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ある休日の午後――
ふたり並んで映画を見ながらくつろいでいると、みことがふと、画面から目を離してすちの顔を見上げた。
「ねぇ、俺……すちのご両親に挨拶したいなって思ってて」
その言葉に、すちは一瞬だけ目を細め、動きを止めた。
静かに息をついて、少し困ったように笑いながら言う。
「……それ、前にも言ってたよね」
「うん。ちゃんと顔を見て、俺からもお礼とか言いたいなって思ってる」
みことはまっすぐな眼差しでそう伝えるが、すちはソファにもたれながら天井を見つめる。
「俺さ、大学の頃にもう親に話してるんだ。みこちゃんのことも、付き合ってるってことも全部」
「えっ……ほんと?」
「うん。でも……」
そこで、すちは少し沈黙してから、笑いを含んだ声で続ける。
「……正直、みこちゃん会わせたくない」
「え……なんで……?」
「みことが可愛すぎてさ、玩具にされる未来が簡単に想像つくんだよね」
「え……玩具って……そんな、俺おもちゃじゃない……」
「いや、違う。そういう意味じゃない」
すちは笑いながらみことの頬を指でつつく。
「たぶん、あの人達、気に入ったら遠慮なく可愛がるタイプ。質問責めにされるし、写真撮られるし、お菓子とか勝手に口に突っ込まれるし、多分……」
「えっ、怖……(小声)」
「そう、怖いでしょ?俺ですらちょっとしんどいときあるくらい」
みことは少し唖然としながらも、「でも……それでも、やっぱ会いたいな」とぽつりと呟く。
「すちの大切な人たちに、俺もちゃんと挨拶したいんだ」
それを聞いて、すちは少し目を伏せたあと、静かに笑う。
「……じゃあ、心の準備だけしてて」
「俺がちゃんとブロックできるように、絶対離れないでね?」
「うんっ」
その返事に、すちは小さく笑って、そっとみことの髪を撫でた。
心配と愛情の狭間で揺れながらも、
大切な存在を、ちゃんと紹介する日が近づいていた。
___
当日。
夏の空が眩しく、陽射しの中を歩いてすちの実家の玄関へとたどり着くふたり。
インターホンを押すと、ほどなくして勢いよく扉が開いた。
「はーい!あらっ、来た来た〜!」
玄関に現れたのは、明るい笑顔を浮かべたすちの母。そのすぐ後ろには、控えめに笑う父と、スマホを握りしめた妹の姿が見えた。
「……っ!」
妹の目が、みことにロックオンされた瞬間。
すちは即座にみことの前に一歩立ち、手を広げるようにして壁になる。
「おい。写真、NG。絶対だからな」
「えー!なんで!?一枚くらい…!」
「ダメ。記憶だけにして。むしろもうちょっと視線控えて」
「……すち、やっぱ過保護だね」
母がクスクスと笑い、父も穏やかに頷く。
「まったく、親にも見せるの嫌がるくらい、可愛い子なんだな」
「それはそうだろ……」
そのやりとりに、みことは頬を赤らめながらも、ぎこちなく頭を下げる。
「あ、あの……みことと申します。今日はお邪魔します」
「まぁ、丁寧な子〜!よろしくね」
「よろしく。気楽にしてくれればいいから」
「写真は……我慢する。でも、見るのは自由でしょ」
妹の最後の一言に、すちは即座に「目線もダメ」と突っ込む。
みことはそのやり取りに思わず笑い、少しだけ緊張がほぐれていくのだった。
優しい空気に包まれながら、すちの実家での一日が始まった。
玄関での軽いやり取りの後、すちの実家に上がったみことは、リビングに通されるやいなや、まるで用意されていたかのように家族に囲まれた。
ソファに座る間もなく、すちの母が早速口を開く。
「みことくん、趣味は?すちとはどうやって知り合ったの?」
「えっと、趣味は……料理と、あとちょっとおしゃれも好きで……出会いは、あの、大学の時に……」
「へえ〜!料理するんだ!すち兄も何か作ってくれたことある?」
「な、なんどか、オムライスとか、煮込みハンバーグとか……」
すると今度は、すちの妹がスマホを手にキラキラした目で口を開く。
「え、オムライス!?それすち兄めっちゃ得意じゃん!ねえみことくん、字とかケチャップで書いたりするの!?♡」
