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「エトワール様、今すぐにこの部屋に防御魔法かけられる?」
「え、えっと……!」
リュシオルのいきなりの言葉に戸惑いつつ、彼女の顔を見て、非常事態と言うことだけ察した。
廊下からメイドの悲鳴が聞えていこう、ガシャンとモノが壊されるような落ちるような音が連発している。外で何が起っているのか分からないが、確かめようという勇気はなかった。
きっと、不味いことになっている。
(不味いって、そんな言葉じゃ表せないぐらい……もしかして……)
最悪の想像が頭をよぎってしまい、私は魔法が上手く発動できなかった。
魔法とは、イメージが大事になるもので、精神が安定していること、また魔力が十分にあるときにしか発動しない。イメージが固まりきらない不安定な精神状態では、発動しないのだ。どういう法則になっているかは知らないが、そういう心理状況の人間が魔法を使うのはダメだと女神が定めたからなのか。
そんなことをぼんやり思いつつ、どうにか心を落ち着かせようと思った。
「ど、ど、どどどど、どうしよう!」
「エトワール様、何もたもたやってんのよ! このままじゃ、二人とも死んじゃうかも知れないのよ!?」
「ししし、死んじゃう!? ど、どうして?」
何となく頭では分かっているつもりだったが、リュシオルが切羽詰まったようにそう言うので、ヒュッと喉の奥が鳴った。
きっと、リュシオルは外で起きていることがこの状況が危険であることを理解して、飲み込んでいるのだろう。
私は分かったつもりではいたが、実感がなく、そんな事あるはずないと頭で否定しているため、どうも現実味のないこの状況に戸惑っていた。
でも、それは私の問題で、私のせいで誰かが死ぬなんてことあってはならない。それに、リュシオルだけは守らないとと思ったのだ。私の大好きな親友だから。
ギュウと手を握って、深呼吸する。
(大丈夫、できる。だって、私は神様に愛された聖女なんだもの)
自分に言い聞かせるように心の中で呟いて、防御魔法をゆっくりと部屋にかける。いつもならもっと素早くかけられるのだろうが、てんばっているせいで、ゆっくりとしか魔法が発動できない。
私は、それを隠すためと、リュシオルに安心してもらうため、防御魔法は間に合わせるという意味を含めて彼女を見た。彼女は魔法が使えないために、何か武器になるものはないかと探していた。あまり動かない方がいいんじゃないかと思ったけど、何もしずに待っていることはできないらしい。
「ねえ、リュシオル。もしかしての、もしかしてなんだけど、外にいるのって……」
「ヘウンデウン教の教徒じゃないかしら」
「そ、そそそ、そんなサラッと!」
かも知れないと、薄々思っていたが、はっきりとそう言われ、さらに現実感が増した。ヘウンデウン教という単語を聞いて、背筋がぞくぞくっとして、身震いしてしまう。また、魔法の発動に時間がかかってしまうと自分を律しつつ、話を続ける。
(矢っ張りそうなんだ……でも、何で? ここには入ってこれないはずなのに……)
聖女殿にはそれはもうもの凄い結界魔法が張られているのだ。だから、簡単に侵入できるような所ではない。それこそ、ラヴァインみたいな魔道士であれば、可能であろうが、闇魔法の者が昼間から聖女殿を襲撃など出来るはずが無いのだ。ここは、聖なる力に守られているし、光魔法の方が有利なのに。
そもそも、どうやって騎士や結界をくぐり抜けてきたのだろうか。近衛隊は何をしていたのだろうか。
そう考え、矢っ張り私はまだ聖女だと認められていなくて、守る価値もないと邪険に扱われているのだろうか。そう、ネガティブに考えてしまった。考えてもどうしようもないし、自分の身は自分で守らなければと最近それを強く実感している。
誰かが守ってくれるわけじゃない。助けには来てくれるだろうが、それが間に合うか分からない。だからこそ、そこまで耐えないといけないし、もっと強くならなければならないと思った。守る為にも、救う為にも。
私は自分が本物だとは思わないけれど、聖女だとは思っている。
そんなふうに、何故聖女殿にヘウンデウン教の教徒が入れたのかと、リュシオルに答えを求めれば、彼女は「話しておけば良かったわ」と悔しそうに唇を噛んだ。
「ブライト様が、聖女殿の結界魔法が弱くなっているといったの。ヒビが入っているというか、きっとこの間のリース様の暴走と災厄が近付き、混沌が目覚めた事による影響ね。ほら、ここって皇宮から近い距離にあるじゃない。その気に当てられたのかもって」
「じゃあ、その結界魔法を破ったって言うの?」
そういえば、リュシオルは、分からないけど。と首を横に振った。
そんな彼女を見て、嫌な想像が頭をよぎる。
(もし、絶対にあり得ないとは言えないけど、そんなことないって言いたいけれど、彼が関わっていたら?)
