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キャベツの千切りをしていたシェフが手をとめた。

 

「ここまでがんばってやってきたが、独学ではこれ以上無理だ。このままじゃ美味いみそ汁を作るのに何ヶ月かかることか……。

料理のプロを家に呼んで教わるしかない。残念だが、俺には料理の素質がないと認めるときがきたようだ」

 

シェフは苦悶の表情を浮かべ、キッチンにもたれかかった。

周りの誰も、シェフの気持ちが理解できなかった。

 

「料理のプロを呼ぶんじゃなくて、おまえが料理教室に行けばいいだけだろ。この家に他人が入るなどありえない」

 

「いや、外に出てウチの社員にでも出くわしたらどうするつもりだ」

 

「化粧をしたり、帽子やマスクでごまかせばいい。それでも危ういなら、長髪のかつらにイヤリングをすればいい。かっこいいじゃないか」

あまのじゃくが茶化すように言った。

 

「そんな姿の人間を、教室が受け入れてくれると思うのか。他の生徒が逃げて赤字経営になるだけだろ」

 

「あのな、プライベートレッスンを受ければ済むだけだろ……」

シェフとあまのじゃくの口論を黙って見ていたポジティブマンが言った。

 

「あれ……? たしかにその通りだな。なぜ同じ俺なのにそこに考えが至らなかったんだ? なんだか頭が固くなった気がしてやるせないな」

 

「頭が固いんじゃなくて、料理のことばかり考えてるからだろ。おまえはおそらく俺たちとは思考の方向性が異なるんだ。まさに特化型と言えるんじゃないか」

キャプテンがみんなを落ち着かせながら言った。

 

「本当にそうかもしれないな。これまで一度も料理になんて興味がなかった人生だったのに、どうなればおまえみたいな性質が生まれるんだ」

 

ポジティブマンの言葉に皆が納得した。

 

「やっぱり、作戦を決行する必要があるな」

 

「作戦?」

 

「いずれはと思ってたんだが、それが今かもしれない。これからの対外活動を考えたら、ひとりくらいは整形手術を受けておいたほうがいい。身元がバレないようにな」

 

「そうだな。顔だけじゃなく声帯も変えてもらわなきゃだ」

 

「整形手術なんて誰がやるんだ」

 

すべての勇信が眉間にシワを寄せた。

 

「議論したところで結論は同じだから、俺が発表してもいいんだがな。表面上だけでも公正を保とう。さあ、今から整形するべき俺を、せーので指さしてくれ。いくぞ、せーの!」

 

すべての勇信の指がジョーに向けられた。

ジョーは驚いた様子で、自分に向いた指をひとつひとつ確認した。

 

「俺!? 俺が整形? 料理教室に行くとか言ってるシェフじゃなく、俺に整形手術を受けろってのか?」

ジョーだけがシェフを指さしていた。

 

「おまえは誰より強くなりたいという願望を持っている。勇信を守りたいというのが、属性であり信念なんだろ? ってことは、俺を守るときにおまえは勇信であってはならないってことじゃないのか」

 

「おまえら全員の言いたいことは理解した。勇信が危険なのに、それを守る男が勇信であってはならないってことだな?」

 

「そうだ。なぜおまえだけ外出できるようにしたのかわかったろ?」

 

「買い物をしながら走れるし、荷物で筋トレもできるからな」

 

「整形が完了すれば、それこそ外にでて心置きなくトレーニングすればいい。そしてもし俺たちが危機に瀕したときには、きっちりと守ってくれ」

 

ジョーは静かにソファの周りを回りながら深く考え込み、それから言った。

「残念だが、俺は死んでも整形なんてしない」

 

「なんでだ?」

 

「なにか勘違いをしているようだが、俺はおまえらを守りたいんじゃない。吾妻勇信を守りたいんだ。なのになぜ、勇信である俺を除く?」

 

あっ……。

うめき声がリビングに響いた。

 

「その発想はなかったな……」

複数の勇信がつぶやいた。

 

「……一旦この件は、保留としよう。ただしジョーが整形ランキング1位であるのは変わらない。もしも避けられない事態が起こった際には、率先して整形してもらうからな」

 

「ふざけるな! 俺はやらないからな」

 

ジョーは警戒のあまり他の勇信たちと距離をとった。

そのままリビングルームから離れ、トレーニングルームに閉じこもってしまった。

 

一向に現れないジョーに呆れたキャプテンが、説得するために立ち上がったそのときだった。

 

キャプテンの体がブルブルと震えた。

数秒後、裸の勇信がキャプテンと同じポーズで隣に立っていた。

 

デザイナー誕生。

 

新たな勇信の誕生に、全員が言葉を失った。

 

デザイナーは自らが裸であるのを確認しては、空に向けて大きなため息を吐いた。

それから彼は他の勇信たちをまじまじと見て、呆れたように言い放った。

 

「無駄なことにばかり時間を浪費するおまえたちよ。整形手術という悩みから、おまえたちを解放してやろう。整形は、私が担当する」

 

「誰かジョーを呼んできてくれ」

 

すぐにポジティブマンがジョーを連れて戻った

 

「ジョーよ。今後おまえは外出を禁ずる。只今をもって、外出は、私だけの特権となった」

 

「おまえは誰だ」

 

「私はデザイナー。自らの人生をデザインする吾妻勇信だ」

俺は一億人 ~増え続ける財閥息子~

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