「い、いや、そんな可愛いやつじゃなくて普通に……あの……」
「声もかわいい……やば……(ボソッ)」
すちは妹の頭を軽くポンと叩き、「聞こえてる」と小声で言うが、まるで効いていない。
すると今度はすちの父が静かに口を開く。
「すちが君のことを話す時、いつもすごく穏やかな顔をしていてね。いい関係なんだなって、見ていてわかるよ。……ところで、喧嘩した時ってどうしてるの?」
「え、け、喧嘩ですか……? あんまりしないんですけど、すちが落ち着いてくれるから、僕が先に謝ることも多くて……」
「えらいねぇ〜〜!!!」と母の歓声が上がり、みことはさらに真っ赤になる。
質問の嵐は止まらない。
「すちのどこが好き?」
「どっちが甘えん坊なの?」
「初デートは?今度はいつ旅行行くの?」
「みことくん、写真ダメって言われてるけど似顔絵とか描かせてくれない?」
「ちょ、待って!質問多すぎ!休ませろ!!」とすちが間に割って入るが、すでにみことの顔は笑いと照れとで真っ赤。
「……みことくん、ほんとに宝物みたいな子ね」
母の柔らかな一言に、みことは照れながらも、ほっと微笑む。
すちはそんな彼の手をそっと握りながら、誰にも聞こえないように小さく囁いた。
「大丈夫。守るから」
みことはその言葉に、心から安心して頷いた。
家族の質問攻めが一段落したタイミングで、すちがふとみことの横に腰を下ろし、少し悪戯っぽい目をして言った。
「てかさ……俺も実はちょっと気になってたんだよね。みこと、俺のどこが好き?」
みことは一瞬「えっ」と目を丸くしてすちを見る。
すちの母も「それ私も聞きたい〜!」と乗っかってきて、妹はすでにスマホを録音モードにしようとしている。
みことは顔を真っ赤にしながらも、視線をそらして、しばらく口ごもったあと、ぽつりぽつりと答え始めた。
「……優しいところとか……」
「……話してると落ち着くし、笑わせてくれるし……」
「……どんな時でも、ちゃんと俺のこと見てくれるとこ……」
「……あとは……顔も好き……」
小声だったが、聞こえた家族からは一斉に「キャー!」という声が上がる。
すちは一瞬驚いたように目を見開いたあと、ふっと嬉しそうに笑って、みことの頭をぽんぽんと撫でた。
「そっか、ありがと。嬉しい」
そしてみことの耳元に顔を寄せて、囁くように言う。
「……俺も、全部、みことが好きだよ」
みことはその言葉にきゅっと目を閉じ、うっすら笑みを浮かべながら頷いた。
その様子を見ていた妹が、「あの……今の聞こえなかったんだけど、もう一回言ってくれる?」と茶々を入れると、すちはため息をつきながらも「やっぱ連れてくるんじゃなかった……」とぼやき、場はまた笑いに包まれた。
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『……俺も、全部、みことが好きだよ』
すちがみことの言葉にふっと優しく微笑みかけ、 まるで大切な宝物を見るような目でみことを見つめる。
その表情は──
どこまでも甘くて、穏やかで、静かに愛しさが滲むようなもので。
隣にいた母親は思わず手を胸に当てて、
「あぁ……こんな顔、うちの子がするなんてね……」と目を細める。
父親もむずがゆそうに咳払いをしつつ、
「……まぁ、あいつがこんな顔してるのは、お前さんのおかげだな」とぽつり。
妹はニヤニヤしながらも、
「今の顔、撮影したかった……一生のネタにできたのに……」と笑う。
家族の誰もが、
すちがみことに向けるその表情に、胸をじんわりと満たされていくのを感じていた。
その場に流れる空気はとても柔らかく、あたたかくて──
まるで家族の中心に、優しく咲いた花があるようだった。
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妹が「え〜〜お願い!一枚だけ!ねぇみことくん、撮ってもいいよね!?てか撮りたい!!」と目を輝かせながらスマホを構えはじめる。
すちはその前にすかさず立ち塞がり、
「ぜっっったい嫌。ていうか、お前には見せたくないって前から言ってんだろ」と本気で警戒モード。
