、年下彼氏の話に移った。もし彼が年下なら、それはまるで漫画の中に出てくる理想的な男の子だろう。当時読んでいた漫画の中の男の子に彼を重ねた。帰り際、彼が声をかけてくれた。震える声で声をかけてきた時、愛おしさで心の声が出てしまった。あの時、心の声が出てよかった。今でもそう思う。今、隣にいる彼は髪の毛を黒くし、より落ち着いた雰囲気を持っていた。あぁ、誰かに取られてしまいそうだ。彼と会った日、彼を思い出して眠りにつく日、その都度そう思ってしまう。彼のSNSのフォロー、フォロワーの中にはモデルさんかと間違うほど綺麗な人がたびたび現れる。そのたびに私でいいのだろうか。と、劣等感に苛まれる一方、こんな綺麗な人でも、彼のあんな顔やこんな顔、見たことないのだろうと思うと、一時的に優越感に浸れる。彼には釣り合わない私だけど、大丈夫。私達は大丈夫。「ん? どうしたの? 行くの嫌になってきちゃった?」彼の横顔に見入っていた私に、彼が目を合わせてくる。「ん! 逆逆! 楽しみすぎてボーっとしちゃった」とっさに言い訳をし、彼と1月、私の誕生日の日に行く予定のテーマパークで着けるおそろいのカチューシャの提案をする。「ねぇ、これ成君がつけたら絶対かわいいよ!」そう言って私は猫がモチーフになっているカチューシャを見せた。「んん、これ女の子がつけるやつだよ?」少し照れた顔して、カチューシャを映した携帯を彼は頭の上に持って行った。「ぜったいかわいい!! これにしよ! ううん。これにする」一人はしゃぐ私を、愛おしそうに彼は抱きしめ、首筋にキスをした。「なになにくすぐったい!」彼の前でしか見せられない笑い方で笑い、彼にしか聞かせない猫なで声で言った。「ねぇ、すずちゃん。女の子が男の子に思うかわいいって沼なんだよ」そう彼は言った。たまに彼は女性の気持ちを口に出す。言っていることがすべてその通りすぎて、彼の女性経験が頭にちらつくことがある。しかし、彼の女性経験を聞くのが怖くて今まで聞いたことがない。聞いたら私の中の劣等感や独占欲が暴走してしまいそうで怖かった。でも、もし、仮に彼の女性経験が多かろうと、私を大事にしてくれている事実は変わらない。何を心配しているんだ私は。現に彼は付き合って10カ月もたっているのにキス止まりである。少し寂しいが私を大事にしてくれている証拠じゃないか。大丈夫、私達はまだ、大丈夫。
21歳 成 6月
すずちゃんと付き合って1年と数カ月がたった。喧嘩が生まれ始めた。喧嘩というより、僕からの一方的な説教に近い。彼女を大事に思うあまり、大事にできていなかったのかもしれない。彼女はもともと異性絡みが少なかった。高校、大学と、女子高だったため、僕は彼女に異性絡みで心配することがなかった。しかし、彼女が就活を視野に入れ始め、就活準備や、就活前に友達と遊びに行くことが増えた。就活準備や、遊び、その中には僕の知らない男がたまにちらついた。大事な彼女の瞳の中にうつる男性にひどく嫉妬を覚えた。子供すぎたのかもしれない。彼女のSNSにうつる男が少しでも顔がいいものならしつこく連絡してしまったともあった。最初はまるで園児をあやすかのように接してくれた彼女だが、その頻度が多くなるにつれ、彼女は黙り始めた。それに余計腹が立った。そうして一方的な説教の数はふえた。『今日は、飲み会?』 彼女に予定があって会えない日はこのようにいつも連絡を入れていた。もともと飲み会とは聞いていたが、少しいじわるで聞いた。『そうだよ。男の子何もないから安心して』男の子何もないから安心して。いつのまにか彼女が出かえる前に必ずいう言葉になっていた。それを聞いて一方的に安心したい僕を察しての事だったと思う。『電話したい』返信が来たのは数分後のことだった。『もうすぐ出るから、少しだけになっちゃう』そう返ってきてすぐに電話をかけた。会えなくてさみしい。次いつ会える。今日の飲み会男の子本当に何もない? 一方的に僕が話し、彼女はただ返事をする機械になっていた。