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まあその……なんだ。サクラの奴は、怯えたような瞳でオレを見ていた。
これは致し方無い。オレの威厳の前では、泣く子も黙ろうと言うもの。
もう少し和らげに言ってやれば良かったかな? と、下の者には“飴と鞭”の飴寄りに優しいオレが、改めて言い直そうと思った瞬間――
「……教育? 宜しく? 私の御主人様はアンタじゃない……この人」
サクラが口を開いた。何だ口が聞けるじゃないか――と安堵したが、ちょっと待て。
オレの幻聴じゃなければ、今コイツ何て言った?
「オイオイ……よく聞こえなかったが、ホレ? 耳かっぽじるから、もう一度言ってみ? 御主人様宜しくお願い致します――と」
最近、耳垢の掃除も疎かになっていたからな。幻聴が多くて困る。
「何寝惚けてるの? 変な猫……。アンタが御主人様だなんて、真っ平御免よ」
うんうん――ってオイ!?
『じゃあサクラ? まずはシャンプーして身体を綺麗にしようね~』
余りの事態に固まってしまったオレの脇を、女神がサクラの頭を撫でながら通り過ぎる。
『オイほし? 大丈夫か?』
「黙れ!」
固まったオレの姿を怪訝に思ったのか、はずれ者が手を伸ばしてきたが、有無を言わさず払いのけた。
『な、何だよ機嫌悪いな……』
触らぬ神に祟りなしと、はずれ者は恐れおののきながら部屋内に消えていく。
「あんのガキャァ!」
“反逆と見なす”
どうやらサクラの奴には“教育”が必要のようだ。
オレは玄関で暫し震え、鬼となる決意を新たにしていたのだった。
さて――どう教育してやろうかな。
貴公等は『どうせ圧倒的な力で捩じ伏せるつもりでしょ?』と思っている輩も居るのではないか?
あながち間違ってはいない。それが一番簡単な方法だ。
だがサクラは雌だという事を忘れないで頂きたい。
雌を力で捩じ伏せる等、最低なDV男ならぬDV猫だ。オレにそんな不名誉な称号は要らぬ。
あくまで論理的に――。
サクラの奴はクロと同様室外犬だが、今日だけは女神の御厚意により、座敷に居座る事を許される事となった。
つまりチャンスは今日のみ――と言う訳だ。
勿論、後日だろうがやり方もチャンスも、如何様にもどうとでもなる。
だが“思い立ったら即行動”。鉄は熱さが残る早い内に打って、歪みを矯正した方が良い。
これは“長幼の序”を重んじるオレの為のみならず、右も左も分からぬ“不躾”なサクラの為でもあるのだ。
オレの正確無比な胎内時計から弾き出されたこの時間帯は、恐らく家族団欒の夕食タイム。暫く女神達は居間で寛ぐだろう。
サクラの奴は、別部屋前の通路で大人しくしている筈――
“好機到来”
「フンフフフンフフフンフフフフ――」
オレは逸る気持ちを抑え、カノンを口ずさみながらサクラの奴が居る場所へと向かった。
――居たぁ! 大人しくしてやがる。
オレはにんまりと微笑みながらサクラの傍らまで歩み寄り、その対面で腰をどっしりと落とした。
「……何よ?」
サクラの奴が、訝しげに訊いてくる。やはりコイツには教育が必要だ。
「まあ訊け。お前はまだまだ餓鬼だ。世の中には序列というものが在る。オレは局長だ。つまりお前はオレに従うしかないのだ」
だがなるべく穏やかにな。俺の優しくとも、深みのある威厳に満ちた高説に――
『私が間違ってましたほし様ぁ~』
こうなるのが当然だ。
オレの言葉は女神の言葉でもある。有り難く受け止めるのが当然――
「馬鹿じゃないのアンタ?」
“ピクッ”
サクラの呆れたような反論口調に、オレの耳が僅かに動いた。
まあここでキレるのは、カルシウム不足の愚かなゆとり猫世代。オレの不動心には些かの動揺も無い。
「……オレも争い事は望む所ではないのだ。暴力では何も解決しない。お前はまだ小さいから分からんだろうが、悔い改めるのは今しか無いのだぞ?」
平常心で冷静に諭す。
自分でも良い事を言っていると思う。
これに心動かされぬ者は居ない――
『……感動しました~! 私はほし様に従います! 貴方様が『鰻丼』と言えば、吸い肝もお付けします――』
それでいい。オレの無償の愛は、全ての種族の垣根を越えるのだ。
“教育完了”
オレは勝利のマタタビに酔っていた。
「鰻丼って……アンタ、頭おかしいんじゃないの?」
鰻は旨い――と、ちょっと待て。
オレの崇高な頭がおかしいだと?
鰻は精力が付く重要食材。それをコイツは否定すると言うのか。
その前に――“オレの思考を読むな!”
どうやら考えていた事を、ついつい口に乗せてしまったらしい。以後気を付けねば。
それにしても、サクラの奴がここまで物分かりが悪いとは意外だった。
やはり、ここは“武力行使”する以外有るまい。
「ふぅ……残念だよ。なるべく穏便に済ませたかったものだが……」
猫の顔も三度迄――と云うしな。
オレは不本意ながら臨戦態勢に入った。
「やる気? 言っとくけどアタシ……強いと思うよ? 雌だからって、子犬だからって舐めないで欲しいわね」
これは驚いた。サクラの奴もやる気満々だとは……。
低い唸り声を上げて威嚇する姿が、餓鬼ながら中々様になっている。
腐っても“犬”……と言う事か。
少しは楽しめそうだな――
“オーヴァーレブ発動”
だがオレの前では、全てが無力だと言う事を思い知るがいい。
「行くぞ……」
全ての時はオレの為に動き、絶対領域なる神の頂きへ――
“先手必勝”
なるべく傷付けずに終わらす為、オレの方から先に仕掛けた。