妹はめげずに「え〜〜なんで!?こんな溶けた顔してんのに!?一生に一度の奇跡の顔だよ!?ねぇ!お母さんも撮りたくない!?」と母を巻き込む。
母は困ったように笑いながら、
「…まぁ、確かに貴重かもしれないけど……でも本人が嫌ならね?」とやんわり諭す。
みことが申し訳なさそうに「俺は…撮っても大丈夫だけど……」と口を開くと、
すちはぴたりと動きを止めて振り返り、
「みことは優しすぎ、そういうとこも好きだけど……!ダメ。俺が嫌だっつってんの」と少し頬を染めながら断固拒否。
妹は頬を膨らませて「ちぇー……じゃあせめて、脳内保存するわ」とじっと2人を見つめてから、
「でもほんと、いい顔してた。すち兄がこんな幸せそうなの見たの初めて」と小さくつぶやいた。
すちは目を逸らしながら「うるさい」と言いつつも、その口元には小さく笑みが浮かんでいた。
みことがくすっと笑うと、ふんわりと花が咲いたような優しい笑顔がこぼれ、場の空気が一気にやわらぐ。
妹は思わず「なにそれ……天使……」とぽつり。
母は手を合わせながら「こんな可愛い子、どうやって育ったの……!」と感嘆し、
父も思わず目尻を下げて「いやあ……癒されるなあ」と微笑む。
すちは家族の様子に呆れながらも、「ほんと単純すぎ」とぼやきつつも、どこか得意げな顔。
「ほら、俺が好きになった人なんだから当然」とさりげなく自慢も忘れない。
みことは照れながら「そ、そんな……」と頬を赤くし、視線をそらすけれど、
妹は「推すしかないでしょこれは」と早くも“推し活”モードに突入。
母も「また遊びに来てくれる?お料理いっぱい用意して待ってるから」と目を輝かせ、
父は「次はうちの畑見せたいな。自然好き?」と完全に気に入った様子。
すちは「もう……完全に取り込まれてるじゃん……」とぼやきながらも、
隣でそんなふうに愛されるみことの姿に、心の奥がじんわり温かくなるのだった。
「……かわいすぎるでしょ……」
妹がぽつりとそう呟いたのを皮切りに、みことが照れて目を伏せ、頬を赤らめる姿に、
家族の視線が一斉に集中する。
母は「その表情、反則よ……!!」と胸を押さえ、
父は「うんうん、これが”守りたくなる”ってやつだな」としみじみ頷き、
妹は「今の瞬間、スクショしたかった……!」と悔しそうに唇を噛む。
みことはそんな反応にますます恥ずかしくなり、
「ちょ、ちょっとみないでください……」と小さく声を漏らす。
すちは苦笑しながらも、「ほんと無自覚で破壊力やばいから」と耳元でささやき、
みことの手をそっと握る。
その温もりにみことはふっと安心したように目を細めて、
また新しい“かわいい”をふりまくのだった。
___
家へ帰りつき、玄関の扉を閉めた瞬間——
ふうっと小さく息を吐き、みことはぽそりと呟いた。
「……すっごい緊張したけど……受け入れてもらえて、ほっとした……」
その顔には安堵の色がにじんでいて、
すちはその表情を愛しげに見つめながら、軽く頭を撫でた。
「だろ? うちの家族、ちょっと濃いけど悪い人たちじゃないから」
「うん……でも、妹ちゃんに写真撮られそうになった時のすち、すごかった……」
みことがくすっと笑うと、すちは急に顔をしかめ、
「絶対ダメだからね」と真剣な目を向けてくる。
「え……?」
「万が一、俺がいない時にばったり会っても……写真とか撮らせんなよ。絶対」
「えぇ、そこまで……? どうしてそんなに嫌なの?」
みことがきょとんとした顔で問い返すと、
すちはふいっと視線を逸らし、少し口を尖らせて拗ねたように呟いた。
「……俺のだから」
その言葉にみことの頬が赤く染まり、しばらく固まる。
「……な、なにそれ……ずるい……」
「は? 何がずるいんだよ」
「だって、そんなの……嬉しくなるに決まってるじゃん……」
ぽそりと呟くみことに、すちは一瞬目を見開いたあと、 照れたように笑って、もう一度みことの手を取った。
その手の温もりに、2人の帰宅が“ただいま”であり“おかえり”になる瞬間だった。
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