『ねぇ、いつもそうじゃん。こっち心配なんだけど』僕の感情がヒートアップしてきた時、彼女はただ、『ねぇ』 そう言った。いつもとは違う声音で、雰囲気から僕はすぐに嫌な予感がして、自分にブレーキをかけた。『まぁ、いいや。飲み会終わったら連絡してね』 彼女は返事をして、電話を切った。彼女が飲み会に顔を出している時間。生きた心地がしなかった。自分より面のいい男に見とれていたら。彼女がその気でなくとも、他の男がその気だったら。もし仮に男と一夜を。僕でもまだ彼女に手を出していないのに。馬鹿らしい想像は彼女からの連絡で打ち消された。『もしもし? 今どこ? 飲み会おわった?』電話をとるや否や、言葉を連射した。僕の声を認知した彼女は呂律の回らないまま、意味不明なことを言っていた。この状態の彼女を他の男の前にいさせたままではいけない。彼女の現在地をなんとか聞き取り、迎えに行った。
21歳 鈴 6月 深夜 池袋
おぼつかいない足取りで駅へ向かう私に肩を貸してくれた男性の顔はもう覚えていない。彼氏に怒られるぞと周りがその人を茶化していたが、それでも彼は私を支えたままだった。私より少し背の高いくらいの男性だったからか、うまく支えてくれた。あぁこんなところ彼に見つかったら殺されてしまうな。そんなことを考えている自分の立場が恐ろしく滑稽だった。「大丈夫ですか? 一人で家まで帰れなそうだったら僕送りますよ」彼以外に優しくされる変な感覚に思わず自分じゃない自分が出てきてしまいそうで怖くなった。彼氏が迎えに来るから。そう男性に伝え、駅で飲み会のメンバーはみな解散した。もっと酔っておけば良かった。冷気にあてられ少し冷静になった頃、彼が駆け寄ってきた。その日の彼は、いつものように人前でこんなだらしなくなった私に説教するかと思いきや、最寄りの駅から私をおぶって、飲みすぎ、お水買おうね。と、ただ優しくしてくれた。今なのかもしれない。今私は彼より優勢なのかもしれない。いったい何が、そう突っ込まれてしまう考えから、私の口は勝手に動き出した。「あの人誰?」「誰の事?」「実習終わり、久しぶりに会った日、隣にいた人」彼は少し記憶を探り、彼女を見つけた。「あぁ、ただの友達。もうずっと連絡取ってないよ」ただの友達。そう、ただの友達。私もただの飲み会。何もない関係同士の飲み会。「だよね。でも綺麗な人だったなぁ」怖い。この先が怖い。もっと飲んでおけばよかった。そう後悔してももう遅い。「飲もうか」彼はそう言った。私の言葉の間に何かを感じ取ったかのように言った。本当に、彼は私をよく知っている。そのあと、コンビニでいつも飲まない、名前が強そうなお酒を買った。私を見て彼は苦笑いしていたが、私は自信満々に彼に突き出した。「ほんと年上感ない。治さなきゃダメだよぉ~。治さなくてもいいけど」冗談交じりに彼は言った。でも、可愛いとは言ってくれなかった。
21歳 成 6月 深夜
本当に年上感のない人だなこの人は。彼女が飲めるはずのない9%の酒を僕に突き出す仕草はまるで子供が親に自慢の物を見せつけている感覚になった。本当に愛おしくなると同時に僕一人では耐えられない程の喪失感に苛まれた。彼女の家の近くにある公園。彼女がこそこそ家を抜け出して会っていた2人の思い出の公園。「飲みっぷりいいねぇ」飲めないはずの強い酒をぐびぐび流し込む彼女を煽る。「21歳なので」自慢げに言う彼女はとても愛おしかった。改めて僕には勿体のない人だと痛感する。しばらくの沈黙の後、彼女の声であたりの雰囲気が変わった気がした。「今日知らない人とキスしちゃった」彼女は嘘をつくのが下手だ。本当に。彼女はすぐ顔や声に出る。それだけでも嘘だと分かるのに。こんなかわいい子をキスだけで終わらせる男が存在するわけない。「そう? でも今すずちゃんここにいるよ?」言葉の意図を察したのか、またいつものように笑いだす。本当にこの人は僕を知っているな。こんな人二度とこの先現れない。より一層そう思えた。