「殿下、前も言いましたよね!」
「説教は聞きたくないぞ。ルーメン」
バンバン! と机を思いっきり二回叩き、ルーメンは怒りを露わにしたように、俺に怒鳴った。否、ご立腹だった。
こうなったのは、勿論俺が勝手に皇宮を抜け出してエトワールとデート(エトワールの方は頑にお出かけと言っていたが)しにいったのが、バレたからである。
一日中執務に追われ、戦場に出て……それの繰り返しで可笑しくなりそうだった。
負の感情によって暴走した後と言うこともあり、まだ本調子ではなかった。だから、癒やしを求めていたのだ。浅はかだったと思う、反省はしている。だが、後悔はしていない。
(いや、後悔はしているか、俺が彼女を誘わなければ彼女は危険な目に遭わずにすんだのに……)
あの時もっと俺が注意を払っていればあんなことにはならなかったはずだと。
一日で彼女を取り返せていたから良いものの、あれが二日、三日……若しくは永遠に戻ってこなかったと考えると胸が痛い。
また、アルベド・レイの手を借りざる終えない状況であった。光魔法の魔道士では、転移魔法が簡単には使えないから。
「聞いてるんですか、殿下!」
「聞いている。俺の前だ、その気持ちの悪い敬語をやめろ」
「ッチ……」
「舌打ちはして良いとはいっていないぞ」
ルーメンは、周りに誰もいないというのに、作ったような敬語と態度で俺に接してきた。怒っているからかその感情は上手く制御出来ていないようだったが、それでも、どうにか自分でおさえて、皇太子の補佐官であろうとした。
中身は俺の前世の親友である灯華のままなのに。
(この世界はやたらと身分に煩いからな……)
目上の者に敬語を使うのは、俺たちの住んでいた世界にもあったし、常識だと思ったが、身分の差というものもはっきりとあり、皇族である俺と、その補佐官であるルーメンでは明らかな壁がある。そのため、彼は親友でありながら俺に敬語を使わざる終えない。そうでなければ不敬だと周りから言われるからだ。彼を特別視すれば、また彼の立場も悪くなるだろう。だから俺達は、公共の場では皇太子と一補佐官という関係でいる。
「お前が欲に忠実なのは知っているが、さらにそれがたるんだんじゃないか ?」
「たるんだのではなく、憑き物が落ちたんだ」
そう俺が言えば、ルーメンは眉間に皺を寄せた。寄せたいのは俺の方なのに、と思いつつ彼の言い分を聞く。
俺の方が間違っているだろうとは思っているのだが、それを認めたくないというクソみたいなプライドのせいで、彼の話をすんなりと聞き入れられないのだ。
「暴走して、それから執務に戦場にも駆り出されているお前を見てて、心配してるんだ。だから、休めるときに休んでくれと俺はいったが…………聖女様と出かけて良いとはいってないぞ!?」
「……そうだな」
「そうだなって! それに、そのせい……とまでは言わねえけど、聖女様は攫われそうになって、間一髪で助けられたはいいものの、アルベド・レイと二人だけで乗り込みに行って! お前は、皇太子なんだぞ!? 帝国の希望、光! そういう自覚ねえのかよ!」
と、ルーメンは叫んだ。
感情論も少し混ざっているような気がしたが、もっとものことだった。言い返す言葉もない。
二人きりで乗り込みにいったのは、本当に衝動的であり、反省はしている。敵の数も分からないのに、まだ確実に信頼できるか分からないアルベド・レイと二人で。心配するルーメンの気持ちも痛いぐらい分かる。だからこそ、謝ったのだが、彼は気持ちが収まらないようだった。
俺の事を繰り返し皇太子なんだから。と言うが、皇太子だから何だというのだと、口にしてしまいたくなった。それでも、その言葉をグッと飲み込んだのは、心配してくれるルーメンと、今俺が死んだらこの危機は乗り越えられないんじゃないかという気持ちがあったからだ。勿論、エトワールと結ばれるまで死ねないし、俺が死んで悲しむ彼女の顔など見たくない。俺が好きでなくとも、優しい彼女のことだ、俺が死んだら泣いてくれるだろうから。
「ほんと、無茶する……こっちのみにもなれよ」
そうルーメンは言うとようやく落ち着いたのか、ずるずると、机の上に突っ伏した。机の上には大事な報告書やら書類があるというのに、シワになったらどうするんだと彼の頭を叩く。
まあ、いつもの事と言えばそうなんだが、そういう所を抜きにすればルーメンは優秀過ぎる。
そして、俺に対して容赦がない。
言いたいことだけ言って、後は疲れたように伸びる。それは昔から変わらないことで、俺達の間では日常なのだが。
やるときはやる男で、格好いい一面があることも知っている。だが、親友の俺に対しては周りの対応と違って子供というか。兄に煩い弟という感じになる。実際に、彼は弟だったが。
「すまなかったな。俺もまさか、あんなことになるとは思っていなかったんだ」
「ほんとそれな」
「……何処も危険になってしまったな」
俺はそう譫言のように呟いた。
俺がきた当時は、小さな紛争や戦争があれど、すぐに治まり、それでも争い憎しみあいは耐えなかったが、この帝国だけは気さくで陽気な人で溢れていた。城下町も今よりももっと活気があり、人々の笑顔が絶えない国であったはずだ。そこかしこから歌が聞え、楽しげにダンスを踊り、昼夜とわず、笑い声が聞えてくるような国だった。
それが今ではこんな事になっているなんて誰が思うだろうか?
