「何故、全員出て行かなきゃいけないの? もしかして、聞かれたくないことでもあるの?」
「いいえ、そのようなことはないです。ただ、先ほどから鬱陶しくこちらを睨み付けている、護衛騎士の視線が気になり……聖女様も落ち着かないでしょ?」
そうアルベドは言って、金色の瞳で私の後ろにいるグランツを睨み付けた。
私は、どういうこと?と振向くと、グランツは確かにその翡翠の瞳に憎悪を浮べながらアルベドを見ていた。
彼とは初対面の筈なんだけど……と、そう思いつつ私はグランツにどうかしたのかと聞いてみた。
「どうしたの? グランツ」
「……エトワール様、あの男は危険です。二人きりになるなんて」
「そうよ、エトワール様」
そう、グランツの言葉に便乗するようにリュシオルも小さな声で私に言ってきた。
確かに、アルベドは危険である。しかし、彼の要求をのまなければ彼がここに私を呼んだ本当の理由を聞けない。
だから、今は素直に彼の指示に従うしかない。
「二人とも、心配してくれてありがとう。でも大丈夫。だって、私がここに来たのはあの男と話すためだし……ここに来るって決めたのも私だから。それに、私はあの男に聞きたいことがあるから」
と、私は真剣に二人に言った。すると二人は渋々といった感じで納得してくれた。
私は、そんな二人の顔を交互に見てから、アルベドに視線を向けた。
彼は、私たちが会話をしている間、ずっと待っていたようで口角を上げながら私を見つめていた。
「話はまとまりましたか?」
「人がこそこそ話をしているみたいな言い方しますけど、大体非常識なことを言ったのはアンタの……貴方の方です」
と、私はアルベドを睨んだ。
その視線を受けても、彼は表情一つ変えずに私の言葉を受け流した。
「それじゃあ、何かあったらすぐ呼んでね。私は外にいるから」
初めにアルベドの執事が出ていき、リュシオルが私にそう耳打ちし部屋を出ていった。しかし、部屋を出ていかず私の後ろに立っている人物がいた。
「グランツも出て行って」
「……ですが、エトワール様」
私は後ろを振り返り、彼を見上げた。
彼は、不安そうな顔で私を見ていて、私は思わずため息をついた。
そして、彼に手を伸ばして頬に触れた。
私の行動に驚いたのか、グランツは目を大きく開き固まった。
「これはお願いじゃなくて、命令……だから」
「何故……?」
「え?」
「俺は貴方の護衛です。貴方を守る役目があります。それが、危険な状況なら尚更」
と、グランツは私の手を掴んできた。
私は、その手に自分のもう片方の手を重ねじっと見つめた。
彼の手は大きくて、治ったはずの剣だこがまた出来ていて……私とわかれた後も、努力を重ねてきたんだと。とても男性らしい手をしていた。
そんな彼の手が震えている、不安そうな顔で私を見ているのだ。
私は、その大きな手の感触を感じながら、彼を見た。
確かに私は守られるべき存在で、目の前の男は公爵家の人間でありながら暗殺者で……危険なことには変わりないけど。
「心配してくれるのは本当にありがたいし、私だって一人じゃ不安だけど……」
「それじゃあッ……!」
「でもね、グランツ。私はアンタに言ったよね。『守って貰えるに値する人間』になるって……アンタと別れた後私は何もしていなかったわけじゃない。アンタに言ったとおり、魔法や礼儀作法を一から学んで、アンタと同じく努力した。確かに、頼りないかもだけど、騎士であるアンタの使命である主を守らないとっていう気持ちも分からなくはないけど。でも、今回は私を信じて」
「エトワール様」
と、グランツは小さく呟いた。
それから、少しして彼はゆっくりと息を吐き、苦しそうに分かりましたとだけ吐いて頭を下げた。
その様子から、かなり葛藤していたのだろうと感じた。それでも、私を危険にさらさないように、私の意思を尊重して納得してくれたことが嬉しかった。
私は、そんな彼の頭を撫で、グランツが部屋を出ていったのを確認すると、改めてアルベドに向き直った。
すると、彼は微笑みを浮かべ、足を組み直した。
「ようやく二人きりになれましたね」
「……」
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。取って食ったりはしませんから」
