コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
メイン黒 サブ緑 ノンリアル設定(友人)
サイド緑
通い慣れた病室、開け慣れたドア。
今日こそ落ち着いているかと思ったが、やはり扉を開けて最初に聞こえてきたのは、北斗の苦しそうなうめき声だった。
「うっ、うぇ…」
容器を持ち、背中を丸めて吐いていた。慌てて駆け寄り、その背中をさすってやる。
「大丈夫だよ北斗。俺来たから、大丈夫」
「慎太郎…」
もう慣れたつもりではあったが、痩せ細った背中を触るたびに動揺してしまう。
北斗は俺の会社の同僚で、大学時代の友人同士だ。
そして約1年前、北斗は「白血病」と診断された。急性骨髄性白血病。
当時の俺には理解も出来なくて、戸惑ってばかりだったが、北斗は落ち着き払っていた。
「そんな心配すんなよ。絶対俺は勝つから」
そう言って、逆に励まされていたっけ。
だが、最近は病状が悪化してきた。副作用もひどく、見ているのも辛いほど。
いつも見舞いに来るのは、仕事終わり。病院だと、ちょうど夕食が終わる時間帯だ。だからなのか、病室に行くといつも吐いている。副作用の影響で、ご飯を食べてもすぐに吐き気が催すのだそう。
そして、部屋に入って最初に背中をさすって落ち着かせる、というのが恒例となってしまった。
「大丈夫?」
「ハア、ありがと、もう…大丈夫」
うんと頷き、丸椅子を出してベッドの隣に腰掛ける。
「ごめんな…せっかくいつも来てくれるのに、こんなだらしない姿見せて」
北斗は申し訳なさそうに言う。
「そんなことない! 俺だって好きで来てるんだから。辛いよね、北斗はよく頑張ってるよ」
俺の言葉に、ふわりと笑う。そんな笑顔がたまらなくかわいくて、大好きだ。その笑顔が消えてしまうのが怖くて、手を伸ばして優しく北斗を抱きしめる。
「何すんだよ、もう」
やはり北斗は笑って、突っ込んでくれる。
腕を離し、今日の行動を聞く。「今日は何してたの?」
「ん? ずっとベッドだよ。行くとこないし。外出れないから」
北斗は免疫力が低下しているので、感染症予防のために外出は禁止されている。
「こないだ売店で買った本を読んでた。見てみて、これ、おもしろいんだよ!」
そう言って北斗がサイドテーブルに置いてあった本を、俺に向ける。
それは、最近のなんとか賞で受賞したとかいう有名な本だった。あまり本は読まないから面白さがよくわからないが、北斗の嬉しそうな顔を見ていると、本当に本が好きなんだなと思う。
職場でも、北斗は読書をしていた。昼休みには昼食を終えると、自分のデスクで静かに本を読む。頭も良いから、典型的な文系なのだろう。
「慎太郎は、今日どうだった?」
「相変わらず大変だわ。上司からバンバン、あれやってこれやってって来るからさ、もうブチ切れる寸前だった」
そんな他愛もない愚痴話も、北斗はうんうんと柔らかい笑みで受け止めてくれる。北斗に話を聞いてもらうと、なぜだか疲れが吹き飛ぶ気がするんだ。
「そっか、それは大変だな。こっちなんてずーっとベッドに寝転がってればいいし、しかも三食付いてるからある意味楽かもな」
「北斗のほうが大変だろ…。毎日症状とか副作用、辛いもんな」
「俺よりひどい人もたくさんいるよ。子どもながらに闘ってる子だっている。俺の病気は、小さい子どもの罹患率も多いからね」
白血病は、小児がんの中で一番割合が多いそう。この総合病院でも、子どもの入院者も多くいる。
「なあ、ここにさ、かわいい看護師さんとかっていないか?」
俺の突拍子もない質問に、「ええ?」と困惑した。
「まあみんな優しいよね。いつも笑顔で、寄り添ってくれる。ほんとに安心する存在だな、看護師さんって」
「へえ」
北斗は、ああ、と思い出したように話し出す。