(いや……俺が此処に来た時から、もう既におかしかったのか)
俺がこの身体に転生した当時から、徐々に災厄の進行が進み、そうして今にいたったというのか。
だがやはり、俺の暴走をきっかけに何かしらの歯車がぶっ壊れたんだろう。災厄の引き金を引いて……この帝国がこうなったのは、俺のせいでもある。
だからこそ、俺はこの帝国を自分の手で守り変えていかなければと思った。償いというか、それが自分の役目な気がして。
「そうだろ!? 危険なんだよ。だから俺に黙って外に出てくな! 分かったな!」
と、ルーメンに釘を刺されてしまった。
今回のことはもう耳にたこができるぐらい聞いたので、これ以上聞くつもりはない。俺が素直にうなずけば、ルーメンは満足そうにしていた。
しかし、彼が俺のことを心配してくれているのは分かるが、過保護すぎる。
俺は、ルーメンよりも剣の腕がよくて、自衛もできる。
まあ、ルーメンが言いたいのはそういうことではないのだろうが、あまりにも心配性過ぎて、将来剥げないか心配だった。
「それで? 他に言いたいことはないのか?」
「言いたいことって、これで全部だよ」
「なら、休ませてくれ。少し疲れた」
「俺の方が疲れたよ」
ルーメンは、わざと疲れたと口にした俺を見て呆れたように呟いた。
疲れたというのは、半分嘘で、半分本当だった。彼がこの部屋から出て行ったら、エトワールのところにでも行こうと思っていたのだ。だが、いかせないとでも言うように、俺の思惑に気づいたルーメンは「聖女殿にいくことは、休むことじゃないからな」と釘を刺す。一体何処まで分かっているというのだろうか。
だが、エトワールのことが気になって仕方がなかった。
今に始まったことではないが、彼女は怖い思いをしたはずだ。何か自分に出来ることはないかと思って……
(いいや、言い訳だな。俺が彼女の側にいたいだけ。彼女は別にそんなこと口にしていないだろうに)
そこまで思って、俺は思いとどまった。
俺の善意は、彼女にとっては迷惑かも知れないと。彼女は俺を友人だといった。それが恋に変わる可能性はあるかも知れないが、今は友人だと。だからこそ、恋人のよりかんで接してこないで欲しいと言ったのだ。
だが、一度恋人だったという身。友人という位に落とされて俺は、前の感覚が抜けず、すぐに恋人に戻れるものだと思っていた。彼女は許してくれるはずだと彼女を理想化していた。そうして、現実にぶち当たって、子供のようにわめいているのだ。
全く、恥ずかしい話だが。
「どうしたよ?」
「いいや……お前には何でもお見通しかと思ってな」
「聖女様のことか?」
「ああ……」
そう言えば、ルーメンは何とも言えない顔をした。
きっと、ルーメンは俺とエトワールの関係性をなんとなく察しているんだろう。友人関係になったこと、ちらりと話したような話していないような気もするが、それでも察してくれて何も言わないでいてくれる。フラれたのか、など言われた日には腰に下げている剣を抜いてしまっていたところだろう。
「適度な距離感がいいんじゃね? だって、聖女様性急に迫られると子猫みたいにぴぎゃあ! ってしどろもどろになって、逃げてしまうし」
「違いない」
そう言って笑えば、ルーメンはだろ? と共感を求めるように首を傾げた。
そんなふうに二人で笑い合っていれば、執務室の扉をガンガンと叩く音が聞えた。
「皇太子殿下、いらっしゃいますか!」
「ああ……」
「殿下、私が出ます」
と、補佐官モードに切り替えたルーメンが扉の方へ向かっていく。そうして、ゆっくりと扉を開け、扉の前にいた騎士と何か話しているようだった。何を話しているのかと、気になっていれば、顔を真っ青にしたルーメンがバッとこちらを振向いて口を開いた。
「聖女殿が、ヘウンデウン教のものによって襲撃されていると!」
「何だと!?」
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