私は、警戒しながら彼を見つめた。すると、彼は目を細め笑った。
やはり、彼の目は私を値踏みしているようで、正直居心地が悪かった。
それになにより―――――
「そのしゃべり方やめて」
「喋り方とは?」
「気持ち悪いの、それ……作ったような笑顔も、わざと敬語をつけて喋るのも全部」
と、私が言うと、アルベドは、眉間にしわを寄せて顔をしかめた。
どうやら、演技をやめたようだ。
しかし、相変わらず目つきが悪い……
いや、元々か? どちらにせよあまり良い印象ではないことは確かだった。
私は、彼の視線から逃れるために、下を向くと、彼はいきなり大声で笑い出したのだ。
「ハハッ! こりゃ、傑作だ」
と、ひとしきり笑うと、彼は目尻に浮かんだ涙を拭いこちらを見た。
先ほどまでの作り物のような笑顔ではなく、心の底から楽しそうな表情で私を見てきた。
まるで、新しい玩具を与えられた子供のように。
「聖女が召喚されたって帝国の奴らが騒いでいたから気になって見てみれば、伝説ってのは当てになんねぇな。こんなガキが聖女だなんて」
「……一応十八だけど」
(中身は二十一だけどね……)
と、心の中で突っ込みつつも私の胸と身長を見て言ったであろうアルベドを私は睨み付けた。
「ま、聖女に年齢という概念があるかはしらねぇが……お前、よく気づいたな」
「何のこと?」
「とぼけんなよ。俺が猫かぶって喋ってたってことだよ」
と、彼が不機嫌そうに言い放つと、私は、あぁと声を漏らす。
アルベドは私の言葉を聞くと、気が抜けたとでもいうようにソファの背もたれに寄りかかった。
そして、私を見ると、口角を上げた。
どうやら、私の答えが気に入ったらしい。
しかし、彼の好感度は依然とマイナスのまま……
「お前が見抜いてくれたおかげで、こっちは素で話せる……あー堅苦しい、堅苦しい。誰が好き好んで敬語使ってへこへこ頭下げなきゃなんねぇんだよ」
「アンタそれでも、貴族なの……?」
「あぁ?」
「なんんでもありましぇん……」
と、私が噛みながら言うと、彼はまたニヤリと笑って、ソファーに深く座りなおした。
私はというと、彼への警戒が解けず小さくなっていた。なぜなら、さっきからずっと見られているからだ。笑っているのに、やはり目は笑っていなくて、その金色の瞳も冷たくて……
攻略キャラとはいえ、そう簡単にはいかないか……と私は下唇を噛む。
けれど、怯みっぱなしではいけない。ここに来た意味がない。
「それで? 聖女様は、何で俺ンとこきたんだよ」
「はあ?」
それは、アンタが手紙をよこしたから……と私が言いかけると、それを遮るようにアルベドは低い声で言った。
黄金の瞳を獣のようにぎらつかせて。
「光魔法の使い手である聖女が、闇魔法を使う奴のとこに行くのは自殺行為だろうが。それとも、昼間だから魔法が使えない俺たちを甘く見てのこのこやってきたのか……まあ、どっちにしろ俺はいいんだけどよ」
そう言って、アルベドは立ち上がると、私を見下ろして、冷たい目を向けた。
それに思わず、びくりと肩を震わせると、アルベドは、はっと鼻で笑う。ブライトが言っていたことはこのことだった。
光魔法と闇魔法は相反する魔法である。
それ故に、光魔法と闇魔法を扱う貴族達は互いに仲が悪いと。その仲の悪さは言葉では言い表せないほど、軽いものじゃない。
平均的に光魔法を使うものが多く、少数の闇魔法を使う者達は虐げられてきた。それは、地位も爵位も関係無い。
ただ、闇魔法を使うというだけで差別されてきたのだ。
(グランツとはまた違った問題なんだ……)
グランツの平民が騎士になるという、「平民」というだけで差別されていた問題と同じように、嫌それ以上も酷く闇魔法の使い手達は差別されてきた。
今思えば、ここが隔離されているように辺鄙な場所にあるというのはあながち間違いではないだろう。
私はそう結論づけ、ふぅ……と一息する。
そして、アルベドと向き直って口を開く。
「今日私がここに来たのは、アンタと取引する為よ」
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