魔法を斬る魔法で、結界魔法を斬ったとしたら? あり得ない話ではない。だが、そんなことをする理由がないのだ。だが、魔法を斬ったとすれば、それなりに魔力感知で気づくだろうし、咎められるだろう。魔法をきれるなんて彼しかいないのだから。
だから、他の方法で入ったのではないかと考えた。
例えば、誰かの魔法が付与された武器で、結界のヒビにナイフを突き立てたりして……
まあそんなことが出来るかは分からないが、可能性がないわけではない。
まず、考える前に魔法を完成させなければ。と私は集中することにした。幾ら考えたところで、答えが出ない。答えが出たとしても今更何になる。そう思って、魔法を発動させれば、扉の前から声がした。
「え、エトワール様。助けてください」
と、泣き叫ぶような、縋るような誰かの声が聞えた。聖女殿で働いてくれているメイドの一人だろう。
その声は擦れていて、今にも死にそうだった。今なら、この結界の中に入れることが出来ると、私は扉を開けようとした。何の疑いもなく、近付けば、リュシオルが「ダメ!」と叫ぶ。
だが、その時には既に遅かった。
ドアノブにかけられた手、そして、扉の向こうでは「きゃああ!」と言う悲痛な悲鳴と、ビシャッと何かが飛び散るような音がした。
「え……?」
その後、扉の前の音も悲鳴もピタリとやみ、ギィ……と鈍い音を立てて扉が開かれた。
「エトワール様、今すぐ離れて!」
そんなリュシオルの言葉を聞いて、反射的に私は扉を離れた。すると、扉から、黒服の男が一人飛び出してきて、そのギラリと光る銀色のナイフを私の首元に向けた。
咄嵯の出来事に、私は反応できず、ヒュっと喉の奥が鳴る。
間一髪でそれを避けて、私は後ろへズザザ……と下がった。そのままバランスを崩し、床に倒れてしまう。
(ヤバい!)
こんな時に転んでしまうとは思わなかった。しかも、足がもつれて、上手く立ち上がれなくなってしまった。
このままだと殺されると分かっているのに、動けないのだ。
(ダメ……!)
そう諦めて、目を閉じた瞬間、ぶすりとナイフが柔らかな肉に突き刺さる音がした。だが、幾ら待っても痛みは来ない。恐る恐る目を開けば、私の目の前に立って、男のナイフを受け止めているリュシオルの姿があった。男は、リュシオルからナイフを引き抜き、後ろへと下がる。そのまま攻撃してくるかと思いきや、ナイフについた血を払ってまた其れを渡しに向けてきたのだ。
だが、そんなことなど私の目には映らなかった。
「りゅし……おる?」
ふらりと、彼女の身体が傾き、私は慌ててリュシオルの身体を支えた。
酷く身体を揺さぶって、私はリュシオルの名前を何度も呼ぶ。すると、ゴホッと口から血を吐き出して、リュシオルが目を開けた。
「リュシオル、リュシオル!」
「えと、わーる……様、だめ、にげ……て」
と、彼女は掠れた声でそう言った。でも、逃げるなんて出来るわけがなかった。
だって、私のせいでリュシオルが怪我をしたのだから。私が油断しなければ、リュシオルは怪我をしなかった。私のせいで。
そんな後悔に押しつぶされそうになりながら、リュシオルの名前を呼び続ける。
彼女を置いて逃げるなんて出来ない。
そう思っている間にも、男のナイフは高く振り上げられ、今にも振り下ろされようとしていた。このままでは死ぬ。そう分かっているのに、私はリュシオルをギュッと抱きしめたままその場を動けなかった。
死にたくない。
でも、リュシオルを――
「ダメ…………やめて、私の……親友を」
私は無意識に口を動かしていた。
何かが変わるわけでもない、男の殺意が消えるわけでもない。刻一刻と、スローモーションのようにナイフが迫ってくる。
そんな様子を見て、私はカッと目を見開いた。身体の中心に熱い何かが集まってくるような不思議な感覚におそわれる。その熱い何かを爆発させろと、頭の中で誰かが命令したような気がした。
「私の親友をよくも――――ッ!」
そう私が叫んだ瞬間、私を中心とし突風が巻き起こり、まるで覇気を放っているような威圧感に包まれた。その風に煽られ、男は大きく後退する。
同時に、私の周りでキラキラと光の粒が舞い始めた。ガタガタと、ガラスの棚は揺れ、天蓋付きのベッドも激しく揺れていた。その場だけ、不思議な力によって地震が起こされているようなそんなもの凄い力が部屋全体に広がっていく。
「ああああああああ――――ッ!」
私は力の限り叫び、その魔力の塊のようなものをさらに肥大化させ、その場で解き放った。