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――まあ流石オレ様ほし様、と云った処か。僅か一ヶ月にも満たず、新居に順応する猫はオレ位のもの。
猫とは非常にナイーブでデリケートな生物なのだ。オレ以外だったら今頃、ストレスで円形脱毛症に悩まされてもおかしくない。
つまりオレも凄いが、此所は居心地が良いのだ。
屯所内の柱は爪研ぎに最適だし、敷地外はまた未知なる秘境で、オレの眠れる冒険心をくすぐらせた。
オールフリーのマスターピース。オレの前途は揚々だった。
そんなある日、カタストロフィな異変が起こる――
『ただいま~』
ガラガラと開く玄関の音。女神とついでに、はずれ者の御帰宅だ。
二人は休日を利用して、あのオンボロ軽でドライブに行ったらしい、このオレを差し置いて。
つまりデートと言う訳だ。
全く……新婚なのに未だに恋人気分が抜けきれないとは、良い身分だな――はずれ者。
女神は悪くないぞ当然。分際を知るのは奴の方。
……まあいい。オレも寛大だ。
奴等――と言うより女神だけを御迎えに、オレは逸る気持ちを抑えて玄関まで優雅に全速前進。
「フンフフフンフフフン――」
機嫌が良いとついつい、鼻唄を口ずさむのがオレの良い癖だ。中でも御気に入りが、パッヘルベルのカノンだ。G線上のアリアも甲乙付け難いがな。
そんな上機嫌で玄関に向かった矢先――
「フフフフン――っ!」
其処で見た光景に、オレは思わず固まってしまっていた。
女神の弾力性豊かな腕に抱えられていたのは、オレ等の宿敵――犬だったのだ。
オレは目を疑った。どうやら幻影ではない現実(リアル)、正にアナザーワールド。
つまりだな、女神はデートに行ってた訳ではなく、犬を物色しに行ったと言う訳だ。
これは後で判明した事だが、この日は※※(自主規制)公園に於いて、訳あり犬連中が集められた“里親募集”なるイベントが行われたそうだ。
つまり本来なら保健所行きになる命運を背負った、哀れな犬達へのラストチャンス。それに女神は参加したそうだ。実に彼女らしい。
だが一言オレに相談して欲しいものだ。
犬を歓迎していない訳ではない。少しばかり戸惑っただけだ。心の準備は必要であろう?
ちなみに一見慈悲深そうに見えるが、この狂気の沙汰なるイベント――まあ人間のエゴで捨てられたのだから、どんな御題目を掲げられても偽善でしかない。
捨てられた身として、オレも奴等の気持ちも分かろうと言うもの。
……話が逸れたが、このイベントでは何十匹と集められた犬達を参加者が、ジャンケンで勝ちのりから選らんだそうだ。
何と言う狂気。つまりそれだと人気のある犬から先に選ばれ、駄犬は残るが必然ではないか。
やはり欺瞞の下に隠された裏の悪意。人間とは業深き存在。つくづく遺憾に思う。
ちなみにジャンケンに参加したのは、女神ではなくはずれ者との事。
この馬鹿は連敗に次ぐ連敗で、最後まで残ったこの犬に自動的に決定したらしい。
確率論から言えば、どんだけ駄目なんだコイツは~!? て感じだ。
勿論気に入らなければ、里親受け取り拒否も出来る。嫌々飼っても遺恨が残るし、幸せにはなれない。
だが女神は、最後まで残った駄犬を『皆どうかしてる!』とでも言わんばかりに、受け入れて抱き締めたそうだ。
何と言う地母神。天女の如く。
猫は嘘をつかない。彼女だけは、その他仮面の偽善者共とは根本が違うのだ。
それは真実を見抜く“猫目”を備えたオレが保障しよう。
とりあえず問題は、女神に抱えられている犬だ。
舐め回すようにゆっくりと吟味してみる。
フム……仔犬と言う程でもないし、成犬と言う程でもない。
産まれて半年足らずって処か、適当な目測だがな。
茶色い毛並みを持つ、柴犬っぽいが多分雑種。最後まで残ったのも分かろうと言うもの。
犬と猫では致し方無いが、それでも体積はオレの倍近くはあるな。
まあいい……。先輩として、局長としてオレがしっかりと教育してやらねばならぬ。
『この子は“サクラ”よ。ほし? 女の子なんだから仲良くしてあげてね? 苛めちゃ駄目よ』
吟味の最中、女神からの御紹介だ。
サクラとはまた相変わらずのネーミングセンスは置いといて、犬の奴が雌だった事実に驚きを隠せない。
照れている訳ではないぞ。
雌だと喧嘩するにも躊躇するではないか――と言うだけだ。
「まあ歓迎はしないが、ゆっくりとするがよい。オレが序列と言うものを、これからゆっくりと教えていってやろう」
雌は従順、雄は平伏だ。
クロ以上の喧嘩相手にならないだろう事は不服だが、教育の楽しみはまた別物。
それに女神がオレに教育を頼んだのだから、彼女が決めた事だけには従おう。オレは話の分かる猫なのだ。
「宜しくな」
オレはサクラとやらに、歓迎の意を示してやった。