「成君遅いよ、もう遅いよ」彼女の笑い声はいつも間にか濡れていた。「私、成君といるとわからなくなる。痛いくらい私を感じちゃう。これから、成君のこと好きなのに拒絶しちゃう。劣等感が成君から離れられない理由になってた」自己肯定感の低さから出る彼女の言葉に声が出ない。僕にはどうしようもなかった。僕の肯定が彼女の肯定には繋がらなかった。弱い彼女を縛ったことから加速させていた自覚はあった。彼女にはたくさん妥協させてしまった。出会った時の僕の直観は、彼女にとっては警告だったと今更気づいてしまう自分に嫌気がさす。「成君のこと分かれないし、私の感情だって理解できないと思う。いや、成君には理解できるか」諦めたかのような口調はきっと僕の過去をさしているのだろう。彼女が僕の過去について気になっているのは知っていた。けどはっきり伝えることはできなかった。汚い僕を彼女の瞳に映したくはなかった。ずっと綺麗な僕を映していて欲しかった。「ねぇなんか言ってよ。私以外にいるんでしょ。私可愛くなんかないもん。ねぇなんで成君は良くて私はダメなの。私男の子となんもないよ。なんで。私ってそんなに信じられない? 私を檻に囲って、縛って、私ってそんな汚く見える?」違う。自分が汚いから。彼女が汚れるのを恐れたから。ただ、彼女の周りの猿が信用できなかっただけで。いや、全部きっと違う。本当は、自分を守りたかっただけなのかもしれない。今の僕には彼女しかいなかったから。自分の容姿へのプライドや男としてのプライドが、彼女の目移りによって傷ついてしまうことを恐れていただけなのかもしれない。もし、目移りなんかされてその男以下という烙印が僕につけられてしまったら、何も持っていない僕はどうすればいい。全て、自己肯定感の低さからの束縛だった。
あの日、彼女の実習終わりの日待ち合わせ場所で一緒に居た女性。麗美という女。
あれは僕の
セフレだった。
21歳 東京
かつて恋人同士だった者達の「最後」の日。その日からお互いに連絡を取ることはなくなった。お互いの思い出の清算だった日。彼は彼女を汚した。精一杯優しく汚した。
27歳 成 春
社会人になってからしばらくたち、僕の生活は落ち着きを生んだ。相変わらず容姿だけしか長所がなく、仕事も人並み以下、落ちぶれていた。酒を飲んでは女を抱き、男性寿命も近くなってきているのには意識を向けず、一夜限りの優しさを抱いていた。結婚式の招待状。住所の変わっていない僕の家に届いた場違いな通知には胸がクソで詰まる気持ちだった。「こんなのが会場行ったら全員喰うぞ~」冗談交じりに通知を開封し差出人に目を向け、時間が止まった。
どうにか動かない足を引きずり、怖いもの見たさのような気持ちで会場に足を運んだ。予想通り、辺りには知らない人しかおらず、会場の中に混じる汚物としての意識が芽生え、消えたくなった。「あ、」会場の中に混じる男性の顔を僕は知っていた。昔付き合っていた彼女のSNSに載っていた顔だと認知すると同時にそんなどうでもいい事を覚えている自分が妙におかしくて一人肩を震わせた。なんで呼んだんだよ。少し毒づいてしまう。新郎新婦入場のアナウンスが会場になり、久しぶりの再会、近況報告で騒がしかった会場が静まった。多分、会場で最も入場してほしくないと思っているのは僕だ。まもなく、よく聞く結婚ソングと共に辺り一斉に拍手が鳴る。入場してきた彼女の姿に息をのんだ。付き合っていた当時、最も見たかった彼女の姿は、今、隣にいる男のためのものだと思うとどうしようもない悲壮感が襲うが。それよりも、綺麗だった。それは、彼女の選んだ道が正解だったと。僕なんかではなく、その、隣の男性の隣にいることが、正解だったと。こんな僕を今日呼んだのも、彼女の性格からしたら、なんとなく分かった。「本当に優しい子だな」彼女に精一杯の拍手を送り。
僕は会場を出た。
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