「なんかさ、俺こないだ女性の看護師さんに言われたんだよ。『松村さんってかっこいいですよね。看護師内でも噂になってますよ』って。よくわかんなくて薄笑いで流したけどさ」
「アハハ、そうなんだ。でも俺でも思うよ? 北斗ってイケメンだと思う。だって大学で初めて会ったときの第一印象、なんだと思う?」
「え、何?」
「和風イケメンだなーって」
「何だよそれ笑。ほんとに?」
「ほんとほんと。なんか和服が似合いそうな感じで。なのにあんま女の人寄り付いてなかったな」
「俺が興味ねーからかな」
北斗はほとんど友人もおらず、親しくしていたのは俺を含めて片手で数えられるほどだ。
すると、しばらく喋っていて疲れたのか、「ちょっとごめん、横になりたい」
背中を支えて、そっと寝かす。
「大丈夫?」
「うん…」
弱々しく答える。身体を横にした弾みで、かぶっていたニット帽が落ちた。
「あ…」
思わず小さく声が出た。
北斗は脱毛の症状はあまり強く出ていなかったはず。なのに、以前より髪が抜けていた。
胸の内の動揺を隠し、帽子をつけ直す。
「どうも」
「寒くない?」
こくんと頭が動く。
「……うっ」
だが突然、北斗が顔をゆがめた。
「え、どうした」
「頭…痛い」
症状が出たようだ。病気本体の症状もあるのに、薬の副作用まであるだなんて、病気って憎いなと思う。
「痛み止め飲む?」
うん、と頷く。
薬と水を飲ませ、肩や背中をなでる。いつしか聞いたことがある。タッチセラピー、という名前だったか、人がなでて触っていると不思議と痛みが引くのだそう。
「ありがとな…慎太郎」
「いいんだよ」
じゃあ、もうそろそろ行くから、と言い残して部屋を出る。
病院の玄関をくぐると、途端に冷たい外気が周りを包んだ。「うう、さみー…」
首をすくめながら、コートの前ボタンを閉める。
街はもうすぐクリスマス。街路樹が華やかなイルミネーションで彩られ、もう日は暮れているというのに大勢の人で賑わっている。
北斗は、こんな綺麗な街の景色も見られないんだろうな。寂しいだろうから、なんかクリスマスプレゼントでも買ってやろうか。
そんなことを思いつき、方向転換して近くのデパートへ入った。
俺らは、昔から互いの誕生日にはプレゼントを贈りあっている。前は、いいところのパジャマをプレゼントした。ちょうど入院が決まった直後だった。
でも、クリスマスに贈るのは初めてのことだ。
やはりこのデパートの中も、クリスマスカラーに染まっている。
エレベーターで、何階か上に上がった。このフロアは紳士服売り場だった。
「何がいいかな~」
ふと、とある店が目に入る。
やや暗い店内には、鞄や靴、財布など服飾品が並べられている。よく見ると、それらは全て革製品だった。大人だな、と思うと同時に、北斗にも似合いそう、と妄想が膨らむ。
店内に足を踏み入れ、見て回る。
「おっ」
これいいな、と目が留まる。ブラウンの革の、ブックカバー。本が好きな北斗にはぴったりだ。
でも目を離し、いったん奥へ進む。
ショーケースの中には、数種類のネクタイがディスプレイされていた。
「これもいいな…」
魅力的な商品に、優柔不断も相まって全部がよさそうに思えてくる。
そのネクタイの一つに、とてもかっこいいものを見つけた。黒に細い青の線が入った斜めのストライプで、下のほうがわざとめくられている。裏側は、黒に赤の線が入ったストライプだった。
「すごい、リバーシブルだ」
スタイリッシュなスーツ姿の北斗にも、とても似合いそうだ。そして店員さんにネクタイを出してもらい、先ほどのブックカバーと一緒にレジに出した。
外は変わらず、人がたくさんいてイルミネーションがまたたいている。
プレゼント用に包装してもらった袋が入った紙袋を持ち、家路を急ぐ。
出来ればクリスマス当日に渡そう。喜んでもらえるかな。
続く